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ミュージシャンが「モテる理由」が解明された

石田雅彦科学ジャーナリスト、編集者
(写真:アフロ)

 ビジュアル系ではなくても、やはりミュージシャンは異性にモテる。これは紛れもない事実だと思うが、我々ヒトにも「性選択」や「性淘汰」はある。生物進化で困ったときにはダーウィンに還れ、と言うのは筆者だけの独り言だが、ダーウィンは、ヒトも音楽によって異性を惹きつけている、と言った。

音楽は男性から女性へのアピールか

 昆虫や鳥類、両生類に限らず、哺乳類にも「歌」を唱うという性行動をする仲間がいる。歌で異性を惹きつけたり、感情を高ぶらせたりすることができるからだ。ダーウィンは、ヒトの場合は女性のほうから歌を唱って男性にアピールしたのかもしれない、と考えていたが、果たしてこの考え方はどうだろうか。

 ネアンデルタール人は約4万年前に骨から一種のフルートを作り(※1)、骨に空けられた穴からはペンタトニックスケールに近い音階が奏でられたように、音楽はヒトやネアンデルタール人にとって身近なものだった。ヒトの性選択の研究をしている米国の進化心理学者ジェフリー・ミラー(Geoffrey F. Miller)は、むしろ男性がその性的魅力を女性に誇示するために音楽があった、と考えている(※2)。

 性選択の場合、異性を惹きつける方法にはいくつかの種類がある。例えば、複雑で作るのに労力を要する巣を用意できる個体が異性から選ばれるように、より大きなコストを払う方法だ。音楽を修得するために必要な労力も、このコストに入るだろう。

 また、ヒトは長時間、太鼓を叩いたり歌い続けたり、かなり体力を要する音楽をする。これは狩猟採集社会で必要な有酸素運動と関係があり、長い時間、音楽を続けられる個体が異性に魅力的に映る、ということもあるのかもしれない。

 ところで、ヒトの音楽は複数が集まった集団で行われることがあるが、これは個体として異性にアピールする性選択と矛盾する。仲間と一緒に音楽をすると不利なのではないか、というわけだが、ミラーに言わせれば一種の「フリーライダー」で、ある個体にとっては省エネなのだそうだ。また、集団音楽には利他的行動のような要素が含まれるのではないか、とも言っている。

 音楽を習熟するためにコストを支払い、運動能力が卓越した有能な狩人であることを証明し、仲間と一緒になって音楽をやる。こうした要素を眺めると、やはりヒトの場合の音楽は男性が女性に対してアピールする、という性選択の手段のように思える。

 ミラーは無作為に抽出した数千曲の音楽を分析した結果、男性が女性の約10倍も音楽を作り出し、それらを作った男性は性的成熟期である30歳を中心にした年代だったことを突き止めた。そして、音楽がヒトの男性にとって自分が健康で体力もあることを主張し、その奏でる音によって女性の感情をかき立てる手段だった、と結論づけている。

音楽を聴いた女性は男性に好意を抱く

 音楽療法という治療法もあるが、音楽には手術後の痛みや不安を和らげる効果があることが知られている(※3)。また、音楽を聴くと男性では性ホルモンであるテストステロンが減少するが女性では高まり、音楽を聴くとストレスに感応するなどする副腎皮質ホルモンの一種、コルチゾール値が減少する、といった研究もある(※4)。

 女性の性選択と音楽について、排卵周期で受精可能な期間の女性は一夜限りの相手の男性を選ぶ際、単純なメロディの音楽より複雑なメロディの音楽のほうをより好む、ということがわかっている。果たして音楽は女性に対し、何か性的に影響を及ぼすのだろうか。

 興味深いこのテーマに関し、科学雑誌『PLOS ONE』にある論文(※5)が出た。オーストリア、インスブルック大学の研究者は、音楽が男性と女性の視覚的な異性の好みに影響しているかどうか、64人の女性と32人の男性を対象に調べた、と言う。彼らは、音楽を聴かせない群と刺激的で心地よい音楽(※6)を25秒聴かせる群に分けられ、その後にそれぞれ2秒間、平均的な異性の顔の写真を見せられ、その印象を評価した。

