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恐竜はかなり「もふもふ」だった

石田雅彦サイエンスライター、編集者
アンキオルニス:copyright Rebecca Gelernter

 観察は、科学的なアプローチにとって必須の態度だ。観察した事実を描写することも、また科学的コミュニケーションにとって大事なスキルとなる。観察と分析、描写と記述の技術は科学の進歩になくてはならないものだろう。

サイエンティフィック・イラストレーションの魅力

 ただ、視覚伝達手段としての科学的なコミュニケーションの理論は、まだ十分に確立されているとは言えない。

 サイエンティフィック・イラストレーションの歴史は長く、それはレオナルド・ダ・ビンチらが活躍したルネサンス期に花開いた。南方熊楠にも影響を与えたスイスの博物学者、コンラッド・ゲスナー(Conrad Gesner、1516〜1565)のイラストは、当時に想像されていた奇想天外な生物も含まれていて興味深い。一方、英国の自然哲学者・博物学者だったロバート・フック(Robert Hooke、1635〜1703)の観察は、英国人らしくあまり情緒を感じないが、その精緻で巧みな表現力はフックの鋭い観察眼のたまものと言える。

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左はゲスナーが描いたヤマアラシ(Porcupine、1551年)、右はフックが描いたノミ(Flea、ウェールズ国立図書館所蔵)のイラスト。両方とも表題の「もふもふ」とはほど遠いが、ゲスナーは修辞的、フックはより実際の姿に近い。

 では、実際には現生しない生物、例えば絶滅してしまい、ほとんどが不完全な化石しか残っていない古生物を描写するのにはどうすればいいのだろうか。古生物学には解明途上の仮説も多い。恐竜に関する学説などを眺めても異論反論百出している。そこに視覚的描写により、学界に対する議論の提供や市民や社会とのコミュニケーションを目的に恐竜のイラストを描くとき、表現者はどんなところに気をつけるべきなのだろう。

 あたかも身近な場所で歩き回っているように生き生きと描かれた恐竜のイラストは、子どもはもちろん大人も惹きつける。これら恐竜など古生物のイラストは、化石でしかわかっていないものを、もっと我々市民にわかるような形に変えて提供してくれる重要なツールだ。ただ、科学的な態度として一般的には、できる限り修飾せず、表現者の余計な意図を反映させないよう努力することが求められてきた。

 もちろんこうしたイラストには、学説を提唱する研究者の意図が「正確」に表現されているべきだ。スティーブン・ジェイ・グールド(Stephen Jay Gould)の著書に描かれたバージェス頁岩とカンブリア大爆発のイラストは、当人を巻き込んで学界でも科学的コミュニケーションの立場から議論になった(※1)。

 同時に、もし仮に市民や社会に対し、何らかの意見を伝えたいという動機があるなら「美しく魅力的」に描かれることも重要だろう。市民や社会からの理解と支援は科学にとって絶対的に必要な要素だが、正確性を欠くことで彼らに過度な期待を抱かせてもいけない。

「羽毛恐竜」の新しい仮説

 正確さとアートという、この相反する目的を同時に達成したサイエンティフィック・イラストレーションこそ、最も素晴らしい科学的な成果となる。今日の記事ではそうした試みに関連した論文とイラストを紹介したい。

 この論文(※2)は英国のブリストル大学の研究者らによるもので、現在の鳥類に進化したのではないかと考えられている獣脚類(ティラノサウルスやヴェロキラプトルなどを含む恐竜の種類)の一種「アンキオルニス(Anchiornis)」に関する研究だ。そして、論文の共著者として名前が記載されているレベッカ・ゲレンタール(Rebecca Gelernter)のイラストが注目されている。

 アンキオルニスはジュラ紀後期にいたと考えられる羽毛を持ったカラスほどの大きさの小型恐竜で、これまで中国からしか化石は出ていない。この化石は世界中の研究者によって調査分析されているが、アンキオルニスとシノサウロプテリクス(Sinosauropteryx、共通祖先がマニラプトル)の羽毛痕跡が残った化石からメラニン色素が検出され、これらの色素から全身の色を類推して着色することも試みられている(※3)。

