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恐竜を食べていた白亜紀の「悪魔ガエル」

石田雅彦科学ジャーナリスト、編集者
現生ツノガエルの一種。リトグラフ: R. A. Lydekker:1896

 ヘビを丸呑みにするカエルの映像がネット上で話題になったが、白亜紀にはカエルが恐竜を食べていたのではないか、という米国カリフォルニア工科大学などの研究者による論文が先日出た(※1)。このカエルは、現在のアフリカ、マダガスカル島から化石が出る「ベールゼブフォ(Beelzebufo、悪魔ガエル)」で、約7000万年前の白亜紀後期にいた。

待ち伏せして捕食する悪魔ガエル

 マダガスカル島からはベールゼブフォの化石が多く出るが、化石から推測される大きさは最大で体長約41センチ、重さが4.5キロにまで巨大化したようだ。現生のカエルの場合、体長は最大でも30センチを超えることはまずない。また、頭蓋骨を調べたところ、ベールゼブフォの口はかなり大きく開けることが可能で、獲物を待ち伏せしてその身体以上の獲物を捕食していたと考えられている(※2)。

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マダガスカル島の27のサイトから発掘された64の化石を元に3Dデジタル画像にしたベールゼブフォ。頭部が異様に大きく、口を大きく開けることができるのがわかる。Via:Susan E. Evans, et al., "New Material of Beelzebufo, a Hyperossified Frog (Amphibia: Anura) from the Late Cretaceous of Madagascar." PLOS ONE, 2014

 現在の南米、アルゼンチン、パラグアイ、ブラジル、ボリビアなどには、最大15センチになる「パックマン」という異名のツノガエルの種類がいる。それらのツノガエルの祖先は、マダガスカル島のベールゼブフォの祖先と共通だった、と考えられている。

 なぜなら、ジュラ紀から白亜紀にかけてゴンドワナ大陸が移動したとき、南米とアフリカ(マダガスカル島)が分かれたからだ。アフリカの一部はその後、分離してユーラシア大陸にぶつかり、インドになったが、マダガスカル島はアフリカ大陸の東岸に取り残された。ツノガエルとベールゼブフォも南米とマダガスカルに分かれた、というわけだ。

 ベールゼブフォの化石が最初に発見されたのは1993年だったが、それ以後、この白亜紀の巨大なカエルは何を食べていたのかが議論になってきた。現生のカエルのほとんどは、それほど咬合力が強くない。昆虫などを捕食する際には、長い舌で巻き取って丸呑みしてしまうことが多い。

 だが、南米に現生するツノガエルは、ほかの種類のカエルよりも強い咬合力を持っている。前述したように南米のツノガエルとマダガスカル島のベールゼブフォの共通祖先には強いつながりが示唆されているから、ベールゼブフォの咬合力もかなりのものだったのではないかと想像できる。つまり、ベールゼブフォは、通常考えられる対象以上のサイズの生物、例えば小型の恐竜などを捕食していた可能性があるのだ。

オオカミなどに匹敵する咬合力

 冒頭の論文の著者であるカリフォルニア工科大学などの研究者が現生ツノガエル(クランウェルツノガエル、頭部の幅が約4.5センチ)を調べたところ、最大で32.9ニュートン(※3)の咬合力を測定した。この結果を基にベールゼブフォの頭部の幅(10センチ〜15.4センチ)と身体のサイズに換算すると、最大で2200ニュートンまで可能な咬合力を持っていたことが推測された、と言う。

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現生のツノガエル(クランウェルツノガエル、Ceratophrys cranwelli)の咬合力を測定している様子。上顎に鋭い歯が並んでいる。Via:A. Kristopher Lappin, et al., "Bite force in the horned frog (Ceratophrys cranwelli) with implications for extinct giant frogs." Scientific Reports, 2017

 研究者によれば、この数字はオオカミやメスのトラに匹敵する咬合力らしい。我々ヒトの咬合力はと言えば、通常の食事の咀嚼で約70〜150ニュートン、最大で500〜700ニュートン程度。ワニのアリゲーターの咬合力は、最大で9452ニュートンらしい(※3)。ちなみに、ティラノサウルス・レックスの咬合力は、約18万3000ニュートンから23万5000ニュートンという研究があり(※2)これは別格だ。

 カエルが恐竜を捕食していたと言っても、もちろん大人のティラノサウルスを食べていたわけではないが、生まれたてのティラノサウルスの幼生(ヒナ)ならベールゼブフォは容易に食べたかもしれない。映画『ジュラシック・パーク』シリーズには、多種多様な恐竜が出てくるがコンプソグナトゥス(コンピー)というニワトリサイズの小型肉食恐竜もいる。このクラスの恐竜なら「悪魔ガエル」ベールゼブフォといい勝負だったかもしれない。

 今回の研究は、ベールゼブフォの咬合力を推定することにより、これまでの仮説を補強するものになった。だが、なにしろ現生のカエルもヘビを食べるくらいだ。白亜紀に恐竜を食べていたカエルがいても不思議ではない。

 カエルは白亜紀末の大絶滅を生き延びて大繁栄を遂げた(※6)が、我々ヒトが破壊した自然環境の中で絶滅に瀕している。カエルは生物多様性のバロメーターだ。カエルがいなくなった世界でヒトが生きながらえられるとは思えない。

※1:A. Kristopher Lappin, Sean C. Wilcox, David J. Moriarty, Stephanie A. R. Stoeppler, Susan E. Evans, Marc E. H. Jones, "Bite force in the horned frog (Ceratophrys cranwelli) with implications for extinct giant frogs." Scientific Reports, 7, 11963, 2017

※2:Susan E. Evans, Joseph R. Groenke, Marc E. Jones, Alan H. Turner, David W. Krause, "New Material of Beelzebufo, a Hyperossified Frog (Amphibia: Anura) from the Late Cretaceous of Madagascar." PLOS ONE, Vol.9, Issue1, 2014

※3:1ニュートンは、1キログラムの質量をもつ物体に1メートル毎秒毎秒(m/s2)の加速度を生じさせる力。

※4:Gregory M. Erickson, et al., "The ontogeny of bite-force performance in American alligator (Alligator mississippiensis)." Journal of Zoology, Vol.260, Issue3, 2003

※5:Mason B. Meers, "Maximum Bite Force and Prey Size of Tyrannosaurus rex and Their Relationships to the Inference of Feeding Behavior." Historical Biology, Vol.16, Issue1, 2002

※6:Yan-Jie Feng, David C. Blackburn, Dan Liang, David M. Hillis, David B. Wake,1, David C. Cannatella, Peng Zhang, "Phylogenomics reveals rapid, simultaneous diversification of three major clades of Gondwanan frogs at the Cretaceous-Paleogene boundary." PNAS, Vol.114, No.29, 2017

科学ジャーナリスト、編集者

いしだまさひこ:北海道出身。法政大学経済学部卒業、横浜市立大学大学院医学研究科修士課程修了、医科学修士。近代映画社から独立後、醍醐味エンタープライズ(出版企画制作)設立。紙媒体の商業誌編集長などを経験。日本医学ジャーナリスト協会会員。水中遺物探索学会主宰。サイエンス系の単著に『恐竜大接近』(監修:小畠郁生)『遺伝子・ゲノム最前線』(監修:和田昭允)『ロボット・テクノロジーよ、日本を救え』など、人文系単著に『季節の実用語』『沈船「お宝」伝説』『おんな城主 井伊直虎』など、出版プロデュースに『料理の鉄人』『お化け屋敷で科学する!』『新型タバコの本当のリスク』(著者:田淵貴大)などがある。

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