Yahoo!ニュース

アンドロイドは「デンキウナギ」の夢を見るか

石田雅彦科学ジャーナリスト、編集者
(写真:ロイター/アフロ)

 2050年に人間とロボットとでサッカーの試合をしよう、という発想で1992年に始まったのが国際的なロボット大会「ロボカップ(RoboCup)」だ。ロボットが人間とぶつかり合ったりするわけだから、ホンダのASIMOのような外骨格で固いままだと人間を傷つけてしまう。

柔らかいロボットと人工筋肉

 サッカーに限らず将来、介護や医療など我々の日常生活のすぐそばでロボットが活動し始めるとき、柔らかさというのは重要な要素になる。先日の記事で動物の機能から技術開発するバイオミメティクス(biomimetics)を紹介したが、ロボットも動物のしなやかさ、柔らかさを取り入れなければならないのだ。

 あたかも生物が活動するような柔らかい外装と環境中のしなやかな動きをロボットに取り入れる技術を「ソフトロボティクス(Soft-Robotics)」という(※1)。米国のペンシルベニア大学の研究者らが提唱し始めた概念だが、単に外装や動きだけではなく、予測できない事態に柔軟に適応でき、人間とインタラクティブなコミュニケーションを実現するロボットが目標だ。

 つまり、ロボット工学にバイオテクノロジーやバイオミメティクス、AI(人工知能)などをミックスした研究開発分野といえる。ソフトなロボットが実現すれば、これまでの「固いロボット」では難しかった患者に触れたりするような非侵襲系の医療措置や体内に埋め込むタイプの可変補助装置のほか、人間との協調作業を親和性高くできるようになるだろう。

 だが、ソフトロボティクスの実現には、いくつかの高い壁がある。例えば、柔らかく耐久性が高く温かみのある外装であり、人工筋肉のようにしなやかで強靱なアクチュエーター(動力駆動系)の開発だ。

 ロボットを構成する基本的要素として、情報処理をするCPU、外界を認識して内部へ伝えるセンサー、そしてロボットを動かすアクチュエーターが必要となる。ソフトロボティクスでは、センサーとアクチュエーターを合体させたようなシームレスな機構も想定している。

誘電性エラストマーの可能性

 これまでアクチュエーターの研究開発では、油圧や空気圧などが試みられてきた。だが、パワーやタイムラグなどの点で難しい面が多く、最近ではエラストマー(elastic+polymer)というゴムのような弾性を持った素材を使ったものに期待がかけられている。

 基本的には、圧を加えることで電気抵抗が変化する感圧導電性エラストマーの機構を逆転させ、通電させて電圧を変化させることでエラストマーを動かす、という発想で、誘電性エラストマー(dielectric elastomers、DEs)と言う。そして今、これをソフトロボットのアクチュエーターに利用しよう、という研究開発が進んでいるのだ(※2)。

 だが、なかなかうまくいかないもので、誘電性エラストマーを駆動させるためには高い電圧が必要となる。体内に埋め込むことも想定しているソフトロボットでは、電源を外部から容易に導入できない。コンセントをつないで充電、というわけにはいかない。

 最近では、ソフトロボットの外装である皮膚に摩擦による自家発電機構を組み込み、同時に触覚センサーも埋め込もうと言う研究も盛んだ(※3)。摩擦による静電気は高い電圧を発生させるが、さすがに誘電性エラストマーを駆動させるまでには至っていない(※4)。

デンキウナギはどうだろう

 そこで生物の機構を模倣するバイオミメティクスの登場である。研究者らが注目したのは、1アンペアの電流で600ボルト以上もの高電圧を発生させるデンキウナギだ。

 南米アマゾン川に生息するデンキウナギは、蓄電機能を持たずに数千個の特殊な細胞から微細な電気を発生させ、ごく短い瞬間にそれらから一斉に発電させることで高い電圧を実現させる。この電気を使って隠れた獲物を追い出したり、弱らせて動きが鈍ったところを捕食するというわけだ(※5)。

 だが、デンキウナギがなぜこのような能力を得たのか、精しいことはまだわかっていない。いずれにせよ、デンキウナギからヒントを得てソフトロボットのアクチュエーターやセンサーの動力源にしよう、という技術も最近になって活発に研究されるようになっている(※6)。

 

