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COP27で注目の「再生型農業」 日本では?

猪瀬聖ジャーナリスト/翻訳家
リンゴ畑の中で講義をする木村秋則さん(筆者撮影)

気候変動問題を解決する切り札の1つとして世界的に注目が高まっている「再生型農業」。現在エジプトで開催中のCOP27(第27回国連気候変動枠組み条約締約国会議)でも、各国の名だたる企業経営者たちがその推進を強く訴えた。一般的な認知度は低いが、実は日本でも徐々に広がり始めている。現場を訪ねた。

「奇跡のリンゴ」の栽培技術を伝授

「みなさん、これからご自身でリンゴを栽培する時は、木の根元の草は短く刈って下さいね。草を刈るとネズミが姿を隠すことができなくなるので、ネズミの害が減ります。それから、剪定をしっかりやってください。農薬を使わないので剪定はすごく大事です。剪定で枝を間引くと、害虫の被害を減らすことができます」

紅葉が映える北海道仁木町のリンゴ畑の真ん中で、約20人の生徒を前にこう講義するのは、「奇跡のリンゴ」で有名な青森県弘前市のリンゴ農家、木村秋則さんだ。木村さんは12年前から、自身の名を冠した「Hokkaido木村秋則自然栽培農学校」で、全国から集まってくる就農希望者や、家庭菜園で安全なものを作りたいという人たちに、「自然栽培」の技術を伝授している。この日は今年度の最終授業。翌日には札幌市内で卒業式が行われ、出席した生徒全員に木村校長から卒業証書が手渡された。

木村さんが長年実践してきた自然栽培は、殺虫剤や殺菌剤、除草剤といった農薬や、化石燃料を原料とする化学肥料はもちろん、有機栽培で使用が認められている有機肥料も使わない。代わりに、土の中に生息する無数の微生物の力を借りて畑の下草を肥料に変え、土壌を豊かにして作物の成長を促す。同時に、農薬を散布しないことや下草を生やすことで集まってくる益虫や益鳥、また、土壌を豊かにすることで高まる作物の自己免疫力を利用して、害虫の被害や病気を減らす農法だ。

農薬や肥料を使わないので、環境汚染や生物多様性の喪失、残留農薬の心配もしなくて済む。こうした発想や栽培手法は、再生型農業(環境再生型農業とも言う)とほぼ一緒だ。

木村さんの自然栽培は、「自然農法」の提唱者である福岡正信氏(2008年没)からヒントを得ている。米国で再生型農業の成功者として知られるゲイブ・ブラウン氏も、書著『土を育てる』(服部雄一郎訳、NHK出版)の中で、「福岡正信氏から多大なインスピレーションを受けた」と述べている。こうしたことからも、自然栽培と再生型農業は、互いに極めて近い関係にあると言える。

北海道余市町で自然栽培によるワイン用ブドウの栽培にも取り組み始めた。数年後には「奇跡のワイン」ができるかもしれない(筆者撮影)
北海道余市町で自然栽培によるワイン用ブドウの栽培にも取り組み始めた。数年後には「奇跡のワイン」ができるかもしれない(筆者撮影)

COP27の場で推進を提言

再生型農業は、エジプトの都市シャルムエルシェイクで18日まで開かれているCOP27でも、地球温暖化問題に対する有効な解決策の1つになり得るとして関心を集めている農法だ。

世界を代表する企業の経営者らで作る「Alliance of CEO Climate Leaders」はCOP27の開催に合わせて書簡を公開し、再生型農業の推進を呼び掛けた。書簡は「気候変動はとりわけ開発途上国の経済や住民の健康、福祉を脅かしている」と指摘し、「途上国において、再生型農業や他の形の持続可能な農業、食料生産の手段を用いて農作物の生産量を増やすと同時に、飲み水や健全な食料供給システム、強固なサプライチェーンの構築に投資することは、気候変動に対する適応性や抵抗力を高めるために非常に重要だ」と強調している。

書簡に署名した約100人の企業経営者らの中にはソニーグループの吉田憲一郎会長兼社長やサントリーホールディングスの新浪剛史社長もいる。

これとは別に、環境問題に関心の深い英国のチャールズ国王が皇太子時代に立ち上げたプロジェクト「The Sustainable Markets Initiative(SMI)」のタスクフォースチームも、COP27にあわせて「再生型農業の拡大に向けて」と題した行動計画を公表した。行動計画は再生型農業について、「土壌の健康と生物多様性を推進することで炭素の排出量を削減する効果がある」とし、「地球の気温上昇を産業革命以前に比べて1.5度に抑えるには、再生型農業を今の3倍のスピードで広げなければならない」と再生型農業の推進を訴えている。

