Yahoo!ニュース

「トランプは今度こそ負ける」3つの根拠 波乱要因は最高裁

猪瀬聖ジャーナリスト/翻訳家
トランプ大統領と新最高裁判事のバレット氏(写真:ロイター/アフロ)

米大統領選挙までいよいよ1週間。世論調査でバイデン氏に差を付けられているトランプ氏だが、前回の大統領選の経験から、トランプ支持者は逆転を信じて疑わず、反トランプ派は心配で夜も眠れない心境だ。しかし、「いや、今度こそトランプ氏は負ける」と予想する専門家は多い。彼らが指摘する3つの根拠とは何か。

根拠1:「爆弾」は落とされなかった

2016年の大統領選では、世論調査は終始、民主党のクリントン候補の優勢を伝えていた。実際、最終的な得票数では、クリントン氏がトランプ氏をわずかに上回った。クリントン氏が負けた直接の原因は、有権者が大統領を直接選ぶことのできない米独特の選挙制度だが、その選挙制度がトランプ氏の有利に働いたのは、トランプ氏が選挙戦を最後の最後で大接戦に持ち込んだためだ。

そして、その大接戦を演出したのが、投票日の11日前にあたる10月28日に、連邦捜査局(FBI)のコミー長官が、クリントン氏が国務長官時代に公務メールをセキュリティーの甘い私用サーバーで扱っていた問題を再捜査すると発表したことだった。

米メディアは一斉に、「bombshell」(爆弾、爆弾ニュース)と報じた。このニュースで「有権者がヒラリー氏の資質に疑問を抱き、トランプ大統領に逆転を許す流れをつくった」と、当時の日本経済新聞は伝えている。

その年の7月、コミー長官はクリントン氏のメール疑惑は訴追には相当しないと発表し、不問に付す意思を示していた。しかし、トランプ氏は選挙戦でクリントン氏とFBIを強く非難。クリントン氏に向かっては、「刑務所に入るべきだ」と激しく罵っていた。結果的に、FBIがトランプ氏の大逆転勝利を援護射撃した形となった。

今回、トランプ陣営は、二匹目のドジョウを狙うべく、FBIに新たな「爆弾」の投下を強く働きかけてきた。今回の爆弾は、バイデン氏の二男ハンター・バイデン氏の「ウクライナ疑惑」だ。

ところが今回は、トランプ大統領や議会共和党の圧力にもかかわらず、FBIは動かなかった。ウクライナ疑惑に関する追加情報の提出をFBIに求めた議会上院・国家安全保障委員会のジョンソン委員長に対し、FBIは20日、「今の時点で、追加情報は何もない」と文書で回答した。

FBIは前回の選挙の投票日直前にとった行動に対して国民から激しく批判され、FBIに対する国民の不信感を高めたことを反省し、今回は少なくとも選挙前は動かないことを決めていると伝えられている。

また、クリントン氏のメール疑惑の第一報がニューヨーク・タイムズ紙だったのに対し、ウクライナ疑惑の一連の報道はトランプ氏に近い保守系タブロイド紙のニューヨーク・ポスト紙が流しており、情報の信ぴょう性に疑問が持たれている。このため、主要メディアは、親会社がニューヨーク・ポスト紙と同じフォックス・テレビを除き、ほぼ無視を決め込んでおり、このこともFBIの判断に影響している可能性がある。

トランプ大統領は、ウクライナ疑惑を追及しないFBIに対するフラストレーションを極限まで高めており、バー司法長官を公然と批判。ワシントン・ポスト紙によると、大統領は、選挙後にFBIのレイ長官を解任する意向を周囲に漏らしているという。

根拠2:潮目は2年前に変わっていた

トランプ氏の支持者はみな熱狂的だが、支持基盤はけっして広くない。前回の選挙で勝てたのは、「トランプ教」の信者とも言える中西部や南部の白人保守層に加え、クリントン氏のことをどうしても好きになれないという無党派層を、運よく取り込むことに成功したからだ。それでも、先に述べた通り薄氷の勝利だった。

ところが、その頼みとする無党派層は、トランプ氏の大統領就任直後から早くもトランプ離れを起こし、それが2018年の議会中間選挙で共和党の敗北となって表れた。共和党はその選挙で、下院の多数派の座を8年ぶりに民主党に奪われた。

