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黒人はマスク着用のほうが危険!?コロナが浮き彫りにする米国の人種問題

猪瀬聖ジャーナリスト/翻訳家
(写真:ロイター/アフロ)

新型コロナウイルス危機は米社会に様々な課題を突き付けている。その1つが、米社会の象徴でもある人種問題だ。犠牲者数が世界最悪となっている米国では重症患者に黒人が多いことが注目を集めており、原因として貧困率の高さなど黒人を取り巻く社会環境が指摘されている。また、マスク姿の黒人が犯罪者に見られるなど、黒人に対する社会の偏見が依然根強いことも浮き彫りにした。

黒人社会により大きな衝撃

11月の大統領選に臨むバイデン前副大統領は4日、黒人社会への支援強化を柱とした新たな政策提言を発表した。提言は、新型コロナ問題にも触れ、「アフリカ系米国人(黒人)は白人よりも高い確率で新型コロナの犠牲者となっていることが明らかになっている。医療保険の加入率が低い、大気汚染のひどい地域に住んでいるなど、長年にわたる社会的な不平等が、こうした格差につながっている」と指摘。その上で、黒人を念頭に置いた医療保険制度の充実や、黒人の生活水準を向上させるための施策に力を入れることを約束した。

バイデン氏が指摘するように、今回の新型コロナ危機は、米国の黒人社会により大きな衝撃をもたらしている。米疾病対策センター(CDC)が4月29日に公表した南部ジョージア州のデータによると、人種情報が残されている新型コロナの入院患者297人のうち、83.2%にあたる247人が黒人だった。ジョージア州の全人口に占める黒人の割合は約30%で、州政府によると、全感染者数に占める黒人の割合は36%。CDCのデータは、入院を必要とする重症患者にいかに黒人が多いかを示している。

シカゴのある中西部イリノイ州は、感染者数が全米4位と新型コロナの打撃を最も受けている州の1つだが、5月4日現在の州政府のデータによると、全死者数に占める黒人の割合は34%で、黒人の州人口に占める割合14%を大幅に上回っている。また、人口100万人あたりの死者数が5番目に多い南部ルイジアナ州でも、黒人は5月4日時点で全死者数の57.4%を占め、州人口に占める割合32%をやはり大きく超えている。

ルイジアナ州のエドワーズ知事は4月25日、「犠牲者数の(人種間)格差は非常に憂慮すべき問題であり、あらゆる手段を尽くして原因を解明しなければならない」と述べ、原因究明と対策のために50万ドル(約5300億円)を投じる考えを表明した。

貧困率は白人の2.4倍

黒人が白人など他の人種グループに比べて重症化しやすい大きな要因として指摘されているのが、黒人社会が抱える貧困問題だ。カイザー・ファミリー財団の調べでは、人口の少ないネイティブ・アメリカン(先住民)を除けば、平均貧困率が最も高いのは黒人で22%。最も低い白人(9%)の2.4倍だ。貧困率は地域によっても大きく異なり、ルイジアナ州やミシシッピ州などでは、黒人の貧困率は30%を超えている。

黒人の貧困率が高いのは、黒人が米社会で受けてきた差別と密接な関係がある。例えば、黒人、特に男性は、ちょっとしたことで犯罪者と疑われ、些細な罪でも即、逮捕される。米国では今、大麻を合法化する州が増えているが、これも、「白人も黒人と同じように大麻を吸っているのに、逮捕されるのはいつも黒人」という黒人社会の強い反発が背景にある。黒人はただでさえ就職差別を受けやすいのに、前科がつけば、まっとうなキャリアを歩むことはさらに困難になる。親が貧しければ、その子どもも十分な教育機会を得ることが難しくなるため、貧困の再生産につながる。

社会のセーフティーネットが脆弱な米国では、貧困は生死や健康の問題に直結する。例えば、医療保険に加入できないため、体調に異変を感じてもすぐに医者にかかれない。貧困層が住む地域には質の高いサービスを提供できる医療機関が少ない。お金がなくて健康的な食生活ができないため、慢性疾患を発症したり、免疫力が低下して感染症にかかりやすい。実際、重症化した新型コロナ感染者の多くが肥満や糖尿病、高血圧などの基礎疾患を抱えていることが、統計に表れている。

さらに、貧困層は人との接触を避けるのが難しいサービス業の従事者が多かったり、車を所有していないため公共交通機関を利用せざるを得なかったりするなど、新型コロナの感染リスクも高い。

マスクをしたら犯罪者扱い

新型コロナ危機では、黒人に対する社会の偏見が依然、根強いことも改めて浮き彫りになった。

CDCが感染防止のためにマスクの着用を国民に呼びかける前の3月、イリノイ州内のウォルマートの店内で、マスクをした若い黒人男性が、白人の警察官に追いかけられる様子を自ら撮影した動画がユーチューブにアップされ、後日、所管の警察署長が謝罪する事件が起きた。署長は「追いかけた警察官は動画の中でマスクの着用は違法だと言っていたが、その発言は誤りだった」と述べた。

だが、実は、犯罪抑止の目的で、公の場でのマスク着用を違法としている州は多い。このため、黒人、とりわけ男性の間では、たとえCDCが奨励しても、マスクをしていると不当に逮捕されるのではないかという不安が強い。

こうした黒人社会の懸念を受け、人権団体の全米黒人地位向上協会(NAACP)は、「人種差別のために、命を守る行動を取ることを恐れることがあってはならない」とし、各州に対し、公の場でのマスク着用を禁じる州法の執行を無期限に停止するよう求めている。黒人が多く住むジョージア州アトランタ市のボトムズ市長も、当面は公の場でのマスクの着用を禁じた州法の執行をしないよう市警に命じた。

マスクだけではない。多くの犠牲者が出ているニューヨーク市では、人との距離を保つ「ソーシャル・ディスタンシング」のルールを市民に守らせようと警察官が目を光らせているが、6日付のワシントン・ポスト紙は、相手によって警察官の態度が180度違うことを人権活動家らが問題視していると報じた。同紙によれば、白人が多く集まる公園では、警察官は市民らにマスクを手渡しして感染に注意するようやさしく諭すが、黒人などマイノリティが多く住むエリアでは、ルールを破った通行人らが無理やり地面に押さえつけられるなどして逮捕される例が相次いでいるという。その様子を撮影した動画も出回っている。

根本的な改善見られず

米国の人種問題が深刻なのは、何年たっても根本的な改善が見られないことだ。2005年8月、米史上最悪の自然災害と言われるハリケーン・カトリーナが米南部を襲い、ジャズの街ニューオリンズ市を中心に1800人以上の犠牲者を出した時も、犠牲者の多くは貧しい黒人だった。白人の警察官による黒人へのハラスメント事件も全米各地で繰り返されており、それで命を落とす善良な黒人も少なくない。

米国の黒人にとっては、命を守ってくれるはずのマスクが命取りにもなりかねない。それが米社会の現実なのだ。

ジャーナリスト/翻訳家

米コロンビア大学大学院(ジャーナリズムスクール)修士課程修了。日本経済新聞生活情報部記者、同ロサンゼルス支局長などを経て、独立。食の安全、環境問題、マイノリティー、米国の社会問題、働き方を中心に幅広く取材。著書に『アメリカ人はなぜ肥るのか』(日経プレミアシリーズ、韓国語版も出版)、『仕事ができる人はなぜワインにはまるのか』(幻冬舎新書)など。

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