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「うなずく」だけで好印象に

石田雅彦科学ジャーナリスト、編集者
(ペイレスイメージズ/アフロ)

 世界の民族文化で「うなずく」動作は、ほぼ「肯定」「YES」を意味する。ただ例外は、インドやネパール、バングラデシュあたりの文化だ。肯定は頭をぐらぐらと左右に振ることで表す。

 筆者の友人のネパール人も普通なら「うんうん」とうなずく時に、ちょうどペコちゃん人形のように頭をゆらゆら左右に揺らす。これは頭を左右に回転させる「否定」「NO」の動作とは少し違うのだが、最初はこの肯定動作に戸惑ったものだ。

うなずきロボットとは

 東京お台場にある日本科学未来館に、以前「うなずき君」というロボット展示があった。これは岡山県立大学の渡辺富夫教授が開発した「E-COSMIC」(※1)という身体的コミュニケーション技術を応用したロボットだ。

 ロボットは人間の言葉を理解しているわけではないが、人間が何かを言うときに「うなずき」動作をする。人間は単に言葉だけではなく、ノンバーバルな身体的ジェスチャーや身体を使ったリズムを共有し、互いの感情を「引き込む」ことでコミュニケーションを円滑化させている、というわけだ。

 実際にロボット展示で体験してみると、相手は人間の言葉を理解しているわけではない、とわかっていても会話が成立しているかのような不思議な気持ちになった。米国の文化人類学者、エドワード・T・ホール(Edward T. Hall Jr.)は、我々のコミュニケーションの60%はノンバーバルだと言ったが、単に「うん、うん」とうなずいてもらえることが、どれだけ話す側にとって安心感につながるか、その効果が想像以上だったことを覚えている。

うなずき動作で30%から40%好印象に

 最近、日本の研究者により「うなずき」が人物評価の好印象度を上げる、という研究(※2)が発表された。山形大学の大杉尚之准教授と北海道大学の河原純一郎准教授との共同研究によるもので、冒頭の「うなずきロボット」に通じるものがある。

 大杉教授らは、コンピューター・グラフィックス(CG)で作った女性の顔をモニター画面に映し、18歳以上の男女計49人に見せて「好ましい」「近づきやすい」などの印象を0〜100点の数値で評価してもらった。CGの顔には無言の動作をつけ、正面を向いてかすかに微笑む、微笑みの顔のまま首を縦に振ってうなずく、左右に首を振る、という動画を加えた。

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CGの顔と動作。右端が正面の顔で首を振る動作(中)とうなずき(左端)動作を動画で被験者に見せて印象を聴いた。画像:北海道大学のプレスリリース(PDF)より。

 顔の表情に左右されず、見る人に対して「うなずき」「首振り」という動作だけの印象を調べることを目的にした、というわけだ。その結果、「うなずき」動作を見た場合は、ただ正面を向いている顔のときに比べて、「好ましさ」の値は18%、「近づきやすさ」の値は32%増えていた。これを「首振り」と比べると、それぞれ27%、55%増えていた、と言う。つまり「うなずき」動作が、人物の好ましさ、近づきやすさを30%から40%も増やすことになる。

 また「うなずき」動作が「見た目の好ましさ」と「性格の好ましさ」のどちらの印象に影響するかを調べたところ、何も動きがない場合に比べて「見た目の好ましさ」が6%の増加だったのに対し、「性格の好ましさ」は19%も増えていた。単に見た目の印象変化だけでなく「うなずき」動作は、相手に「きっとこの人は性格がいいんだろうな」という気持ちを起こさせ、それが「好ましい」「近づきやすい」といった印象をもたらす、というわけだ。

「YES」には大きなパワーがある

 前述したように、世界のほとんどの文化で「うなずき」動作は「肯定」を表現する。肯定の概念は「受け入れ」と「好意」につながるのだろう。「うなずく」だけで相手は勝手に「性格がいい」と思い込んでくれる可能性がある、というわけだ。

 肯定とYESには大きなパワーがある。ジョン・レノンは、オノ・ヨーコのアートに「YES」と小さな文字が書かれていたのを見て彼女に惹かれた、と言う。

 もっとも人事試験や面接などで、単にうなずいているだけでは逆効果だ。ロボットならいいかもしれないが、人間だと理解してうなずいているかそうでないかはすぐにバレる。ノンバーバル、身体的なコミュニケーションは、中身がともなっていなければむしろ逆効果ということだろう。

※1:渡辺富夫、大久保雅史、小川浩基、「発話音声に基づく身体的インタラクションロボットシステム」、日本機械学会論文集、第66巻、648号、2000

※2:Takayuki Osugi, Jun I. Kawahara, "Effects of Head Nodding and Shaking Motions on Perceptions of Likeability and Approachability." Perception, doi: 10.1177/0301006617733209. 2017

科学ジャーナリスト、編集者

いしだまさひこ:北海道出身。法政大学経済学部卒業、横浜市立大学大学院医学研究科修士課程修了、医科学修士。近代映画社から独立後、醍醐味エンタープライズ(出版企画制作)設立。紙媒体の商業誌編集長などを経験。日本医学ジャーナリスト協会会員。水中遺物探索学会主宰。サイエンス系の単著に『恐竜大接近』(監修:小畠郁生)『遺伝子・ゲノム最前線』(監修:和田昭允)『ロボット・テクノロジーよ、日本を救え』など、人文系単著に『季節の実用語』『沈船「お宝」伝説』『おんな城主 井伊直虎』など、出版プロデュースに『料理の鉄人』『お化け屋敷で科学する!』『新型タバコの本当のリスク』(著者:田淵貴大)などがある。

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