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東京五輪、選手の抗議パフォーマンス解禁 政治的メッセージ、発しやすく

猪瀬聖ジャーナリスト/翻訳家
(写真:つのだよしお/アフロ)

無観客開催が決まり、スポーツイベントとしては盛り上がりに欠けそうな東京オリンピックだが、LGBTQや黒人、女性など、社会的マイノリティー(少数派)の人権を世界に発信する場になるのではと注目が集まっている。マイノリティーの人権意識が世界的に高まっている上、国際オリンピック委員会(IOC)がこのほどルールを変更し、選手が競技場内で政治的な抗議パフォーマンスをすることを認めたためだ。

1968年の再現を期待

スポーツの祭典、平和の祭典などと言われるオリンピックだが、その歴史は、社会の多数派によるマイノリティーへの差別や抑圧と、それに対する戦いを象徴する歴史でもある。

例えば、IOCの第2代会長で、近代オリンピックの父と言われたピエール・ド・クーベルタン男爵は、「オリンピックにおける女性の役割は、勝者の頭に花冠をかけてあげることだけだ」などと述べ、女性が競技者としてオリンピックに参加することに反対を貫いた。

1968年のメキシコ・オリンピックでは、陸上男子200メートルで金メダルを獲得した米国代表の黒人のトミー・スミス選手が、銅メダルをとったチームメートの黒人選手と共に、表彰台の上で黒い手袋をはめた片手を高く突き上げ、米社会の黒人差別に強く抗議した。

そのスミス選手は、最近、米ワシントン・ポスト紙の取材に対し、依然としてなくならない米社会の人種差別に抗議するため、東京オリンピックの表彰台で同じような抗議パフォーマンスが起こることを期待していると述べた。

急速に変わる国際世論

実際、その可能性は高い。6月下旬に米国内で開かれた競技大会で、女子ハンマー投げ3位となり東京オリンピック出場を決めた黒人のグウェン・ベリー選手は、試合後、表彰台の上で国旗掲揚中に1人だけ違う方を向き、さらに「アクティビスト・アスリート」(活動家アスリート)とプリントしたTシャツを頭にかぶるパフォーマンスを見せた。

米国では2016年、アメリカンフットボールのコリン・キャパニック選手が人種差別に抗議して国歌斉唱中に片膝をつくパフォーマンスを始めたのをきっかけに、競技を問わず、人種差別に抗議の意思表示をするプロスポーツ選手が増えている。テニスの大坂なおみ選手が昨年の全米オープンで、警察による暴力の犠牲となった黒人の名前をプリントしたマスクを着用して試合にのぞんだパフォーマンスは、記憶に新しい。

キャパニック選手が事実上、スポーツ界から追放されたように、当初は抗議パフォーマンスをする選手に世論も厳しかった。だが昨年、世界的に広がった「BLM」(ブラック・ライブズ・マター=黒人の命も大切だ)抗議デモなどを機に、世論が急速に変化。今は、選手の抗議パフォーマンスを容認するだけでなく、むしろ、著名アスリートは人権問題の解決のため、その影響力を積極的に行使すべきだとの意見も多い。

IOCがルールを変更

国民世論の変化を受けて、米国オリンピック・パラリンピック委員会(USOPC)は今春、選手が表彰台の上でこぶしを突き上げたり、国歌斉唱中に膝をついたりする抗議パフォーマンスを認める方針に転じた。

IOCも今年4月、米国をはじめとする国際世論に押される形で、オリンピック憲章を改定し、選手の政治的な抗議パフォーマンスを一部、容認することを決めた。

オリンピック憲章はこれまで、競技会場や選手村で選手がデモや政治的、宗教的、人種的な宣伝をすることを一切認めていなかった。このルールを緩和し、例えば、選手が入場の際、こぶしを突き上げたりする抗議パフォーマンスは容認することにした。また、記者会見の場などで自由に意見を述べることも認めることにした。ただし、競技中や表彰イベントでの抗議パフォーマンスは禁止のままだ。

LGBTQの活躍にも関心

東京オリンピックでは、LGBTQなど性的マイノリティーの選手の「パフォーマンス」も話題になりそうだ。

LGBTQの人権に対する意識や理解が欧米を中心に世界的に高まる中、2012年のロンドン・オリンピックでは、23人の選手が大会期間中に性的マイノリティーであることをカミングアウト(公表)した。続く2016年のリオデジャネイロ・オリンピックでは、50人以上がカミングアウト。その中にはメダリストも複数、含まれていた。また、リオでは、レズビアンの選手が表彰式の場で、パートナーからプロポーズを受けるというサプライズで会場が盛り上がるなど、オリンピックが世界の世論を変える大きな役割を果たした。

今回も、ニュージーランドの重量挙げの選手が史上初のトランスジェンダーの選手として参加するなど、LGBTQの選手への関心が高まっている。ただ、日本は、先進国の中では唯一同性婚を認めていないなど、欧米から「人権後進国」とのレッテルを張られているだけに、LGBTQ選手が話題になればなるほど、日本の後進ぶりが改めて世界に発信される可能性もある。

米タイム誌は、「東京オリンピックには世界中から何十人ものLGBTQ選手が参加するだろう。しかし、日本代表でカミングアウトしている選手は1人もいない。日本のLGBTQの人たちは、東京オリンピックが国内世論を変えることを期待している」と報じている。

大坂選手のメッセージ

女子選手として、その「パフォーマンス」が注目される1人は、テニスの日本代表、大坂なおみ選手だ。大坂選手は、IOC制作の東京オリンピック用キャンペーン動画に出演し、こんなメッセージを発している。

「今これを観ている女の子たちに勇気を与えたい。みんなから変わりすぎている、おとなしすぎる、なんとかすぎると言われている人たちに。もし私たちが人々の思う基準から外れているなら、良いってこと!私たちがそれを変えることができるということだから」

メッセージは大坂選手自身のことを言っているようにも聞こえるが、「女性はこうあるべきだ」と女性を型にはめたがる男性社会に向けて発したメッセージと読み取ることもできる。大坂選手は、東京五輪・パラリンピック大会組織委員会の森喜朗会長(当時)が、「女性がたくさん入っている理事会は時間がかかる」と女性蔑視の発言をした時、「無知から来ている」と森氏を批判しているからだ。試合のパフォーマンスもさることながら、会見にも注目が集まりそうだ。

(カテゴリー:マイノリティー、米社会問題)

ジャーナリスト/翻訳家

米コロンビア大学大学院(ジャーナリズムスクール)修士課程修了。日本経済新聞生活情報部記者、同ロサンゼルス支局長などを経て、独立。食の安全、環境問題、マイノリティー、米国の社会問題、働き方を中心に幅広く取材。著書に『アメリカ人はなぜ肥るのか』(日経プレミアシリーズ、韓国語版も出版)、『仕事ができる人はなぜワインにはまるのか』(幻冬舎新書)など。

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