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「ホオジロザメ」の出没予想は可能なのか

石田雅彦科学ジャーナリスト、編集者
(写真:アフロ)

 先日、沖縄の石垣島で行方不明になっていた男女2人とみられる遺体の一部が海岸で発見された。報道によれば、行方不明者を捜索していた警察官により最初に骨盤を含む右足が発見され、次いで男性の遺体が見つかった、と言う。この男性の右足は残っていた。

 最初に発見された右足には、サメなどによると思われる切断面があったようだ。この遺体がサメに襲われたのか、別の事故により後にサメに食べられたのかどうかはわかっていない。

サメによる死亡事故は少ない

 日本におけるサメの被害はそれほど多くないが、1992年には瀬戸内海で潜水漁をしていた男性がホオジロザメに襲われて亡くなったと考えられる事故が起きて話題になった。死亡事故を含むサメ被害は、日本でほぼ毎年一件ほど報告されている。

 また、国際的なサメ被害を調査している「国際サメ被害ファイル(International Shark Attack File、フロリダ自然史博物館)」によれば、2016年の世界のサメによる死亡事故は4名(サメ事故全体の4.9%)だった。そのほとんどは偶発的なヒトとサメの遭遇によるものだ。今回の石垣島の事例がサメによる死亡事故とすればかなり珍しいと言える。

 こうした食害を起こすサメの種類は様々だ。高速で遊泳し攻撃的なアオザメ、頭部が特徴的なシュモクザメ、何にでも噛みつく悪食なイタチザメなどが有名だが、やはり映画にもなったホオジロザメはこうした種類のサメの中で最も大型になり、世界的にホオジロザメによる多くの被害が報告されている。

 ホオジロザメの出没は従来、暖かい沖縄など以外では珍しいとされてきた。だが、1992年の瀬戸内海での死亡事故が発端となった北海道大学の研究者による研究調査(※1)では、北海道や宮城県、千葉県、島根県などかなり北方や日本海でも発見報告があり、ホオジロザメが熱帯海域にだけ出没するとは限らないことがわかっている。

インド洋を往復するホオジロザメ

 では、ホオジロザメの行動は予測できるのだろうか。偶発的にでもホオジロザメに出くわさないためにどうすればいいのだろうか。

 世界中に分布しているホオジロザメの活動は、主に大陸棚の海域に限られ、それほど遠方へ移動しないだろう、と考えられてきた。だが、電波発信タグの進化と衛星観測とのリンク技術の確立により、野生生物の生態調査は格段に進歩している。ホオジロザメの場合も2000年代に入ってから世界中の研究者がタグ標識による観察を始め、ホオジロザメの生態が少しずつ明らかになってきた。

 米国ノースカロライナ州にあるデューク大学などの研究者による研究(※2)では、6頭のホオジロザメにタグを付け、最長で半年間、彼らの移動を追跡した。その結果、カリフォルニアから約3800km離れたハワイまでホオジロザメが移動することがわかっている。

 また、米国の野生生物保護協会(Wildlife Conservation Society、WCS)などの研究者は、南アフリカからオーストラリア西岸まで、ホオジロザメが往復約2万km以上移動することを観察している(※3)。このメスのホオジロザメは、南アフリカからいったん約750km南下した後、真っ直ぐに時速約4.7kmの速度で東進した。また、最深で約980mの深さまでしばしば潜ることが観察され、従来考えられていたよりもずっと低い3℃前後の海水温でも活動していたことがわかった。

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南アフリカからオーストラリアまでのホオジロザメの移動。タグやヒレの形などの写真評価により、このメスのホオジロザメはオーストラリアから再び南アフリカへ戻っていることがわかっている。右の数字は水温。Via:Ramoon Bonfil, et al., "Transoceanic Migration, Spatial Dynamics, and Population Linkages of White Sharks." Science, 2005

ホオジロザメの「カフェ」

 米国カリフォルニア沿岸のホオジロザメ(成体と若い個体)20頭の移動を調査したスタンフォード大学らの研究者による研究(※4)によると、東太平洋のホオジロザメはハワイ諸島まで約2500km移動し、季節によって行きつ戻りつを繰り返していることがわかった。これらのホオジロザメはアザラシやアシカなどの海棲哺乳類や大型回遊魚を食べているが、その移動も獲物の増減と関係している。

 獲物が少なくなる11月〜3月になると沖合へ移動を始め、遠くはハワイなどの海棲哺乳類が豊富な海域へ到達し、23日前後で移動を終えるようだ。そこで採餌行動や交尾行動をし、春から夏にかけて4ヶ月ほど滞留する。また、カリフォルニア沿岸とハワイ中間海域に採餌や交尾のために終結する、という観察もあり(※5)、研究者はこうした海域をホオジロザメの「カフェ」のような場所と考えている。

 ホオジロザメの移動には規則性があるとするオーストラリアの研究者による論文(※6)では、オーストラリア南部からニュージーランドまで約3550kmの移動とかなりの深海まで潜ることがわかったものの、その移動のほとんどは深度5m〜100mの大陸棚に限られ、オーストラリア東岸のハイウェイのような一定ルートを季節によって南北に往き来することのほうが多く観察されている。研究者は、こうしたホオジロザメの移動の規則性が判明すれば、混獲やサメ食害などを防ぐことができるのではないか、と考えている。

