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ネコは海を渡ってブチトラになった

石田雅彦科学ジャーナリスト、編集者

現在のネコ科の祖先は、約900万年前にユーラシア大陸に出現し、その後、約700万年前にほかの肉食獣と同じように草食獣を追ってベーリング地(海)峡を渡り、アメリカ大陸へ向かったようだ。彼らの一部はベーリング海峡が再び陸続きになると、ユーラシア大陸へ戻り、現在のネコ科の源流を形成することになる。

ネコ科の中でも我々がペットにしている「イエネコ」の祖先である小型のネコは、979種類のイエネコの祖先型であるヤマネコの遺伝子変異を研究することより大きく5つの源流に分けられることがわかった。ヨーロッパ系、ギリシャを含んだ西アジア系、中央アジア系、南アフリカ系、そして中国の砂漠系だ。その中でも現在のイエネコは、主に西アジア系が起源のようだ(※1)。

穀物を狙うネズミ目当てだったネコ

この地域はいわゆる「肥沃な三日月地帯」を含んでいる。人類の祖先は、この地でコムギなどの穀物を栽培し、貯蔵して農業を始めたのだが、それを狙ったネズミが現れると、ネズミを捕食するためにネコの祖先(ヤマネコ)も人類の集落の近くに住み着くようになった。

やがて、ネコの祖先は人類によって家畜にされ、ネズミ退治に役立てられるようになる。これがイエネコの祖先だ。

地中海のキプロス島には、人間の隣にネコが埋葬されていたことで約9500年前に人類とネコが少なくとも近くで暮らしていたという証拠がある。だが、これはヤマネコだったかもしれず、明確に家畜(ペット)にされた最初のネコと言えば、約4000年前のエジプトにまで下らなければならない。

この間の証拠は一種の「ミッシングリンク」だったが、中国の陝西省(せんせいしょう)で発見された約5300年前のネコやネズミの遺骸(化石化していない骨など)からは、炭素窒素安定同位体比を使ったタンパク質分析で当時のネコの食性がわかった。

それによれば、当時のネズミは人類が栽培していた黍(きび)類をかなり大量に食べ、そのネズミを補食していたであろうネコからも黍類のタンパク質が出た。さらに、年老いておそらくネズミを捕れなくなっていたであろう高齢のネコのタンパク質の分析から、黍(きび)を餌として与えていたこともわかったのだ(※2)。

つまり、中国では約5000年前にネコが家畜化されていたことになるのだが、人類が農業を始めた地域は西アジアばかりではない。もしもネコが人類の穀物を狙ったネズミを食べるようになり、次第に家畜化していったとすれば、農業が行われた他の地域でも同じようにネコが人類と共存するようになったと考えられる。

このように、おそらく無理矢理に家畜化されたであろうイヌとは違い、ネコは彼らのほうから人類の近くで暮らすことを選んだ。もちろん、その理由はネズミが捕らえやすいという利己的な動機からだが、そこにはネコの選択の自由がある。

ネコ好きの筆者からみると、イヌにはある種の奴隷根性と同時に隙あらばという抜け目のなさが同居しているように思える(イヌ派の方々すみません)が、ネコはあくまで仕方ないから一緒にいてやろう、という態度が見え隠れする。そのあたりもネコの魅力だろう。

イエネコの一族は家畜化されたこともあり、世界中に分布した。これは人類やイヌ、鯨類、アリの仲間などと同様、かなり広範な適応放散に成功した種族と言える。

ブチトラは最近になって出現した

ところで最近、ネコの柄に関して興味深い論文が発表された(※3)。この論文は、中石器時代の東欧ルーマニアから20世紀の西アフリカのアンゴラに至るまでの200匹以上のヤマネコを含むネコのミトコンドリアDNAを解析しているが、それによると、イエネコの祖先には前述したように大きく5つのサブグループ(IV-A〜IV-E)があり、その中でもIV-AとIV-Cという2つの遺伝子グループが現在のイエネコ(ヨーロッパのイエネコ)の主流になっているらしい。

IV-Aのグループは、現在のヨーロッパヤマネコと多くの種類のイエネコに影響を与え、エジプトで繁栄したIV-Cのグループはエジプトで発見されるネコのミイラに多くみられる。IV-Cネコはエジプト人に大人気で、貿易交流が盛んになるとネズミ退治のために船に乗せられ、地中海沿岸やヨーロッパ各地へ広がっていった。