トランプ氏の2016年の勝利に貢献した無党派層を構成する主要グループの1つは、「サバーバン・マム」とも呼ばれる都市郊外に住む女性たちだ。彼女たちは、2016年の選挙ではトランプ氏に投票したものの、大統領就任直後から次々と明らかになったトランプ氏の過去の女性スキャンダルや、女性、黒人、ヒスパニックなど社会的マイノリティに対する数々の差別的発言、社会の分断を煽るような言動に辟易(へきえき)している。バイデン氏の支持率が高いのは、彼女たちの存在が大きい。

根拠3:世論調査の精度が上がった

前回の大統領選では、ほとんどの世論調査がトランプ氏の勝利を予想できなかったことも、選挙後に大きな問題となった。世論調査を実施する大学や調査機関の専門家は、今回、前回の外れた原因を分析した上で、新たな調査に臨んでいる。

前回と今回の世論調査の違いについて報じたシカゴ・トリビューン紙によると、前回の世論調査が外れた主な原因の1つは、最後までどちらに投票するか決めかねていた無党派層が異常に多かったことだ。トランプ、クリントン両候補とも有権者に極めて不人気だったことや、トランプ氏に政治経験がなかったためどんな政策を打ち出すのか予想しにくかったことなどが原因で、最後まで迷った無党派層が多かった。今回は、多くの無党派層がすでに態度を決めているため、世論調査の精度が高まっているという。

また、トランプ氏の支持者は、過去に例を見ないほど高卒者の割合が高く、これが世論調査の結果を誤らせた一因だと、同紙は専門家の意見を紹介しながら分析している。高卒者は面接や電話での世論調査に答えない場合が多く、その結果、公表された支持率に歪(ゆが)みが生じたという。今回はその歪みを修正したとされている。

大統領選の世論調査をしているウィスコンシン大学のバーデン教授は、「今年の世論調査は、実際の投票結果をより正確に反映する結果となるだろう」と、シカゴ・トリビューン紙の取材に答えている。

波乱要因は最高裁

とは言え、トランプ氏の敗北が決まったわけではない。自己顕示欲が飛び抜けて強いトランプ氏にとって、負けは人生における屈辱を意味する。どんな手段を使ってでも相手を負かしたいトランプ氏の最後の頼みの綱は、連邦最高裁だ。かりにメディアが「バイデン氏勝利」を報じても、トランプ大統領は、選挙結果の無効を求めて最高裁に訴えるという前代未聞の行動に打って出る可能性が高いと言われている。

その最高裁は26日、ウィスコンシン州で起こされた郵送による大統領選の投票をめぐる訴訟に関し、投票日である11月3日を過ぎて選挙管理当局に届いた郵送による投票は、得票に含めないとの判断を示した。郵送による投票は、新型コロナウイルスの感染拡大を防ぐ手段として民主党が推進してきたが、トランプ大統領は「インチキ投票」の温床になるとして強く反対してきた。

最高裁の判断は5対3で割れたが、得票に含めるべきでないと主張した5人はいずれも共和党の大統領が指名した判事で、得票に含めるべきだと主張した判事はいずれも民主党の大統領が指名した判事だった。ここに間もなく、トランプ大統領に指名されたバレット判事が加わるため、トランプ氏への支援は盤石になる見通しだ。

苦境に立たされているトランプ大統領が、ホワイトハウスで26日に開いたバレット氏の就任宣誓式で満面の笑みを浮かべた(冒頭写真)のも、「よろしく頼むよ」というメッセージなのかもしれない。

ジャーナリスト/翻訳家

米コロンビア大学大学院(ジャーナリズムスクール)修士課程修了。日本経済新聞生活情報部記者、同ロサンゼルス支局長などを経て、独立。食の安全、環境問題、マイノリティー、米国の社会問題、働き方を中心に幅広く取材。著書に『アメリカ人はなぜ肥るのか』(日経プレミアシリーズ、韓国語版も出版)、『仕事ができる人はなぜワインにはまるのか』(幻冬舎新書)など。

猪瀬聖の最近の記事