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米国ではなぜ黒人ばかり逮捕されるのか

猪瀬聖ジャーナリスト/翻訳家
警察署の建物も放火された(写真:ロイター/アフロ)

白人警官の不当な暴力で黒人男性が死亡したミネソタ州の事件は、抗議デモからついに暴動に発展している。米国ではこれまでも、黒人への警官の暴力行為をきっかけとした大規模デモや暴動が繰り返し起きているだけに、予断を許さない状況だ。

放火や略奪行為

ミネソタ州ミネアポリス市内で25日に起きた事件は、通行人がその一部始終を撮影した動画がSNSで拡散され、そのショッキングな映像とも相まって、全米の注目を集めている。映像には、白人警官がズボンのポケットに手を突っ込んだまま、無抵抗の黒人男性の首を膝で道路に押さえつけ、男性の「息ができない」という懇願を無視し、失神するまで体重をかけて押さえ続ける様子がはっきりと映っている。男性は気を失った後、救急車で病院に搬送されたが、死亡した。

ミネアポリス市のフレイ市長は直ちに非難声明を出し、事件にかかわった4人の警官を即、解雇するなど異例の対応をとったが、黒人を中心とする住民の怒りは収まらず、連日、市内で抗議デモが繰り広げられ、一部は暴徒と化し、放火や商店街での略奪行為が起き始めている。ミネソタ州のワルツ知事は28日、州兵の動員を決めた。

事件は早くも全米を巻き込んだ議論に発展しつつある。民主党の事実上の大統領候補であるバイデン前副大統領は、「(死亡した)ジョージ・フロイドは死ぬべきではなかったし、彼の遺族は正義を受けるに値する」と述べ、連邦捜査局(FBI)が徹底した捜査をするよう求めるコメントを出した。報道によると、トランプ大統領も司法省とFBIに対し速やかに捜査するよう指示した。ジャクソン牧師ら黒人活動家は、解雇された警官の逮捕を要求している。

コロナ関連、逮捕者の大半が黒人

ミネソタ州だけではない。米国の各都市では、新型コロナウイルスの感染拡大を防ぐため、外出する場合は他人との距離を保つ「ソーシャル・ディスタンス」を徹底するよう市民に命じていたが、命令違反で市民がパトロール中の警官に逮捕されたり拘束されたりするケースが相次いだ。ところが、警官に目を付けられた市民のほとんどが黒人などマイノリティ(少数派)であることがわかり、問題になっている

例えば、ニューヨーク市のブルックリン地区では、3月17日から5月4日の間に40人が逮捕されたが、そのうち35人が黒人、4人がヒスパニックで、白人は1人だった。ワシントン・ポスト紙は、同じニューヨーク市内でも、白人が多く集まる公園では、警官は市民らにマスクを手渡しして感染に注意するようやさしく諭すが、マイノリティが多く住むエリアでは、ルールを破った通行人らが無理やり地面に押さえつけられるなどして逮捕される例が相次いでいると報じた。

ミネアポリス市の事件で思い出すのが、6年前の2014年にニューヨーク市のスタッテンアイランド地区で起きた事件だ。今回同様、白人警官が黒人男性を地面に押さえつけ、背後から腕で首を絞める様子が動画で拡散された。男性は「息ができない」と訴えた後、失神し、病院に搬送されたものの、心臓発作で死亡した。警官は不起訴となり、大規模な抗議デモが発生した。

「警察官のジレンマ」

なぜ黒人ばかりが逮捕されたり、警官による違法な暴力の犠牲者となったりするのか。その原因を心理学の側面から明らかにしたのが、コロラド大学のジョシュア・コレル博士らによるビデオの射撃ゲームを使った一連の実験だ。

実験では、銃を手にした白人男性と黒人男性、スマートフォンや缶ジュースなどを持った白人男性と黒人男性を標的としてランダムに登場させ、プレーヤーは銃を持った標的をできるだけ素早く認識し、撃つよう指示された。

結果、プレーヤーは平均して、銃を持った黒人に対しより素早く反応し、実際に撃つ回数も多かった。銃を持っていない黒人を誤射したり、逆に銃を持った白人を見逃したりするミスも、多くのプレーヤーに見られた。また、現役の警官にプレーヤーになってもらい行った同じ実験では、誤射は比較的少なかったが、人種に基づいた反応という点では、同様の傾向が見られた。

コレル博士らは、標的の人種による反応の違いを、多くの警官が黒人に対して抱いている「黒人は犯罪者」というバイアス(偏見)に由来していると指摘し、「警察官のジレンマ」と名付けた。

筆者も銃を突き付けられた

白人警官による黒人への偏見は、実は筆者も経験したことがある。2005年、ルイジアナ州ニューオリンズ市を水没させたハリケーン・カトリーナの被害を取材するため、黒人男性が運転するタクシーで現場に入った時だ。道に迷っていると、ライフル銃を構えた白人警官2人が近づいてきて、いきなり銃口を筆者と運転手に向けながら、「手を上げろ」と怒鳴り始めた。略奪事件が相次ぐなど緊迫していた時期で、警官の目は血走っていた。

だが、筆者の前を走っていた車も、同じ警官に停車させられたが、後ろから見ていた限り、銃口を向けられた様子はなかった。その車がUターンしてすれ違った時にちらっと車内を見たが、乗車していたのは白人だった。黒人に対してだけでなく、有色人種全体への偏見が強いのかもしれないと、その時思った。実際、現地で取材していた日本人記者の1人は、車を止められた後、引きずり出されて暴力を振るわれ、骨折する重傷を負っている。

トランプ氏の言動が影響?

白人警官による黒人への暴力がここにきて再び目立つようになったのは、根強い人種偏見に加え、人種差別を正当化したり偏見を助長したりするかのようなトランプ大統領の言動の影響も大きいとの指摘もある。トランプ氏は「中南米からの移民はみな犯罪者だ」などと平気で口にし、つい先日は、中国系米国人の女性記者に対し人種差別ともとれる発言をして物議を醸している。

ジョージア州では今年2月、ジョギング中の黒人男性が白人の親子に射殺された事件が起きたが、同州アトランタ市のボトムズ市長は、「ホワイトハウスが発する様々なレトリック(巧言)が、人種差別的な思想を持った多くの人を、2020年というこの時代に考えられないような大胆な行動に駆り立てているのではないか」と大統領を強烈に批判した。容疑者の父親のほうは、元警察官だった。

米国では過去、1992年のロサンゼルス暴動など、白人警官による黒人への暴力をきっかけとした暴動や大規模な抗議デモが何度も起きている。筆者はロサンゼルス暴動の数週間後に現地を訪れたが、焼け野が原のような光景が目の前に広がり、人種問題が生み出すエネルギーの大きさに驚かされた記憶がある。

あれから約30年。米社会は何も変わっていないように見える。

ジャーナリスト/翻訳家

米コロンビア大学大学院(ジャーナリズムスクール)修士課程修了。日本経済新聞生活情報部記者、同ロサンゼルス支局長などを経て、独立。食の安全、環境問題、マイノリティー、米国の社会問題、働き方を中心に幅広く取材。著書に『アメリカ人はなぜ肥るのか』(日経プレミアシリーズ、韓国語版も出版)、『仕事ができる人はなぜワインにはまるのか』(幻冬舎新書)など。

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