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思いやりある子に育てたいなら「動物キャラの童話」はやめなさい

石田雅彦科学ジャーナリスト、編集者
(写真:アフロ)

 子どもは童話が好きだ。古今東西、多種多様な童話がある。だが、単なるメルヘンな内容は少なく、現実社会での生き方や人間関係のありようを示唆する教訓めいたものが多い。

擬人化された動物が主人公の童話

 また、登場するキャラクターは、実際の人間と擬人化された動物に分かれる。日本の童話では『わらしべ長者』や『花咲かじいさん』などは実際の人間が、『サルカニ合戦』や『カチカチ山』などには擬人化された動物キャラが出てくるし、海外の童話でも『シンデレラ』や『マッチ売りの少女』などは人間、『ブレーメンの音楽隊』や『醜いアヒルの子』などは擬人化された動物キャラがそれぞれ出てくる。

 もちろん『鶴の恩返し』や『金の斧と銀の斧』のようなどちらともつかない童話もあるが、『わらしべ長者』にせよ『サルカニ合戦』にせよ、また『シンデレラ』にせよ『ブレーメンの音楽隊』にせよ、どこか教訓めいて子どもに何かしらの社会的なルールや人間関係の基本のようなものを伝えようとする内容になっている。親や保護者、幼児教育者が子どもに読み聞かせたいということで、努力や勤勉、誠実、協調、因果応報といったテーマの童話を選ぶのだろう。

 子どもに実世界に対する知識や社会的な行動を教える目的の童話の場合、少し注意してその内容を選んだほうがいい、という論文(※1)がちょっと前に出た。カナダのトロント大学オンタリオ教育研究所の研究者による実験で、4歳から6歳までの子どもを対象にして人間が主人公の童話と擬人化された動物が主人公の童話を読ませ、彼らの「利他的行動」を調べた、と言う。

 絵本の童話に限らず、テレビアニメやゲームのキャラには擬人化された動物キャラが少なくない。嘘をつくキツネやウサギに勝つカメのような動物キャラによって、子どもがどんな影響を受けるのかを調べた研究はこれまでほとんどなかった。この論文の研究者は、子どもが倫理観や社会的な行動を学ぶためには、人間が主人公の童話と動物キャラが主人公の童話のどちらのほうがより効果的なのかに興味を抱いたそうだ。

童話を読んだ後の利他的行動

 研究者は、4歳から6歳のカナダ人の子ども96人を32人ずつ、3つのグループに分けた(男児:5.34)。人間が主人公の童話を読むグループ、動物キャラ(アライグマ)が主人公の童話を読むグループ、そしてコントロール(比較)群として植物が育つというどちらでもない内容の童話を読むグループだ。

 人間と動物キャラの童話はどちらも、他者と分かち合うことの大切さを訴える内容になっている。童話を読む前に好きな10枚のステッカーを子どもたちに選んでもらい、童話を読む前後で子どもたち相互のステッカーのやり取りを比較して調べ、彼らの利他的行動(他者への思いやり、物の共有)を調べた。

 すると、人間が主人公の童話を読んだ子どもが利他的行動をより多くとるようになったのに比べ、動物キャラが主人公の童話とコントロールの植物の童話を読んだ子どものほうは、逆に利己的な行動を示すように変化した。また、動物キャラの童話を読んだ子どもの中で、そのキャラを実際の人間とみなした子のほうがそうでない子よりも利他的行動を示した。

 さらに、動物キャラの童話を読んだ子どもは、擬人化された動物キャラを実際の人間と結びつけることは少なく、むしろ逆にその動物キャラのもとになったリアルな動物(この場合、アライグマ)そのものと認識する傾向が強かった、という。つまり、いくら動物キャラが他者と分かち合うことの大切さを示しても、子どもはそれが人間ではない動物同士の話と理解していた、と言えるだろう。

童話は子に合わせて選ぶ

 これまでの研究では、確かに童話は倫理観や社会的行動について理解する子どもの「足場」になることがわかっている。だが、今回紹介した研究が正しければ、動物キャラが主人公の場合、その目的に対して効果があるかどうか疑問になった、と言えるだろう。

 もちろん研究者は、擬人化された動物キャラが全く役に立たない、と主張しているわけではない。子どもの興味をひくためには効果的だろう。

 だが、想像力が発達し、現実と非現実の区別がつくようになる6歳から上の子どもに対して同じような結果が出るかどうかわからない、としつつ、倫理観や社会的な行動を教えるために擬人化された動物キャラが主人公の童話を選ぶ際には注意すべきではないか、とも言っている。

 この研究結果を、そのまま受け入れる必要はないだろう。だが、子どもの認知力の発達の具合や年齢に応じ、反応を少し注意深く観察し、その童話の登場キャラや内容が適切かどうか、吟味すべきなのかもしれない。

※1:Nicole E. Larsen, Kang Lee, Patricia A. Ganea, "Do storybooks with anthropomorphized animal characters promote prosocial behaviors in young children?" Developmental Science, 2017; e12590 DOI: 10.1111/desc.12590

科学ジャーナリスト、編集者

いしだまさひこ:北海道出身。法政大学経済学部卒業、横浜市立大学大学院医学研究科修士課程修了、医科学修士。近代映画社から独立後、醍醐味エンタープライズ(出版企画制作)設立。紙媒体の商業誌編集長などを経験。日本医学ジャーナリスト協会会員。水中遺物探索学会主宰。サイエンス系の単著に『恐竜大接近』(監修:小畠郁生)『遺伝子・ゲノム最前線』(監修:和田昭允)『ロボット・テクノロジーよ、日本を救え』など、人文系単著に『季節の実用語』『沈船「お宝」伝説』『おんな城主 井伊直虎』など、出版プロデュースに『料理の鉄人』『お化け屋敷で科学する!』『新型タバコの本当のリスク』(著者:田淵貴大)などがある。

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