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FOXと「破局」のトランプ大統領、次の「お相手」は?

猪瀬聖ジャーナリスト/翻訳家
9日、共和党本部で会見したホワイトハウスのマケナニー報道官。(写真:ロイター/アフロ)

「相思相愛」だったトランプ大統領とFOXニュースとの「破局」が米国で大きな話題になっているが、早くも、トランプ氏の次の「お相手」に注目が集まっている。だが、名前があがったお相手のほうは、トランプ氏の急接近に警戒感も示しており、大統領が今後、どんな行動に出るのか憶測を呼んでいる。

親トランプを自任

「FOXニュースの昼間の視聴率は完全に崩壊した。週末の昼間はもっとひどい。こうなるのを見るのはとても悲しいことだが、FOXニュースは、誰のお陰で成功できたのか、誰のお陰で今があるのか、忘れてしまっている。彼らは、金の卵を産むガチョウのことを忘れているのだ。2016年の選挙と2020年の選挙の一番の違いは、FOXニュースだ」

トランプ大統領は12日、ツイッターにこう投稿し、FOXニュースとの関係修復がもはや不可能になっていることを、フォロワーに印象付けた。

トランプ氏の大統領就任以降、ほぼすべての主要メディアがトランプ氏に批判的な報道を続ける中、唯一FOXニュースだけは、一貫して好意的な姿勢で報道してきた。今回の大統領選でも、FOXニュースは、バイデン氏の政策や言動を批判的に報じるなど、トランプ氏を強力に援護射撃してきた。

投票日を境に変化

ところが、11月3日の投票日を境に、FOXニュースの報道に大きな変化が起きた。

最初の変化は、大接戦が予想されていたアリゾナ州に関し、主要メディアが勝敗の判断を躊躇する中、真っ先にバイデン氏の当選確実を報じたことだ。ニューヨーク・タイムズ紙によると、この報道にトランプ陣営のミラー顧問が激怒し、FOXに電話をして当選確実の報道を取り下げるよう要求。しかし、FOX側は要求を無視し、逆に票読みの責任者を番組に出演させて、判断の正しさを強調した。

その後もFOXニュースは、同じく激戦州のペンシルベニア州でバイデン氏が優勢であると繰り返し報じたり、番組のキャスターがトランプ氏に敗北を認めるよう促すコメントを出したりするなど、明らかに距離を置き始めた。

とどめは突然の中継打ち切り

破局を決定づけたのは、ホワイトハウスのマケナニー報道官が、9日夜、共和党本部で行ったスピーチ(写真)を生中継していたFOXニュースの番組が、突然、中継を打ち切ったことだった。

選挙の大勢がすでに決している中、マケナニー報道官は、具体的な証拠を示さないまま、民主党の主導によって不正投票や不正集計が行われていると繰り返し主張し、トランプ大統領の勝利を強調していた。

このスピーチの内容に、番組のホストを務めるカヴート氏が明らかに不快感を示し、中継の打ち切りを決断。カヴート氏は直後、呆れた表情で、次のように述べた。

「これは、はっきり言っておかなければならない。彼女(マケナニー報道官)は、相手側(民主党)が不正や不法投票を歓迎していると言っているが、それを裏付ける詳しい情報を出さない限り、私は、穏やかな気持ちで、この映像を視聴者の方にお見せすることはできない」

ワシントン・ポスト紙は、「FOXニュースとトランプ氏の長い恋愛関係は終わったかもしれない」と報じた。

新興の保守系メディアに秋波

トランプ氏と昵懇のはずだったFOXニュースがなぜ、裏切り行為に見えるかのような行動に出たのか、詳しい背景は明らかになっていない。推測するに、FOXニュースはこれまで視聴率を稼ぐためにトランプ氏の過激な言動を利用してきたが、さすがに、社会的責任の大きい報道機関の端くれとして、民主主義の根幹をなす選挙制度を真っ向から否定するような大統領の言動を、これ以上放置できないと判断したのだろう。

一方、トランプ氏は、FOXニュースを批判すると同時に、ツイッターなどで、一般には無名の別の保守系メディア「ニュースマックス」を突然、推し始めた。

ニュースマックスは1998年、フロリダ州を拠点とするネットメディアとしてスタートし、2014年、ケーブルテレビに進出。創設者のクリストファー・ルディ氏は、保守系大衆紙のニューヨーク・ポストで記者をした経験などがあり、トランプ氏にも近いと言われている。ニュースマックスは、いまだにバイデン氏を「次期大統領」と呼んでいない。

大統領とは一線を画す

トランプ氏は、ニュースマックス支持を公言しているわけではないが、最近になり、トランプ氏の支持者がFOXニュースではなくニュースマックスを視聴するよう呼び掛けるツイートを、リツイートしている。また、ルディ氏との会話の中で、ニュースマックスの報道内容を賞賛すると同時にFOXニュースを中傷したと、ルディ氏自ら、ニュースマックスの番組に出演し語っている。

トランプ氏の一連の言動で、ニュースマックスの視聴者数は、一気にそれまでの10倍以上に増え、スマートフォン・アプリのダウンロード数が急増しているという。

ただ、ルディ氏は意外と冷静だ。フロリダの地元紙によると、ルディ氏は、今回の騒動は、保守系メディアとしてのニュースマックスの知名度を全国区にし、FOXニュースのライバルになりうるとの認識を示し、ビジネス的な観点から歓迎の意を示しているという。

同時に、ルディ氏はトランプ氏と長年の友人関係にあることを認める一方、「友人関係と編集方針は別だ」と述べ、「われわれはニュースマックスであり続けることを望んでおり、トランプ・テレビになることは望んでいない」と、トランプ氏と一線を画す考えを強調している。

FOXへの当て付けか

今回の騒動で視聴者数が大幅に伸びたとはいえ、所詮はローカルメディアの域を出ないニュースマックスと、メディア王マードック氏が率い、CNNと並ぶケーブルテレビ界の雄FOXニュースとでは、世論に対する影響力の差は歴然だ。トランプ氏自身も長年、テレビの世界に身を置いてきただけに、そのあたりは十分認識していると見られる。となると、ニュースマックスへの突然の秋波は、自分を振ったFOXニュースへの単なる腹いせか、当て付けの可能性が高い。

トランプ氏には、次回の大統領選への出馬を念頭に、世論への影響力を保つため「トランプ・テレビ」を立ち上げるのではないかとのうわさも出ている。ただ、これもFOXニュースに対する当て付けの可能性がある。しかも、かりに立ち上げたとしても、自分の会社を6回も倒産させるなど実はあまりビジネスが得意でないと見られる上に、周りを身内で固め、優秀であっても気に入らない部下には感情をあらわにしてすぐクビを言い渡すトランプ氏が、メディアの経営で成功するかどうかは、不透明だ。

ジャーナリスト/翻訳家

米コロンビア大学大学院(ジャーナリズムスクール)修士課程修了。日本経済新聞生活情報部記者、同ロサンゼルス支局長などを経て、独立。食の安全、環境問題、マイノリティー、米国の社会問題、働き方を中心に幅広く取材。著書に『アメリカ人はなぜ肥るのか』(日経プレミアシリーズ、韓国語版も出版)、『仕事ができる人はなぜワインにはまるのか』(幻冬舎新書)など。

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