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「Go To」菅首相はトランプ大統領の轍を踏もうとしているのか?

猪瀬聖ジャーナリスト/翻訳家
(写真:代表撮影/ロイター/アフロ)

新型コロナウイルスの感染拡大が続く中、経済の立て直しを優先し、感染拡大の一因と専門家から指摘されている「Go Toキャンペーン」の見直しに二の足を踏む菅義偉首相。その姿は、先の米大統領選で痛い敗北を喫したトランプ大統領と、ダブって見える。

有権者がコロナ対策にノー

現職が有利と言われる米大統領選で、トランプ氏は再選を果たせなかった戦後4人目の大統領となったが、敗因の1つは、新型コロナ問題への対応のまずさだった。それは、選挙の出口調査の結果を見ても明らかだ。

出口調査専門会社のエジソン・リサーチが、投票を終えた有権者に、新型コロナの感染防止と経済のどちらがより重要か聞いたところ、「たとえ経済にマイナスとなっても、感染防止を優先すべきだ」と答えた有権者は52%と半数を超え、「感染防止の妨げになったとしても、経済を優先すべきだ」の42%を、10ポイント上回った。民主党支持者に限れば、感染防止がより重要と答えた有権者は79%にのぼり、経済がより重要と答えた有権者の4倍にも達した。

トランプ氏の大統領選での敗北は、こうした新型コロナ感染拡大を懸念する多くの米国人が、感染防止よりも経済を優先して有効な感染防止策を取ってこなかったトランプ氏に対し、強烈なノーを突き付けた結果だ。

コロナより株価が気になる

実際、トランプ大統領は、感染が急拡大し始めた春先以降、一貫して、感染拡大防止よりも経済を回すことをより重視する姿勢を取り続けた。

それを端的に示すエピソードが、感染が急拡大し始めた3月13日に開いた、新型コロナに関する国家非常事態を宣言した際の会見だ。CNNの報道によると、トランプ大統領は会見とほぼ同時刻に、支持者や一部の国会議員宛てにメールでメモを送った。メモは、新型コロナ危機については一言も触れておらず、代わりにこう書いてあったという。「会見が始まった時から、株式市場はその歴史の中で最も大きな日となった」

メモには、ダウ平均株価が非常事態宣言の発令を受けて急反発した株価チャートと、前日よりも大幅高で引けた様子を報道するFOXニュースのスクリーンショットが添付されていた。チャートはトランプ大統領のサイン入りだった。トランプ氏は、会見では資料に目を落としながら非常事態宣言の中身について淡々と説明していたが、その間も、頭の中は経済のことでいっぱいだったというわけだ。

その後もトランプ氏は、外出禁止令の解除に慎重なミシガンやミネソタ、バージニア州などの州知事を罵倒し、ツイッターに「ミシガンを解放せよ」などと書き込んで外出禁止令の解除を迫るなど、経済重視の姿勢を鮮明にした。ミシガン州では、トランプ氏のツイートに呼応する形で、自動小銃などで武装した右翼グループが州議会議事堂に押し入る事件も起きている。

専門家の意見を無視

また、トランプ大統領は、マスクの着用や大規模集会の自粛を訴える感染症対策の専門家のアドバイスを、無視し続けた。政府の感染症対策のトップを務める国立アレルギー感染症研究所のファウチ所長との意見の食い違いも目立つようになり、ファウチ所長を公然と批判。再選した場合には、ファウチ氏を解任する意向をほのめかしていた。

一方、ファウチ氏は国民の間で非常に人気が高く、米国の大学医学部の志願者数が今年、前年比18%増と10年ぶりの大きな伸びを記録したのは「ファウチ効果」だと指摘するメディアもある。

トランプ大統領が、新型コロナの感染者数や死者数が爆発的に増加する中でも、感染拡大防止より経済優先を貫いたのは、すべて選挙のためだ。米国には、大統領選の年に経済が悪化すると現職の大統領が負けるというジンクスがあり、再選に人一倍執着したトランプ氏は、このジンクスを恐れていたとみられる。

「再選のことしか頭にない」

トランプ氏に解任されたボルトン前大統領補佐官(国家安全保障担当)は、「大統領はずっと、自分の再選のことしか頭にない」と述べ、国の安全保障のことなど、はなから眼中になかったと批判しているが、新型コロナ対策でも、トランプ氏の頭の中にあったのは自身の再選のことだけだったようだ。

しかし、その結果が、約30万人という世界最悪の新型コロナによる死者数となって表れた。ワースト2位ブラジルの1.7倍、同3位インドの2倍という惨状だ。感染拡大が続いたため、経済の再開、景気の回復も大幅に遅れた。結果的に、トランプ大統領の経済優先策は失敗に終わった。

「Go To トラベル」に固執

今の日本の「Go Toキャンペーン」をめぐる菅内閣の対応を見ていると、まるで、トランプ大統領と同じ轍を踏もうとしているかのようだ。

例えば、時事通信の報道によると、政府の新型コロナウイルス感染症対策分科会の尾身茂会長は9日、新型コロナに伴う観光支援策「Go Toトラベル」に関し、感染急増などを示す「ステージ3」相当地域では事業を中止すべきだとの考えを示したが、加藤勝信官房長官は記者会見で「現時点においてステージ3に該当すると判断された都道府県はない」と述べ、事業継続の方針を強調したという。

尾身会長に限らず、医療関係者の間からはGo Toキャンペーンの中止を訴える声が高まっており、全面中止に慎重な政府の姿勢をテレビで公然と批判する医師も出始めた。しかし、逆に、菅首相の周辺や閣僚の間からは、「経済を回す」という言葉が、呪文のように繰り返し聞こえてくる。

支持率すでに急落

来年10月21日に衆議院議員が任期満了を迎えることから、菅首相がいつ衆院を解散するかが話題に上り始めている。選挙で勝ち首相に再任されるには解散までに経済を立て直しておくことが最重要だと首相が考えているかどうかは不明だ。だが、感染が再拡大し、専門家が警告を発しているにもかかわらず、Go Toキャンペーンの継続にこだわる首相の姿は、選挙を意識しすぎて有権者の信頼を失ったトランプ大統領とダブって見える。

毎日新聞の最新の世論調査によると、菅内閣の支持率は急落しており、内閣の新型コロナ対策を評価している国民は14%しかいない。逆に、62%が評価しないと答えている。白人保守層という岩盤支持層を持っていたトランプ大統領は、支持率の底割れは防げたが、岩盤支持層を持っているようには見えない菅首相は、早くも大きな試練を迎えている。

ジャーナリスト/翻訳家

米コロンビア大学大学院(ジャーナリズムスクール)修士課程修了。日本経済新聞生活情報部記者、同ロサンゼルス支局長などを経て、独立。食の安全、環境問題、マイノリティー、米国の社会問題、働き方を中心に幅広く取材。著書に『アメリカ人はなぜ肥るのか』(日経プレミアシリーズ、韓国語版も出版)、『仕事ができる人はなぜワインにはまるのか』(幻冬舎新書)など。

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