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「日本は成功」海外メディア、新型コロナで手のひら返し

猪瀬聖ジャーナリスト/翻訳家
(写真:つのだよしお/アフロ)

海外メディアが、日本の新型コロナウイルス対策の「成功」を、驚きを持って伝え始めている。欧米のような強制力のあるロックダウン(都市封鎖)も行わず、かつPCR検査の数が他国に比べて非常に少ないにもかかわらず、感染を抑え込んだことに対し、その原因を探ろうと必死だ。つい最近まで、日本の対策を批判的に報じていただけに、強烈な手のひら返しの感も否めない。

お辞儀の習慣が奏功

22日付の英高級紙ガーディアン(電子版)は、「大惨事の一歩手前から成功物語へ 日本はいかにして新型コロナにタックルしたのか」と題した東京発の記事を掲載した。

記事はまず、専門家は1カ月余り前まで「日本は新型コロナで最も悲惨な目にあう国の1つになる」と言っていたと指摘し、日本の対応が失敗と見られていたことを強調。その理由として、ダイヤモンド・プリンセス号への対処の仕方が海外から批判を浴びたことや、東京五輪・パラリンピックの開催にこだわる余り初動が遅れたこと、PCR検査の数の少なさなどを挙げた。

その上で記事は、日本の感染者数や死者数が欧米主要国に比べて、結果的に非常に低いレベルにとどまっていることや、東京都内の最近の新規感染者数が一桁台に下がってきていることなどを指摘しながら、「いま日本は、確固たる証拠を持って、新型コロナ対策に成功した国だと主張することができる」と日本を持ち上げた。

ガーディアン紙は、考えられる成功の理由として、日本ではインフルエンザの予防や花粉症対策としてマスクをしたり、人と会った時に握手やハグではなくお辞儀をしたりする習慣があること、個人の衛生意識が高いこと、家の中では靴を脱ぐ文化があることなど、以前からウイルス感染に備えができていることを挙げた。また、専門家の意見として、誰もが医療保険に加入できる国民皆保険制度の存在や、肥満率の低さ、肺炎の治療に関する知見を指摘した。

成功の理由は「ミステリー」

さらには、納豆を食べているお陰で免疫力が高いとか、日本語は他の言語に比べて話す際に飛沫が飛びにくいからといった、根拠の不確かな情報がインターネットやテレビのバラエティー番組で飛び交っていることも伝えている。

経済専門メディアの米ブルームバーグは同じく東京発の記事で、「国民は移動を規制されず、レストランも理容室も営業を続け、人々の動きを追跡する最先端のアプリもなく、国は感染症に対応する専門の中央組織も持たず、検査率は人口のわずか0.2%と先進国の中では最低レベル。にもかかわらず、感染拡大は抑えられ、死者数はG7(主要先進7カ国)の中で飛び抜けて低い1000人以下にとどまっている」と報じた。多少の事実誤認はあるものの、日本は新型コロナの抑え込みに「成功した」と報じている。

同紙は、成功の理由として、全国にある保健所の存在と、それによって感染者の追跡が徹底して行われ、クラスターの発生を極力、未然に防ぐことができたという専門家の意見を紹介。また、ウイルスの種類が欧米で広がったものより毒性の低い種類である可能性を指摘した。

オーストラリアの公共放送ABCは、「日本は、満員電車、世界で最も高い高齢者率、クルーズ船上での感染爆発、罰則なしの緊急事態宣言など、大惨事を引き起こすためのレシピを見ているようで、イタリアやニューヨークの二の舞になると懸念されたが、それは避けられた。だが、封じ込めに成功した理由はミステリー(謎)だ」と報じた。

ABCは、日本の成功の理由を探ろうとノーベル生理学・医学賞を受賞した本庶佑氏に取材。記事によると、本庶氏は「なぜ日本の感染率や死亡率がこれほど低いのかは、ほとんどの医学の専門家にとって依然、ミステリーだ」と述べた上で、「日本人は手を洗う習慣があるなどきれい好きで、(人前で)キスやハグもしない」と語った。さらにABCは、本庶氏が結核を予防するBCGワクチンの影響を示唆したことに触れ、「BCGの接種はオーストラリアや米国、英国では一般的ではない」と指摘した。

安倍首相は評価されず

何が日本を成功に導いた理由かは報道するメディアによってまちまちだが、面白いのは、安倍政権のコロナ対策を理由として挙げているメディアがほぼ皆無であることだ。ガーディアン紙は、「アベノマスク」が不評を買っているエピソードに触れながら、「感染者数の減少は政府の対策が成功したからではない」「安倍首相の危機への対応はずっと不安定なままだ」といった専門家の見方を紹介している。ブルームバーグも「政治的なリーダーシップが欠けている」と、暗に安倍政権を批判した。

ドイツやニュージーランド、韓国、台湾など、新型コロナウイルスの封じ込めに成功した国や地域では、いずれもトップのリーダーシップが高く評価されている。それだけに、封じ込めに成功した日本のトップに対し海外メディアがおしなべて低評価を下しているのは、非常に興味深い現象だ。

ジャーナリスト/翻訳家

米コロンビア大学大学院(ジャーナリズムスクール)修士課程修了。日本経済新聞生活情報部記者、同ロサンゼルス支局長などを経て、独立。食の安全、環境問題、マイノリティー、米国の社会問題、働き方を中心に幅広く取材。著書に『アメリカ人はなぜ肥るのか』(日経プレミアシリーズ、韓国語版も出版)、『仕事ができる人はなぜワインにはまるのか』(幻冬舎新書)など。

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