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厚労相交代、どうなる「受動喫煙」対策強化

石田雅彦科学ジャーナリスト、編集者
イラスト素材:いらすとや

 今回の内閣改造で、厚生労働大臣が塩崎恭久前大臣から加藤勝信大臣へ代わった。塩崎恭久前厚労相は、自民党内やマスメディアなどから「原理主義的」などと揶揄されつつも、昨年10月の厚労省案「叩き台(原則として屋内完全禁煙)」から今年に入って省内で受動喫煙防止対策強化(健康増進法改正案、30平米以下のバーやスナックは例外)を作り上げ、なんとか国際的なレベルの対策強化を推進しようとしてきた大臣だった。一部では「厚労相を交代させるな」という内容の安倍晋三総理への請願運動もあったらしい。

旧大蔵省出身大臣に期待できるか?

 加藤大臣は旧大蔵省出身だ。政府(財務大臣)が保有するJT(日本たばこ産業)の株式(33.35%、2017年6月30日現在)は高配当となっており貴重な財源でもあり、各省庁への予算配分を考えれば無視できない影響力を持つ。自民党の中で厚生労働省案の受動喫煙防止対策強化に対する抵抗は根強いが、その中心は野田毅議員らの自民党たばこ議連であり、野田議員も旧大蔵省出身ということで周辺の「族議員」の力は大きい。また、加藤大臣には、JTからの献金問題もささやかれている。

 自民党からは「飲食全業種150平米以下は例外」とし、これを恒久法案とするよう提案している。一方、厚労省側の「譲歩」は、面積は30平米以下のバーやスナックなどのまま、条例の周知徹底期間を設け、30平米規制は時限的な法案とする、というものだ。両者の対立は大きく2つある。

・面積(150平米 vs 30平米)と業種(飲食全業種 vs バーやスナックなどの業種)

・恒久法 vs 規制強化まで期間的猶予を設ける時限法

「お話にならない」自民党案

 一方、世界的な標準からみれば「自民党案もダメ」だし「厚労省案も最低水準」という意見もある。これについて、日本禁煙学会の理事長である作田学氏は「IOC(国際オリンピック委員会)とWHO(国際保健機関)が合意した方針では、屋内の全てが禁煙となっている。(自民党案では)規制をかけていることにならず、お話にならない」と指摘する。

 そもそも、ここにきて受動喫煙防止対策強化が議論され始めたのは、2020年の東京五輪があるからだ。五輪については1988年以降、IOCの方針として禁煙を原則とする「たばこのない」大会運営が貫かれてきた。この方針により、バルセロナ、アトランタ、シドニー、アテネ、北京、ロンドン、リオデジャネイロ、ソチなど、五輪開催都市の全てで罰則付きの「受動喫煙防止法」または「条例」が存在する。

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 日本禁煙学会の作田理事長は厚労省案も「手ぬるい」と厳しい。「30平米以下という狭い店舗では、濃厚な受動喫煙を浴び続けることになる。(そうした店舗に)20歳未満の人が(バイトなどで)入ることも問題だ」と言う。作田理事長によれば、バーやスナックなどの個人経営の店では、経営者は65歳で心臓病や脳梗塞などを患うことが多いそうだ。これは彼らが非喫煙者でも同じで、小規模店舗の経営者にも受動喫煙の健康問題は広く知られるようになってきた。

原則は「屋内禁煙」

 では、店舗内を分煙にすればどうか。上記の法案では「原則禁煙」という文言があるが、これは店舗内に喫煙室を設けて非喫煙者と分離すればいい、という意味だ。日本も加盟するFCTC(タバコ規制枠組条約)の規定に受動喫煙での安全レベルは存在しない。

 日本禁煙学会の作田理事長によれば、分煙の効果はWHOも米国政府も否定している、と言う。「換気、空気清浄装置、喫煙区域の限定(いわゆる分煙)などの工学的な対策は受動喫煙防止にはならない、とFCTCの中にはっきりある。飲食する時間など、せいぜい3時間もあればすむ。これくらいの時間、タバコを我慢できなくてどうするのか。路上喫煙のマナー徹底や喫煙場所の整備をして屋外で吸うようにすればいい」。

 筆者は先日、平昌五輪を前にした韓国でのタバコ対策を取材してきたが、こうした議論について参考になる事例が国内にもある。2010(平成22)年4月1日から受動喫煙防止条例が施行されている神奈川県だ。同県の条例では、公共的空間を有する施設を「第1種施設(完全禁煙)」と「第2種施設(禁煙または分煙)」に区分している(第2種のうち、キャバレー、ナイトクラブ、床面積700平米以下のホテルなど、低照度飲食店、区画席飲食店、マージャン・パチンコの遊技店舗は特例2種として努力義務のみ)。

