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共感呼んだ大坂選手のBLMマスク 政治的発言支持する米世論

猪瀬聖ジャーナリスト/翻訳家
(写真:USA TODAY Sports/ロイター/アフロ)

テニスの全米オープンで優勝した大坂なおみ選手。毎試合、人種差別の犠牲になった黒人の名前をプリントしたマスクを着用していることが話題になったが、そのマスク姿が多くの米国人の共感を呼んでいる。スポーツ選手が政治的メッセージを掲げることに対する批判も根強い中、なぜなのか。

SNSに多くの応援メッセージ

「あなたは素晴らしいアスリートだ」「あなたをとても誇りに思います」――。

全米オープンが開幕して以降、マスクを着用したテニスウエア姿の写真を更新している大坂選手のフェイスブックには、毎回、何万もの「いいね」と共に、大坂選手をたたえる多くの英語のコメントが寄せられている。

大坂選手が人種差別の犠牲になった黒人の名前を記したマスクをあえて着用し試合にのぞんでいるのは、米国内で相次ぐ人種差別事件に抗議の意思表示をするためだ。米国では、5月に起きた白人警官による黒人男性の暴行死事件をきっかけに、「ブラック・ライブズ・マター」(BLM、黒人の命も大切だ)を叫ぶ大規模な抗議デモが全米各地で発生したが、大坂選手も自ら抗議デモに参加するなど、強い関心を示してきた。

メディアもマスクの意味を報道

大坂選手のマスク着用を支持しているのは、昔からの彼女のファンやにわかファンだけではない。準々決勝の試合後には、会場内にビデオメッセージが流れ、大坂選手が3回戦と4回戦に着用したマスクに名前がプリントされた2人の犠牲者の親が登場。大坂選手に感謝の言葉を述べた。これは、大会の主催者も大坂選手の行動を支持しているということに他ならない。

メディアも、大坂選手が勝ち進むにつれ、試合の内容だけでなく、大坂選手のマスク姿に焦点をあてた報道が目立ち始めた。

タイム誌は、「ナオミ・オオサカは、マスクがアスリートの最もパワフルな抗議手段の1つになることを示した」と、好意的に報道。ロイター通信は、犠牲者の名前入りのマスクを着用するという抗議行動によってより大きな注目を浴びていることが、大坂選手のモチベーションを高めていると伝えた。

世論の変化

大坂選手のコート上での抗議行動に多くの米国人が好意的なのは、人種問題に対する急激な世論の変化がある。

ワシントン・ポスト紙が最近実施した世論調査によると、米国人の56%は、人種差別に抗議するために、スポーツ選手が試合前の国歌斉唱の時に片膝をつく行為は「適切だ」と考えており、「不適切だ」の42%を大きく上回っている。片膝をつく行為は、2016年、当時、アメリカンフットボール・リーグNFLのスター選手だった黒人のコリン・キャパニック選手が実際に行い、大きな批判を招いた。

2018年にNBCテレビなどが行った世論調査では、今とは逆に、「適切だ」と考える人は43%しかおらず、「不適切だ」の54%を大きく下回った。わずか2年で世論が逆転した格好だ。

また、今回のワシントン・ポスト紙の調査では、プロスポーツ選手は国民の多くが関心を寄せている社会問題に対し、スポーツ選手としての知名度を利用して意見を言うべきだと考えている米国人が、62%にも達している。

ひとりで立ち上がる勇気

大坂選手の行為が共感を呼んでいるもう1つの理由は、それが非常に勇気ある行動だと考えられているからだ。BLM運動が拡大して以降、バスケットボールやアメリカンフットボール、野球など様々なプロスポーツの世界で抗議行動が繰り広げられているが、チーム単位で行う場合が多く、大坂選手のようにひとりで立ち上がる例は珍しい。

大坂選手も、抗議デモに参加した後、雑誌の対談企画でこう本音を漏らしている。

「アスリートは、声を大にして何かを主張したらスポンサーを失うのではないかという不安を常に抱えています。それは私にとってもけっして他人事ではありません。なぜなら私のスポンサーのほとんどは日本企業だからです。日本のスポンサーの方たちは、おそらく私が何を言っているのか理解できないでしょうし、動揺するかもしれません。でも、何が正しくて、何が重要かということを、言わなければならないと感じる時が来るのです」

新型コロナウイルス禍の中で開かれた今年の全米オープンは、いろいろな意味で、人々の記憶に残る大会となるに違いない。

(大坂選手が優勝したことを踏まえ、オリジナル記事をアップデートしました)

ジャーナリスト/翻訳家

米コロンビア大学大学院(ジャーナリズムスクール)修士課程修了。日本経済新聞生活情報部記者、同ロサンゼルス支局長などを経て、独立。食の安全、環境問題、マイノリティー、米国の社会問題、働き方を中心に幅広く取材。著書に『アメリカ人はなぜ肥るのか』(日経プレミアシリーズ、韓国語版も出版)、『仕事ができる人はなぜワインにはまるのか』(幻冬舎新書)など。

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