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カギ握るアリゾナ州、トランプ氏苦戦の原因は「マケインの復讐」

猪瀬聖ジャーナリスト/翻訳家
2008年の大統領選に出馬した時のジョン・マケイン氏(筆者撮影)

開票・集計作業がヤマ場を迎えている米大統領選挙で、注目が集まる西部アリゾナ州は、長年、共和党候補が制してきた「レッド・ステート(赤い州)」だ。ところが今回はトランプ大統領の大苦戦が伝えられており、すでに民主党のバイデン候補に当確を打ったメディアも出ている。トランプ氏大苦戦の原因は、2年前に亡くなったジョン・マケイン共和党上院議員の「復讐」との声が上がっている。

共和党の重鎮

1952年以降、アリゾナは、1996年に現職のクリントン大統領が勝ったのを除き、常に共和党の候補が制してきた。高い国民的人気を誇ったオバマ前大統領が再選を果たした2012年の選挙ですら、アリゾナでは共和党のロムニー候補が大差で勝っている。ところが、今回は一転、今のところ、トランプ氏の敗色が濃厚だ。

マケイン氏はアリゾナ州選出の連邦議員で、最初は下院、後に上院に鞍替えし、上院では軍事委員会委員長も務めるなど、共和党の重鎮だった。大統領選にも2度出馬し、2度目となった2008年は党の正式候補になったが、本選でオバマ氏に敗れた。その後、脳腫瘍を患い、2018年8月25日、上院議員のまま死去した。81歳だった。

犬猿の仲

共和党だったものの、政策的にはリベラルで、多くの民主党議員とも交流があった。また、海軍のパイロットとして従軍したベトナム戦争で捕虜になり激しい拷問に耐えた経歴から、「英雄」として尊敬されていた。バイデン氏と家族ぐるみで付き合っていたのは、有名な話だ。

しかし、医療保険制度改革法(通称オバマケア)を実質骨抜きにする共和党提出の法案に、他の数名の共和党議員とともに反対票を投じて成立を阻止するなど、トランプ氏が推進する政策にたびたび反対。また、トランプ氏の人種差別的な言動を公然と批判するなどしたため、トランプ氏とは犬猿の仲だった。

2008年の大統領選でマケイン陣営が使っていたバス。前面の「STRAIGHT TALK」の文字は「歯に衣着せぬ物言い」といった意味で、マケイン氏の性格をよく表している(筆者撮影)
2008年の大統領選でマケイン陣営が使っていたバス。前面の「STRAIGHT TALK」の文字は「歯に衣着せぬ物言い」といった意味で、マケイン氏の性格をよく表している(筆者撮影)

トランプ氏も、テレビのインタビューで「彼は戦争の英雄なんかではない。戦争の英雄と言われているのは、捕虜になったからだ。私は捕虜にならない人間が好きだ」と述べるなど、マケイン氏を執拗に攻撃し続けた。

故人を攻撃し続けたトランプ氏

亡くなった1週間後に首都ワシントンで開かれたマケイン氏の告別式には、共和党のブッシュ元大統領や、オバマ前大統領も参列したが、トランプ大統領はマケイン氏の遺志で参加しなかった。

他人を責めるのが好きなトランプ氏は、マケイン氏が亡くなった後も、故人への攻撃を続けた。このため、ニューヨーク・タイムズ紙によると、トランプ氏の選挙対策アドバイザーらは、アリゾナ州民の誇りであるマケイン氏を批判し続けることは得策ではないと判断し、トランプ氏に批判を止めるよう何度も忠告した。しかし、忠告は聞き入れられなかったという。また、トランプ氏はアリゾナに遊説に行くことを躊躇していたと伝えている。

夫人がバイデン氏支持を表明

一方、マケイン氏のシンディ夫人は、8月に開かれた民主党の党大会に登場し、事実上、バイデン氏への支持を表明した。翌月には、ツイッターに「私の夫ジョンは、常に国家ファーストという信念で生きてきた。私たちは共和党員だが、共和党員である前に米国人だ。今回の大統領選で米国という国の価値観を守ろうとしている候補者はたった1人しかいない。それはジョー・バイデンだ」と投稿し、バイデン氏への支持を正式に表明。その後も、バイデン氏への投票を呼び掛けるような投稿を繰り返してきた。

アリゾナでトランプ氏が苦戦している原因は、カリフォルニア州などからの移住者の増加で、民主党支持者が増えているためとも伝えられているが、どうやらそれだけではなかったようだ。

マケイン氏の選挙アドバイザーを務めたマイク・マーフィー氏は、もしバイデン氏がアリゾナ州で勝利した場合、「それはジョン・マケインの復讐だ」とニュース専門チャンネルMSNBCに語った。

ジャーナリスト/翻訳家

米コロンビア大学大学院(ジャーナリズムスクール)修士課程修了。日本経済新聞生活情報部記者、同ロサンゼルス支局長などを経て、独立。食の安全、環境問題、マイノリティー、米国の社会問題、働き方を中心に幅広く取材。著書に『アメリカ人はなぜ肥るのか』(日経プレミアシリーズ、韓国語版も出版)、『仕事ができる人はなぜワインにはまるのか』(幻冬舎新書)など。

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