 ホオジロザメが考えられてきたよりもずっと遠くまで移動する、という調査研究は最近も報告されている。マサチューセッツ工科大学などの研究グループが大西洋のホオジロザメの生態を調べたところ、米国東岸のケープコッド(マサチューセッツ州)から約3700km離れたポルトガル沖まで移動していることがわかった。また、時には1120m以上の深度まで潜るようだ(※7)。

 また、ホオジロザメには遺伝的に大きく二つの系統があることがわかってきている(※8)。これはホオジロザメがかなり遠方同士で交配していることを意味するが、これまでは主にオスが交尾のために移動していると考えられていた。また、メスが地理的に隔離されることで、ある一定の数の集団に遺伝的な共通がみられる、という報告もある(※5)。だが、インド洋を横断したメスのホオジロザメの観察もあり、こうした考え方にも修正が加えられるかもしれない。

 一方、鹿島灘のホオジロザメのDNAを調べた東海大学などの研究者は、日本近海のホオジロザメの遺伝群はカリフォルニア沿岸やオーストラリア近海のものと別のグループに属していることを明らかにした(※9)。また、日本のホオジロザメは、カリフォルニアや南アフリカの個体群よりも性的に成熟するスピードが速い(オス4歳、メス7歳)ようだ。

不幸な事故を防ぎ、資源管理する

 サメの多くは成長に時間がかかり、繁殖期が年に一回程度と繁殖力も強くない。混獲などで死んでしまう若い個体も多く、サメの資源回復の妨げにもなっている。

 米国カリフォルニアからメキシコのバハカリフォルニアにかけて、ホオジロザメの若い個体群(全長147cm〜250cm)の生態を調査した米国スタンフォード大学らの研究者によれば、こうした若いホオジロザメは昼間や朝夕には深い海域にいて夜間に浮上する傾向がある。また、満月の夜には深く潜ることも観察され、年齢が若いほど浅い海域にいるということがわかった(※10)。

 サメによる事故は、ヒトとサメとの偶発的な出会いが多い。ホオジロザメの研究では、彼らの移動には周期性があり、かなり遠方まで移動することがわかってきた。

 サメの生態がより精しく解明され、不幸な事故が起きないようにしたい。また、サメの多くは希少種になっている。混獲による個体数の減少を食い止めるためにも、サメの移動などの生態調査が必要になるだろう。

※1:Kazuhiko Nakaya, "Distribution of White Shark in Japanese Waters." Fisheries Science, Vol.60, No.5, 515-518, 1994

※2:Andre M. Boustany, Scott F. Davis, Peter Pyle, Scot D. Anderson, Burney J. Le Boeuf, Barbara A. Block, "Expanded niche for white sharks." nature, Vol.415, 2002

※3:Ramoon Bonfil, Michael Meyer, Michael C. Scholl, Ryan Johnson, Shannon O’Brien, Herman Oosthuizen, Stephan Swanson, Deon Kotze, Michael Paterson, "Transoceanic Migration, Spatial Dynamics, and Population Linkages of White Sharks." Science, Vol.310, 2005

※4:Kevin C. Weng, Andre M. Boustany, Peter Pyle, Scot D. Anderson, Adam Brown, Barbara A. Block, "Migration and habitat of white sharks (Carcharodon carcharias) in the eastern Pacific Ocean." Marine Biology, 2007

※5:Salvador J. Jorgensen, Carol A. Reeb, Taylor K. Chapple, Scot Anderson, Christopher Perle, Sean R. Van Sommeran, Callaghan Fritz-Cope, Adam C. Brown, A. Peter Klimley, Barbara A. Block, "Philopatry and migration of Pacific white sharks." Proceedings of the Royal Society B, 2009

※6:B. D. Bruce, J. D. Stevens, H. Malcolm, "Movements and swimming behaviour of white sharks (Carcharodon carcharias) in Australian waters." Marine Biology, Vol.150, Issue2, 161-172, 2006

※7:G. B. Skomal1,*, C. D. Braun2,3, J. H. Chisholm1, S. R. Thorrold, "Movements of the white shark Carcharodon carcharias in the North Atlantic Ocean." Marine Ecology, Vol.580, 2017

※8:Amanda T. Pardin, et al., "Sex-biased dispersal of great white sharks." nature, Vol.412, 139-140, 2001

※9:S. Tanaka, T. Kitamura, T. Mochizuki, K. Kofuji, "Age, growth and genetic status of the white shark (Carcharodon carcharias) from Kashima-nada, Japan." Marine & Freshwater Research, Vol.62, 2011

※10:Mevin C. Weng, John B. O'Sullivan, Christopher G. Lowe, Chuck E. Winkler, Heidi Dewar, Barbara A. Block, "Movements, behavior and habitat preferences of juvenile white sharks Carcharodon carcharias in the eastern Pacific." Marine Ecology, Vol.338, 2007

科学ジャーナリスト、編集者

いしだまさひこ:北海道出身。法政大学経済学部卒業、横浜市立大学大学院医学研究科修士課程修了、医科学修士。近代映画社から独立後、醍醐味エンタープライズ(出版企画制作)設立。紙媒体の商業誌編集長などを経験。日本医学ジャーナリスト協会会員。水中遺物探索学会主宰。サイエンス系の単著に『恐竜大接近』(監修:小畠郁生)『遺伝子・ゲノム最前線』(監修:和田昭允)『ロボット・テクノロジーよ、日本を救え』など、人文系単著に『季節の実用語』『沈船「お宝」伝説』『おんな城主 井伊直虎』など、出版プロデュースに『料理の鉄人』『お化け屋敷で科学する!』『新型タバコの本当のリスク』(著者:田淵貴大)などがある。

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