 第1種施設は公共施設や不特定多数の集まる映画館など、第2種施設は飲食店、ゲームセンター、カラオケボックス、ホテルや旅館(床面積700平米以上)となる。また、喫煙禁止区域での喫煙が2万円以下、義務違反が5万円以下、それぞれ罰則(罰金)となる。

受動喫煙の知識は周知

 神奈川県では、条例の施行状況の検討が3年ごとになされることとなっている。最新の県民・施設の意識調査は2015年(9月1日〜9月15日、県民5000サンプル、前回は2013年に調査)に実施された。「タバコを吸わない」との回答者は75.8%で過去の調査と比べて最も多かった。一方、「タバコをやめたい」との回答は7.7ポイント減少している。

 問題となっている「受動喫煙」という言葉についてだが、「言葉も意味も知っている」との回答は79.7%であり、「言葉を知っている」との回答と合わせると87%だった。これも前回の調査より増えている。また受動喫煙の健康に対する影響では「健康への影響がある」が89.5%、「健康への影響はない」は1.1%だった。

 また、受動喫煙の健康への影響については、肺がんや心臓病などの生活習慣病の危険性を高めるが88.6%、子どもの肺炎、気管支喘息や中耳炎の危険性を高めるが79.2%、妊婦の早産や低体重児出生の危険性を高めるが72.8%、乳幼児突然死症候群の危険性を高めるが50.6%となっている。

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「規制緩和すべし」は少数派

 一方、受動喫煙対策を「緩和」することについてはどうだろう。二千数百のサンプルの中で「緩和すべき」と回答したのはごくわずかだった。その中では、学校や病院など第1種施設でも分煙できるようにすべきが最も多く(2.5%)、ついで第2種施設も特例2種のように努力義務にする(2.2%)、特例2種は規制から外すべき(1.7%)という回答になっており、いずれの回答も前回よりは減っている。

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 また、自民党案でも問題になっている飲食店の取り組みだが、神奈川県では調理場を除いた面積100平米以上の飲食店の66.4%が受動喫煙対策に取り組んでいる、と回答し、これは100平米以下の飲食店でも53.2%と半数以上だ。ところが、施設内の禁煙・分煙でいえば、喫煙所を設けるように実施していたり、今後そうする予定がある施設は前回の調査よりも増え、逆に施設内の完全禁煙実施の施設は減っている。

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 つまり、神奈川県の飲食店を含めた施設では「完全禁煙から分煙へ」という流れが見え隠れする、というわけだ。その一方、受動喫煙防止対策に取り組む上の課題について聞いてみたところ、売上げの減少に対する不安は前回の22.6%から17%へ5ポイント以上減り、特に課題はない、という回答は前回に比べて3ポイント以上増えている。

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屋内完全禁煙から分煙は?

 どうだろうか。神奈川県では、受動喫煙に関する知識が増え、受動喫煙対策を緩和すべし、という意見はほとんどない(3%弱)。飲食店を含めた施設の多くでは、すでに受動喫煙対策に取り組んでいるが、施設内完全禁煙よりも喫煙区域を設けた分煙を考えるようになっているようだ。

 厚労省案と自民党案で揉み合いが予想される次の国会だが、新しい厚労相はどんな姿勢で臨むのだろうか。自民党案の150平米は妥協を視野に入れて最初に大きく出た数字なのかもしれない。厚労省案の30平米との間で調整されるかどうか予断を許さない。

 いずれにせよ、喫煙する人も受動喫煙を受ける人も、タバコによる害からは逃れられない。国民の生命や健康に対し、政治がどう決めるのか、その責任は大きい。

科学ジャーナリスト、編集者

いしだまさひこ:北海道出身。法政大学経済学部卒業、横浜市立大学大学院医学研究科修士課程修了、医科学修士。近代映画社から独立後、醍醐味エンタープライズ(出版企画制作)設立。紙媒体の商業誌編集長などを経験。日本医学ジャーナリスト協会会員。水中遺物探索学会主宰。サイエンス系の単著に『恐竜大接近』(監修:小畠郁生)『遺伝子・ゲノム最前線』(監修:和田昭允)『ロボット・テクノロジーよ、日本を救え』など、人文系単著に『季節の実用語』『沈船「お宝」伝説』『おんな城主 井伊直虎』など、出版プロデュースに『料理の鉄人』『お化け屋敷で科学する!』『新型タバコの本当のリスク』(著者:田淵貴大)などがある。

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