 すると、男性では音楽を聴かなかった群と聴いた群で違いはなかったが、女性では音楽を聴いた群のほうに、異性の写真に対して好印象をより抱き、その相手とデートしてもいい、という反応があった、と言う。つまり、音楽を聴いた後の女性は聴かない女性より、同じ男性の顔写真に好意を抱きやすい、ということになる。

 これは異なった刺激が二度、連続して起きることで後の刺激がより増幅される、という心理学の理論とよく似ている、と研究者は言う。なぜ男性では起きず、女性にこうした違いが出てくるのかはわからないが、ヒトの性選択では女性が男性を選ぶことを示しているのかもしれない。ただ、月経周期による妊娠可能性の有無で好みの差は出なかったようだ。

 ファンである女性にとって男性ミュージシャンは魅力的な存在なのは当然だが、その音楽を聴くことでより一層、強く惹かれているのかもしれない。こうした行動はおそらくプリミティブなものだ。ダーウィンが主張した性選択の一つの方法として、ヒトの男女の間で発達してきたのだろう。

 さて、筆者のように音楽的素質のない男性諸氏よ。諦めるのはまだ早い。この研究によれば、いわゆる「ジェットコースター理論」と同じで、意中の女性に刺激的な音楽を聴かせるとより強く自分をアピールできる、ということでもあるのだ。

※1:C. Tuniz, F. Bernardini, I. Turk, L. Dimkaroski, L. Mancini, D. Dreossidid, "Neanderthals play music? X-RAY Computed Micro-Tomography of the Divje Babe ‘FLUTE’." archaeometry, Vol.54, Issue.3, 2012

※1:Cajus G. Diedrich, "‘Neanderthal bone flutes’: simply products of Ice Age spotted hyena scavenging activities on cave bear cubs in European cave bear dens." Royal Society Open Science, 2015

※2:Geoffrey F. Miller, "Evolution of human music through sexual selection." N L. Wallin, B. Merker, S. Brown (Eds.), The origins of music, MIT Press, 2000

※3:Ruth McCaffrey, Edward Freeman, "Effect of music on chronic osteoarthritis pain in older people." JAN, Vol.44, Issue.5, 2003

※3:Sandra L. Siedlieck, Marion Goodi, :Effect of music on power, pain, depression and disability." JAN, Vol.54, Issue.5, 2006

※4:H Fukui, M Yamashita, "The effects of music and visual stress on testosterone and cortisol in men and women." Neuro Endocrinology Letters, 24, 3-4, 173-180, 2003

※5:Manuela M. Marin, Raphaela Schober, Bruno Gingras, Helmut Leder, "Misattribution of musical arousal increases sexual attraction towards opposite-sex faces in females." PLOS ONE, 12(9), 2017

※6:19世紀に作曲されたピアノソロ80曲の中から以前、同じ研究者が調査研究に使ったものを選んで聴かせた。被験者のほとんどがこれまで聴いたことのない曲と言う。

※:2017/09/18:9:29:コメント欄で指摘されたので、ネアンデルタールの「フルート」の部分に註釈を加えた。これについては異論反論いろいろあり、註釈二番目が否定しているが、この論文をよく読むとX線で調べた註釈一番目の論文を曲解し、否定的な論文として参考にしているようだ。

科学ジャーナリスト、編集者

いしだまさひこ:北海道出身。法政大学経済学部卒業、横浜市立大学大学院医学研究科修士課程修了、医科学修士。近代映画社から独立後、醍醐味エンタープライズ(出版企画制作)設立。紙媒体の商業誌編集長などを経験。日本医学ジャーナリスト協会会員。水中遺物探索学会主宰。サイエンス系の単著に『恐竜大接近』(監修:小畠郁生)『遺伝子・ゲノム最前線』(監修:和田昭允)『ロボット・テクノロジーよ、日本を救え』など、人文系単著に『季節の実用語』『沈船「お宝」伝説』『おんな城主 井伊直虎』など、出版プロデュースに『料理の鉄人』『お化け屋敷で科学する!』『新型タバコの本当のリスク』(著者:田淵貴大)などがある。

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