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NYはなぜ新型コロナの犠牲者が突出しているのか

猪瀬聖ジャーナリスト/翻訳家
閑散とするタイムズスクエア(写真:ロイター/アフロ)

新型コロナウイルスの感染者数、犠牲者数ともに急増し、世界で最も深刻な状況となりつつある米国。中でもニューヨーク州は、感染者数が中国全体の感染者数を上回り、死者数も2千人に迫るなど、今や世界一のホットスポットだ。なぜニューヨークはコロナにこんなにも脆弱なのか。キーワードは「貧困」と「肥満」だ。

市当局が感染マップを作成

ニューヨーク州の中で特に事態が深刻なのが、世界の金融、エンターテインメントの中心地であるニューヨーク市。4月1日現在、感染者数は約4万8000人、死者数は約1400人となり、それぞれ州全体の6割弱、7割に達している。観光の名所タイムズスクエアはゴーストタウンと化し、市民の憩いの場セントラルパークには感染者を収容するためのテントが設営され、野戦病院と見紛うような光景が出現している。

だが、市内の感染状況は一様ではない。それを鮮明に描いているのが、市保健精神衛生局がこのほど作成した「感染マップ」(下)だ。市内全域を郵便番号で細かく区切り、郵便番号の地域ごとに、3月31日時点の感染者数を4段階に色分けして表示。色の濃いのが感染者数の多い地域で、色の薄いのが感染者数の少ない地域となっている。地図を俯瞰すると、濃い地域は濃い地域同士で固まり、薄い地域は薄い地域同士で固まっている傾向が見て取れる。

(出典:ニューヨーク市保健精神衛生局)
(出典:ニューヨーク市保健精神衛生局)

色の濃淡は、実は、住民の所得差をほぼ反映している。色の濃い地域、つまり感染者数の多い地域はおしなべて住民の平均年収が低く、逆に色の薄い地域、つまり感染者数の少ない地域は、住民の平均年収が高い。両者は完全に一致しているわけではないが、相関関係は高い。

真っ先に自宅にこもった高所得層

例えば、ブルックリン地区は最も色の濃い地域が非常に多いが、マンハッタン地区に近い場所に、色の薄い一帯が例外的に存在する。パークスロープと呼ばれるエリアで、レンガ造りの街並みが特徴の閑静な住宅街だ。国勢調査によると、2016年の世帯収入の中央値は約13万5000ドル(約1450万円)と非常に高く、職業はホワイトカラーが多い。

一方、同じブルックリン地区でも、最も濃い色に塗られたエリアの1つ、イースト・ニューヨークと呼ばれるエリアは、2016年の世帯収入の中央値が約3万7000ドル(約400万円)。パークスロープの3割にも満たず、貧困率も高い。

ニューヨーク市では、通勤にバスや地下鉄を利用する市民が圧倒的に多いが、年収の高いホワイトカラーは、新型コロナの感染が広がり始めた早い時期に、自宅で仕事をするテレワークに切り替えた人が多い。世帯収入の高い地域で感染者数が少ないのは、それが一因と見られている。

命がけで地下鉄に乗る貧困層

一方、低所得層や貧困層の多くはテレワークが困難なサービス業に従事している上、仕事を休むと即、解雇されるリスクも大きい。密閉・密集・密接の危険を承知で、今も地下鉄を使い通勤し続けているのは、こうした事情がある。ニューヨーク州のクオモ知事は事実上の外出禁止令を出したが、サービス業の多くは、市民生活に不可欠として例外扱いだ。

ニューヨーク・タイムズ紙は、地下鉄で通勤し続ける低所得層や貧困層を取材した記事を掲載し、「地下鉄は今や、安全な自宅に避難できるだけの財力のある人と、最低限の生活を死守するために勇気を振り絞って地下鉄を利用し続けなければならない人たちとの分断を深め、以前にも増してニューヨーク市の不平等の象徴となっている」と報じた。

貧富の格差の問題は、米国の大都市に共通する問題だ。だが、ニューヨーク市は他の主要都市に比べて人口密度が飛び抜けて高く、公共交通機関への依存度も高いため、それだけ感染リスクが大きくなっている。

ニューヨークで新型コロナが猛威を振るっている謎を解明するもう1つのキーワードは、米国の国民病である肥満だ。

CDCが基礎疾患情報を公開

政府の疾病対策センター(CDC)は3月31日、新型コロナ感染患者の基礎疾患情報を初めて公表した。3月28日までに全米各地からCDCに報告された感染情報のうち、基礎疾患情報が詳細に記録されている7162人の患者を分析した。

それによると、1つ以上の基礎疾患が認められた患者は全体の37.6%に当たる2692人。基礎疾患の中で最も多かったのは、糖尿病の784人(10.9%)で、他には慢性肺疾患の656人(9.2%)、心血管疾患の647人(9.0%)が多かった。

一見、それほど多くないようにも見えるが、入院患者に絞ると数字は大きく跳ね上がる。通常の入院をした1037人のうち、糖尿病患者は251人(24%)、慢性肺疾患は152人(15%)、心血管疾患は242人(23%)と、全体に占める割合は1.5倍から2倍に上昇。さらに、集中治療室に入院した重篤な患者457人に限れば、糖尿病が148人(32%)、慢性肺疾患が94人(21%)、心血管疾患が132人(29%)と、割合はさらに高くなる。とりわけ、糖尿病と心血管疾患で顕著だ。

ルイジアナ州当局が一足先に公表した基礎疾患情報でも、似たような傾向が出ている。

肥満と密接な関係

糖尿病も心血管疾患も、肥満が原因となる場合が多い。米国では成人の約4割が肥満で、肥満は国民病とも言われている。また、肥満人口は低所得層、貧困層に偏っており、貧困と肥満は互いに密接な関係だ。つまり、ニューヨーク市の低所得層、貧困層は、新型コロナの感染リスクが高い上に、感染すると重症化する可能性が非常に大きいと言える。

貧困や肥満は黒人やヒスパニックなどマイノリティに多いため、マイノリティが高い比率で新型コロナの重篤患者になっている可能性もある。新型コロナの問題は、奇しくも、唯一の超大国の陰の部分をあぶりだしているのだ。

ジャーナリスト/翻訳家

米コロンビア大学大学院(ジャーナリズムスクール)修士課程修了。日本経済新聞生活情報部記者、同ロサンゼルス支局長などを経て、独立。食の安全、環境問題、マイノリティー、米国の社会問題、働き方を中心に幅広く取材。著書に『アメリカ人はなぜ肥るのか』(日経プレミアシリーズ、韓国語版も出版)、『仕事ができる人はなぜワインにはまるのか』(幻冬舎新書)など。

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