同タスクフォースチームには米ペプシコのラモン・ラグアルタ会長兼最高経営責任者(CEO)や独バイエルのヴェルナー・バウマン社長らが参加している。農薬メーカーでもあるバイエルが参加しているのは興味深い。

高い農業分野の排出量

再生型農業が注目を集めているのは、温室効果ガス総排出量に占める農業分野の割合が約4分の1と非常に高いからだ。化学か有機かにかかわらず、田畑に窒素肥料をまくと、温室効果の高い一酸化二窒素が排出される。牛のげっぷに含まれるメタンも温室効果が非常に高い。

肥料を極力使わないことを目指す再生型農業は、一酸化二窒素の排出量削減に大きな効果があるとされる。農薬を使わないことも、土壌の肥沃化、ひいては肥料の使用量の削減につながる。また、再生型農業の理念を取り入れた畜産や酪農は、家畜を放牧し主に牧草で育てることから、やはり温室効果ガスの排出削減に効果があると考えられている。

持続可能な農業というと有機農業が一般にはよく知られている。しかし、有機農業は有機肥料や穀物飼料への依存度も高いことから、持続可能という点では再生型農業に分があるとの認識が欧米では広がりつつあり、関心もより高まっている。例えば、米バイデン政権は今年、被覆作物(カバークロップ)の植え付け面積を大幅に増やす政策を打ち出した。畑の土の部分を覆う被覆作物は、生物多様性の促進や土壌の肥沃化、土壌の浸食防止などに役立つため、再生型農業には欠かせない。

全国から集まる自然栽培の志望者

日本で再生型農業を実践する人たちは、どんな思いで取り組んでいるのか。木村秋則自然栽培農学校の設立者で副校長を務める弁護士の村松弘康さんは、「食の安全や食糧安全保障、地球環境の現状に強い危機感を抱いている。そうした現状を変えるには、木村さんの自然栽培の技術を後世に伝えることが一番だと思い、学校を開いた」と説明する。

カリキュラムは1年単位で、授業は春から秋にかけて毎月開かれ、リンゴだけでなく様々な野菜の栽培について学ぶ。生徒数は年によって違うが、今年度は32人。全国から集まり、昨年度は九州から飛行機で通学していた人もいたという。「卒業生の中から就農する人も増えており、手ごたえを感じている」と村松さんは話す。

生徒にも話を聞いた。旭川市在住の福田寿美礼さん(46)は介護の仕事をしながら4人の子どもを育てている。「木村さんの本を読んで、自分でも無農薬のリンゴを育ててみたいと思い入学した。無農薬栽培のハードルは高いと思っていたが、やってみたらそんなに難しくはなかった。将来は畑を持ち、無農薬で野菜やリンゴをつくってみたい」と語る。

東京都目黒区にある「自然栽培の仲間たち」は全国から仕入れた自然栽培の農産物を販売する(筆者撮影)
東京都目黒区にある「自然栽培の仲間たち」は全国から仕入れた自然栽培の農産物を販売する(筆者撮影)

福祉の仕事に長年携わってきた西岡祐輝さん(37)もやはり、木村さんの本を読んで感銘を受け、自然栽培による農業に関心を持った。実習を通じて「自然栽培に対する木村さんの熱い思いを直に感じることができたのがとてもよかった」と振り返る。農業と福祉、両方にかかわることができる仕事がしたいとの思いから、農業を通じた障がい者の社会参加を支援している株式会社リベラ(札幌市)に今月、就職した。リベラはこの農学校を受託運営している団体でもある。

再生型農業や自然栽培の方法で作られた農産物は、徐々にではあるが、流通もし始めている。東京都目黒区の東急電鉄・自由が丘駅近くにある自然栽培農産物専門店「自然栽培の仲間たち」では、木村さんのリンゴを含め、全国から仕入れた自然栽培のコメや野菜、加工食品が売られている。ここに店を開いたのは5年前。事業統括責任者の川代隆志さんは「自然栽培への認知度は少しずつ上がってきている」と話す。

ジャーナリスト/翻訳家

米コロンビア大学大学院(ジャーナリズムスクール)修士課程修了。日本経済新聞生活情報部記者、同ロサンゼルス支局長などを経て、独立。食の安全、環境問題、マイノリティー、米国の社会問題、働き方を中心に幅広く取材。著書に『アメリカ人はなぜ肥るのか』(日経プレミアシリーズ、韓国語版も出版)、『仕事ができる人はなぜワインにはまるのか』(幻冬舎新書)など。

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