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まだまだ「安い」日本のタバコ〜増税はどう影響するか

石田雅彦科学ジャーナリスト、編集者
(写真:ロイター/アフロ)

 日本では来年2018年10月から、タバコにかけられる税額が段階的に上がっていきそうだ。例えば、現在の小売価格440円の紙巻きタバコ(メビウスなど)に対する課税額277.47円(負担率63.1%)が、4年で60円アップ(約305円、消費増税2019年は据え置き)することになる。また、人気の加熱式タバコに対しても大幅に増税される予定だ。

タバコ値上げは効果的か

 WHO(世界保健機関)の外部組織である国際がん研究機関(IARC)は、2011年に世界の経済学や医療、疫学、公共政策などの専門研究者を集め、「IARC Handbooks of Cancer Prevention - Tobacco Control(PDF)」という報告書を策定した。この中では、タバコ業界の価格戦略やロビー活動、タバコにかけられる税金や価格、需要、タバコ価格と喫煙率(若年層や貧困層を含む)への影響、タバコに課税することによる健康や経済への影響などを評価し、タバコにかける税を上げてその結果としてタバコ価格が上がれば、喫煙率を低下させ、その国の国民の公衆衛生に良好な影響を与える明確な効果がある、と述べられている(※1)。

 タバコによる健康被害の認識が広がったことで世界的に喫煙率が下がっているが、低所得や低学歴、若年層の喫煙率はなかなか下がらない傾向にある。こうした階層に対し、タバコ増税や価格の上昇は効果的だ(※2)。

 一方、タバコ会社の商品ラインナップは価格の高いブランドから低いブランドまで多角的で、喫煙者のタバコに対するロイヤリティやその低い価格の弾力性(1以下)を考えれば、課税の影響をラインナップの多様性から吸収することが可能となる。小売価格が上がっても、ブランド間の価格ギャップにより喫煙者は安いタバコに移行し、喫煙率の低下にはあまり効果がないのではないか、という英国の調査(※3)もあり、政府や行政は、タバコ会社の経営戦略に注意しつつ増税などの手段を講じ、同時に貧困層や若年層に対する禁煙サポートに注力するべきだろう。

日本のタバコはまだまだ安い

 タバコ増税の動きは各国で活発だ。例えば、フィリピンではボクシングのスーパースターにして上院議員のマニー・パッキャオがタバコ増税を提案している。フィリピンのタバコ価格は低く、税率を倍にすることで喫煙率を下げ、国家予算も増やすことができると主張しているらしい。こうした国際的な動きにタバコ会社は神経を尖らせている。

 では、日本のタバコの価格は高いのだろうか。もし低いなら、日本で値上げされることでタバコ会社の経営戦略にも大きな影響が出るはずだ。

 まず、価格の推移をみるため、JTのセブンスターを例に取ってみよう。1997年に230円だったセブンスターは、1998年にたばこ特別税が加えられて250円へ、2003年のたばこ税増税で280円へ、2006年のたばこ増税で300円にと段階的に値上げされてきた。さらに、2010年のタバコ大増税とその後の値上げにより、現在の460円になっている。

 ちなみに、マイルドセブンを含むセブンスター・ファミリーは、かつて日本の代表的な銘柄だった。だが、JTはタバコ規制の進むEU圏などで「マイルド」という名称が使えなくなってきたため、2012年に同社の代表銘柄をそれまで国際的に広げてきたメビウス(MEVIUS)銘柄(440円)へ移行し、セブンスター・ファミリーは2017年の市場販売量の売り切りを最後に追加生産を行っていない。

 だから、日本における一般的なタバコの価格はメイビスの440円だ。価格の推移をみるため、上記ではセブンスターの例を出した。

 各国のタバコ(マルボロ・ファミリー460円4.17USドル。世界的に価格を比較するため)の価格と1人当たりの名目GDPを並べてみると、現在の日本のタバコの価格がいかに安いかよくわかる。GDPが英国やカナダ、ドイツなどと同じくらいの日本でタバコの価格はかなり安い。

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グラフ作成:筆者

 では、440円(メビウス)という一般的なタバコ小売価格が、仮に60円アップして500円(4.38USドル)になるとしよう。それでも上の比較グラフでみれば、影響の大きな値上げでないことがわかる。倍の1000円(8.77USドル)でも米国の各州平均より安いのだ。

 GDPは一種の国力の目安だが、日本のタバコは購買力に比べて十分に安く、喫煙率も成人男性で30%前後とまだかなり高い。値上げでタバコ離れが進むというが、タバコ会社は「まだまだ」とほくそ笑んでいるに違いない。

※1:Frank J Chaloupka, et al., "Effectiveness of tax and price policies in tobacco control." BMJ, Tobacco Control, Vol.20, Issue3, 2011

※2:Jing Li, et al., "The heterogeneous effects of cigarette prices on brand choice in China: implications for tobacco control policy." BMJ, Tobacco Control, Vol.24, Issue3, 2015

※2:Kate R. Purcell, et al., "Tobacco control approaches and inequity:how far have we come and where are we going?" Health Promotion International, Vol.30, Issue2, 2015

※3:Anna B. Gilmore, et al., "Understanding tobacco industry pricing strategy and whether it undermines tobacco tax policy: the example of the UK cigarette market." Addiction, Vol.108, 1317-1326, 2013

科学ジャーナリスト、編集者

いしだまさひこ:北海道出身。法政大学経済学部卒業、横浜市立大学大学院医学研究科修士課程修了、医科学修士。近代映画社から独立後、醍醐味エンタープライズ(出版企画制作)設立。紙媒体の商業誌編集長などを経験。日本医学ジャーナリスト協会会員。水中遺物探索学会主宰。サイエンス系の単著に『恐竜大接近』(監修:小畠郁生)『遺伝子・ゲノム最前線』(監修:和田昭允)『ロボット・テクノロジーよ、日本を救え』など、人文系単著に『季節の実用語』『沈船「お宝」伝説』『おんな城主 井伊直虎』など、出版プロデュースに『料理の鉄人』『お化け屋敷で科学する!』『新型タバコの本当のリスク』(著者:田淵貴大)などがある。

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