 アンキオルニスに関する今回の論文では、これまでの研究成果に加え、さらに踏み込んだ想像図を掲載しているが、それがかなり「もふもふ」した印象となっていて興味深い。また、アンキオルニスは前足と後ろ足にも羽が生えていたと考えられ、足の爪を使って木に登り、そこから四肢を広げて滑空していたようだ。

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レベッカ・ゲレンタールによるアンキオルニスの想像イラスト。研究者による仮説をより実世界に当てはめて想像し、四肢の爪で木に登っている様子を描いている。下の「V」は羽毛の1本で、こうした羽毛が密集することでネコの一種ブリティッシュ・ショートヘアのように「もふもふ」した外見になる。※論文著者の転載許諾済み:Via:Evan T. Saitta, Rebecca Gelernter, Jakob Vinther, "Additional information on the primitive contour and wing feathering of paravian dinosaurs." Palaentology, 2017:copyright Rebecca Gelernter,www.nearbirdstudios.com

 羽は現在の鳥類の羽とは違って左右対称になっており、化石の羽毛を解析したところ、鳥類の羽よりも柔らかく、水をはじく機能も持っていたらしいことがわかった。また、羽の生え方は密度が高く密集し、それが「もふもふ」感を出している。

 イラストを描いたゲレンタールは、別の論文でも翼竜であるプテロサウルスの一種の化石と欠損部分の想像イラストを描いている(※4)ように単なるイラストレーターではない。解剖学や古生物学を熟知し、正確かつ印象的に古生物を再現する技術を持っているようだ。従来の知見を正確に受け入れ、さらに新たな考え方を意欲的かつ生き生きと表現・再現するというサイエンティフィック・イラストレーションのアプローチはとても参考になる。

 ところで、筆者が好きな恐竜イラストの作者はダグ・ヘンダーソン(Doug Henderson)だ。彼が描いた「子育て恐竜マイアサウラ」のイラスト(John R. Hornerら著)は、その後の研究者や表現者に大きな影響を与えた。日本にも多くの恐竜イラストレーターや造形作家がいるが、科学的な知見を基礎にした魅力的な表現でより多くの人たちを惹きつけて欲しい。

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映画になったマイケル・クライトンの小説『ジュラシック・パーク』にも影響を与えた米国モンタナ大学のジョン・ホーナーらによる『MAIA: A Dinosaur Grows Up』(1985)の表紙。イラストはダグ・ヘンダーソンだ。子育てをする草食恐竜マイアサウラの日常を描いている。

※1:Kathryn M. Northcut, "The making of knowledge in science: case studies of paleontology illustration." Texas Tech University, 2004

※2:Evan T. Saitta, Rebecca Gelernter, Jakob Vinther, "Additional information on the primitive contour and wing feathering of paravian dinosaurs." Palaentology, DOI: 10.1111/pala.12342, 2017

※3:Quanguo Li, et al., "Plumage Color Patterns of an Extinct Dinosaur." Science, Vol.327, Issue5971, 2010

※4:D W. E. Hone, S Jigang, X Xu, "A taxonomic revision of Noripterus complicidens and Asian members of the Dsungaripteridae." Geomechanics and Geology, Vol.455, 2017

サイエンスライター、編集者

いしだまさひこ:北海道出身。法政大学経済学部卒業、横浜市立大学大学院医学研究科修士課程修了、医科学修士。近代映画社から独立後、醍醐味エンタープライズ(出版企画制作)設立。紙媒体の商業誌編集長などを経験。日本医学ジャーナリスト協会会員。水中遺物探索学会主宰。サイエンス系の単著に『恐竜大接近』(監修:小畠郁生)『遺伝子・ゲノム最前線』(監修:和田昭允)『ロボット・テクノロジーよ、日本を救え』など、人文系単著に『季節の実用語』『沈船「お宝」伝説』『おんな城主 井伊直虎』など、出版プロデュースに『料理の鉄人』『お化け屋敷で科学する!』『新型タバコの本当のリスク』(著者:田淵貴大)などがある。

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