さらに、古代ローマ帝国がヨーロッパを征服し始めると、IV-Cグループのイエネコも戦乱と一緒に生息域を広げていく。同時に、ネコの毛皮を衣服などに使う文化も現れ、ネズミ退治だけではなく、愛玩用や観賞用、服飾用など多様な用途に使われるようになっていった。

この研究では、縞々柄の「トラネコ(tabby cat)」のルーツをDNA解析して調べてもいるが、トラのような縞模様(tabby pattern)を持つネコを日本では「キジトラ」とか「シロキジ」、「サバネコ」などに呼び分けている。こうしたトラ柄のネコが好きな愛猫家も多く、額にできる「M」の字柄も特徴的だ。

従来から、トラネコの祖先はアフリカのヤマネコではないか、と言われてきたが、トラ柄でも特に輪郭がはっきりしない点々のようなブチトラ柄(Spotted tabby)は、劣性対立遺伝子変異(recessive allele gene mutation、Taqpep遺伝子の一塩基多型)のせいで出るらしい(※4)。どうしてわかったかと言えば、イエネコの不連続のトラ柄縞模様とチーターでまれに出る柄の変異がTaqpepという共通の遺伝子が原因だったからだ。

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こういう突然変異があるなら、ぼんやりした点々のブチトラ柄はてっきり観賞用のために人為的に作られたのではないかと思うが、イエネコのミトコンドリアDNAを調べたほうの研究者らは、この変異は最初に中世のオスマントルコで現れ、その後、ヨーロッパ、西アジア、アフリカで影響を強めつつ広がっていったと言う。この遺伝子分析の結果は、当時の壁画などに描かれたトラネコの柄とも一致するらしい。

なぜならこの頃のトラ柄は点々ではなく連続した縞模様であり、不連続のブチトラ柄がヨーロッパに現れるのは18世紀から19世紀にかけてだからだ。このことにより、最初のイエネコは観賞用ではなく、ネズミを捕らえるという行動によって家畜化されるようになったことがわかる、と研究者らは言っている。

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いずれにせよ、筆者にしてみれば、ネコの柄はいろいろで楽しい。ネコ好きなので、以前にはネコに関するエントリーも上げたことがある。

かつて飼っていたネコはアビシニアンという種類で、その被毛は根元から毛先にかけて、1本1本が何段階にもバンド状に色分けされていた。この毛も一種の「tabby」柄だ。日に当たると角度によって微妙に光沢が変化する毛皮をまとった彼女はとても美しかった。あと、彼女の祖先の名誉のために付け加えておけば、彼女はゴキブリ退治の名人でもあったのである。

※:写真:全て筆者

※1:Carlos A. Driscoll, et al., "The Near Eastern Origin of Cat Domestication." Science, Vol.317, 5837, July, 2007

※2:Yaowu Hu, et al., ”Earliest evidence for commensal processes of cat domestication.” PNAS, Vol.111, No.1, 2013

※3:Claudio Ottoni, Eva-Maria Geigl, et al., "The palaeogenetics of cat dispersal in the ancient world." nature ecology & evolution, 0139, 2017

※4:C B. Kaelin, et al., "Specifying and Sustaining Pigmentation Patterns in Domestic and Wild Cats." Science, Vol.337 no.6101 pp.1536-1541, 21 September 2012

科学ジャーナリスト、編集者

いしだまさひこ:北海道出身。法政大学経済学部卒業、横浜市立大学大学院医学研究科修士課程修了、医科学修士。近代映画社から独立後、醍醐味エンタープライズ(出版企画制作)設立。紙媒体の商業誌編集長などを経験。日本医学ジャーナリスト協会会員。水中遺物探索学会主宰。サイエンス系の単著に『恐竜大接近』(監修:小畠郁生)『遺伝子・ゲノム最前線』(監修:和田昭允)『ロボット・テクノロジーよ、日本を救え』など、人文系単著に『季節の実用語』『沈船「お宝」伝説』『おんな城主 井伊直虎』など、出版プロデュースに『料理の鉄人』『お化け屋敷で科学する!』『新型タバコの本当のリスク』(著者:田淵貴大)などがある。

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