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「豚の福祉」の向上、EUに次いで米国でも加速 日本だけ取り残される懸念も

猪瀬聖ジャーナリスト/翻訳家
広々とした環境で飼われている子豚(筆者撮影)

身動きのとれない狭い檻に閉じ込められたままの母豚から生まれた豚の肉の販売を禁止する州法が今年1月、米カリフォルニア州で施行された。同様の飼育法は、欧州連合(EU)はすでに禁止しており、米国も追随し始めた形だ。主要先進国の間でアニマルウェルフェア(動物福祉)への取り組みが急速に進む中、日本だけが取り残される懸念が出てきた。

米最大の消費州で禁止に

2018年秋の州民投票で成立したカリフォルニア州法は、養豚業者に対し、妊娠中の母豚が自由に動き回れるよう1頭あたり最低24平方フィート(約2.2平方メートル)のスペースを設けるよう義務付けている。正方形にすると約1.5メートル四方の大きさだ。このルールを満たして生産された豚肉であることを証明しないと、同州内で販売することができない。同州の人口は米最大で、米国の豚肉消費量の約13%を占める。

同様の州法は昨年8月、マサチューセッツ州でも施行された。2016年秋の州民投票で成立した同法は「自由に横になったり立ち上がったり、足を伸ばしたり方向転換したりできない」環境で飼育された豚の肉の販売を禁止。カリフォルニア州法と同様、妊娠中の母豚に対する扱いを念頭に置いたものだ。

日本のNPO法人アニマルライツセンターによると、養豚農家で飼われている母豚の多くは、管理しやすいという理由から、その一生の大半を方向転換すらできない狭い空間に1頭ずつ閉じ込められて過ごし、ひたすら子豚を産み続ける。「妊娠ストール」などと呼ばれるそうした狭い空間は、欧州議会の資料の表現を借りれば、まさに「監獄」であり、その中で孤独に過ごすことは、本来、仲間と活発に動き回る習性のある豚に耐えがたい苦痛を強いる。

販売まで禁止するのは今のところカリフォルニア州とマサチューセッツ州だけだが、米農務省によると、養豚業の盛んなミシガン州やオハイオ州を含む8州で、過去約20年の間に、ストールの使用を厳しく制限する州法が成立している。

マクドナルドは今年中に全量切り替え

企業の対応も大手を中心に迅速だ。豚肉生産最大手のスミスフィールド・フーズは「2021サステナビリティ・インパクト・リポート」の中で、同社が米国内外に所有する直営農場では、妊娠中の母豚はすでに全頭「群飼い」で飼育していると報告している。

ファストフード大手のマクドナルドは、同社の本社があるイリノイ州の専門誌「ファームウィークリー」のインタビューに答え、昨年末までに同社が使用する豚肉の90%以上を、ストールを使用しない生産者からの調達に切り替えたことを明らかにした。今年中に全量が切り替わる見通しという。同社は当初、2022年までに全量切り替えの予定だったが、予定通り進まず、著名投資家のカール・アイカーン氏から圧力を受けていた。

EUは2013年に、妊娠初期の4週間と出産後の1週間を除いてストールの使用を禁止する規制を施行した。カナダでは、養豚業界が2029年までに自主的にストールによる飼育を廃止すると報じられている。当初は2024年に廃止の予定だったが、移行が遅れているという。

環境・人権の二の舞に

日本では、日本ハムが2021年、「2030年までに国内の全農場で妊娠ストールを廃止する」と発表した。だがこれは例外的な動きで、ストールの使用を法律で禁止したり業界をあげて自主的に廃止しようとしたりする動きは今のところ見られない。日本養豚協会の平成30年度(2018年度)養豚農業実態調査報告書によると、生産者の91.6%が「繁殖用雌豚の飼養管理にストールを常用している」と答えている。

デロイトトーマツの公式サイトに掲載されている「『環境』『人権』に次ぐ『動物福祉(アニマルウェルフェア)』の潮流」と題したブログは、こうした日本の“出遅れ”に警鐘を鳴らしている。同ブログを要約すれば、次のようになる。

日本企業は2000年以降、欧米先進企業の主導で作られてきた人権や環境に関する国際ルールに振り回され、実際の事業にも大きな影響を受けてきた。それと同じことが今、アニマルウェルフェアで起きようとしている。国内の法規制の歩みは遅く、代わりに企業の自主努力に委ねられているが、その企業も多くは抽象的な方針の策定にとどまり、具体的な行動は見られない。このままでは、日本企業は環境・人権と同じ轍を踏みかねない。

(訂正)最初のバージョンではマサチューセッツ州法の施行時期が「今年1月」となっていましたが、正しくは「昨年8月」でした。お詫びして訂正します。

ジャーナリスト/翻訳家

米コロンビア大学大学院(ジャーナリズムスクール)修士課程修了。日本経済新聞生活情報部記者、同ロサンゼルス支局長などを経て、独立。食の安全、環境問題、マイノリティー、米国の社会問題、働き方を中心に幅広く取材。著書に『アメリカ人はなぜ肥るのか』(日経プレミアシリーズ、韓国語版も出版)、『仕事ができる人はなぜワインにはまるのか』(幻冬舎新書)など。

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