 そんなデンキウナギの発電機能を再現した新しい研究成果が、英国の科学雑誌『nature』に掲載された(※7)。

 スイスのフリブール大学の研究者によるもので、植物細胞を模倣した親水性ポリマーのヒドロゲルを使い、デンキウナギの放電細胞に近い機構をシート状に再現した。研究者は、数千もの放電細胞が並んだデンキウナギに近づけるため、この三次元構造を折り紙の手法(ミウラ折り)で折り重ねて直列に配置し、一斉に発電させる制御方法を考えた結果、デンキウナギのような高電圧を発することができた、と言う。

 これらの折り重ねは陽イオンと陰イオンの反復配列になっていて、110ボルトの電圧で平方メートルあたり27ミリワットを発電できる。デンキウナギもカリウムイオンとナトリウムイオンを隔てた膜間の電位差で発電するが、この研究者はヒドロゲルのシートを二枚重ねにしたようだ。

画像

ヒドロゲルのシートを二枚重ねにし、その電位差からデンキウナギのような高圧の発電を実現した、と言う。Via:Thomas B. H. Schroeder, Anirvan Guha, Michael Mayer, et al., "An electric-eel-inspired soft power source from stacked hydrogels." nature, 2017

 柔らかく生体に親和性の高いこの仕組みを使えば、体内に導入することも可能になるだろうし、充電したり電池を埋め込んだりしなくてもよくなる。ソフトロボットだけではなく、ペースメーカーや人工臓器など、体内に移植した装置などの電源にもなる、ということだ。研究者は今回の技術をより洗練させ、効率を高めていく、と言う。

 これは体内にデンキウナギを入れるようなものだ。その高電圧によって誘電性エラストマーなどの人工筋肉を動かすことができれば、柔らかいヒューマノイド、つまりアンドロイドができるようになる。まさに、フィリップ・K・ディックの小説のようなことが実現するかもしれないのだ。

※1:Deepak Trivedi, et al., "Soft Robotics: Biological Inspiration, State of the Art, and Future Research." Applied Bionics and Biomechanics, Vol.8, Issue3, 99-117, 2008

※2:Hristiyan Stoyanov, et al., "Soft Conductive Elastomer Materials for Stretchable Electronics and Voltage Controlled Artificial Muscles." Advanced Materials, Vol.25, Issue4, 578-583, 2013

※3:Mingyuan Ma, et al., "Self-powered artificial electronic skin for high-resolution pressure sensing." Nano Energy, Vol.32, 389-396, 2017

※4:Xiangyu Chen, et al., "Stimulating Acrylic Elastomers by a Triboelectric Nanogenerator- Toward Self-Powered Electronic Skin and Artificial Muscle." Advanced Functional Materials, Vol.26, Issue27, 4906-4913, 2016

※5:Kenneth Catania, "The shocking predatory strike of the electric eel." Science, Vol.346, Issue6214, 2014

※6:Ying-Chih Lai, et al., "Electric Eel-Skin-Inspired Mechanically Durable and Super-Stretchable Nanogenerator for Deformable Power Source and Fully Autonomous Conformable Electronic-Skin Applications." Advanced Materials, Vol.28, Issue45, 10024-10032, 2016

※7:Thomas B. H. Schroeder, Michael Mayer, et al., "An electric-eel-inspired soft power source from stacked hydrogels." nature, Vol.552, 214-218, doi:10.1038/nature24670, 2017

科学ジャーナリスト、編集者

いしだまさひこ:北海道出身。法政大学経済学部卒業、横浜市立大学大学院医学研究科修士課程修了、医科学修士。近代映画社から独立後、醍醐味エンタープライズ(出版企画制作)設立。紙媒体の商業誌編集長などを経験。日本医学ジャーナリスト協会会員。水中遺物探索学会主宰。サイエンス系の単著に『恐竜大接近』(監修:小畠郁生)『遺伝子・ゲノム最前線』(監修:和田昭允)『ロボット・テクノロジーよ、日本を救え』など、人文系単著に『季節の実用語』『沈船「お宝」伝説』『おんな城主 井伊直虎』など、出版プロデュースに『料理の鉄人』『お化け屋敷で科学する!』『新型タバコの本当のリスク』(著者:田淵貴大)などがある。

石田雅彦の最近の記事