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米国の新型コロナ犠牲者急増は、国民病も一因?

猪瀬聖ジャーナリスト/翻訳家
街中を歩く肥満の若者(米カリフォルニア州、筆者撮影)

新型コロナウイルスが猛威を振るう米国で、犠牲者数が急増している背景の1つに国民病である肥満が関係しているとの見方が出ている。この見方が正しければ、経済繁栄の陰で長年放置されてきた貧富の差の拡大と、それを原因とする肥満の蔓延に有効な手を打ってこなかったツケが回ってきたとも言えそうだ。

「糖尿病、肥満はハイリスク」

新型コロナによる死者数が130人を超え、22日に外出禁止令を出した南部ルイジアナ州は27日、死亡者の基礎疾患情報を公表した。それによると、前日の26日までに新型コロナが原因で死亡した83人のうち、95%の患者に1つ以上の基礎疾患が認められた。最も多かったのは糖尿病で41%、2番目が慢性腎臓病の31%、3番目が肥満の28%だった。肺疾患はわずか18%だった。

肥満は、糖尿病発症の最大の原因で、慢性腎臓病とも密接な関連がある。どの疾病も免疫力の低下を招きやすい。会見した州保健省のアレックス・ビーユー次官補は、「新型コロナの重症化リスクは、高齢者の間で高いことはよく知られているが、今回のデータからわかることは、糖尿病、慢性腎臓病、肥満などの基礎疾患を持つ人も、悪い結果になるリスクが非常に高いということだ」と州民に注意を呼び掛けた。

ニューヨーク州やカリフォルニア州などでも新型コロナによる死者数が急増しているが、これらの州では今のところ、感染者や死亡者の基礎疾患データは公表していない。このため、ルイジアナ州の傾向が米国全体に当てはまるかどうかは不明だが、その可能性は十分にある。

世界トップクラスの肥満大国

第1の根拠は、米疾病対策センター(CDC)が、新型コロナで重症になりやすい人の条件の1つとして、「BMI値40以上の深刻な肥満」や「糖尿病患者」を挙げている点だ。BMIは体重(kg)を身長(m)の2乗で割った肥満指標で、世界保健機関(WHO)はBMI値25以上を「overweight」(太り気味)、30以上を「obesity」(肥満)と定義。40以上は「severe obesity」(深刻な肥満)などと呼ばれる。

第2に、米国は肥満人口が全体の4割を占める、世界1、2位を争う肥満大国であるという点。糖尿病患者数も国民の約1割に達するなど、肥満は国の大きな問題となっている。

新型コロナと肥満との関連を裏付けるデータは米国以外にもある。

メキシコの市民団体は25日、新型コロナが原因で死亡した最初の5人のメキシコ人のうち、4人が糖尿病患者だったと発表した。メキシコは、太り気味と肥満を合わせた人口が全体の70%を超えるなど、米国と並ぶ世界有数の肥満国。2014年には、国民の肥満化に歯止めを掛けるため、糖類を含んだ飲料に課税する世界初の「砂糖税」を導入している。

英国でも関連を裏付けるデータ

一方、英国の集中治療室の監査・調査機関であるICNARCは27日、その前日までに英国各地の集中治療室に運び込まれた新型コロナの感染者775人のうち、672人のBMI値を公表した。内訳は、太り気味が231人(34.4%)、肥満が208人(31.0%)、深刻な肥満が45人(6.7%)となり、72%が肥満あるいは肥満傾向の患者であることがわかった。

ICNARCは患者の「その後」も公表。それによると、BMI値25未満の患者は、33人が一命をとりとめて集中治療室から出ることができ、治療の甲斐なく死亡した24人を大きく上回った。これに対し、太り気味の患者は生還者が28人、死亡したのが20人でBMI値25未満とほぼ同じ割合だったが、肥満以上になると、各18人、28人となり、死亡者数が生還者数を大きく上回って、肥満リスクが浮き彫りとなった。

英国は新型コロナの死者数が1000人を超えているが、やはり世界有数の肥満国でもある。

貧困層で目立つ肥満

米国や英国など先進国の肥満問題は、貧困や格差の問題と密接な関係がある。

米国の肥満率が急上昇し始めたのは1980年代。「小さな政府」を掲げたレーガン大統領が、経済活動の規制緩和を推進すると同時に、福祉関連予算に大ナタを振るった結果だ。

規制緩和のお陰で、安価で糖質をたっぷりと含んだいわゆるジャンクフードの市場が急拡大したが、そのジャンクフードの上客となったのが、自由競争社会から落ちこぼれたり、社会のセーフティーネットを失ったりした低所得層、貧困層だった。(詳しくは拙著『アメリカ人はなぜ肥るのか』を参照してほしい)

米国で「レーガン革命」が進んだころ、英国では、レーガン氏の盟友であり、やはり小さな政府を目指したサッチャー首相による「サッチャー革命」が脚光を浴びたが、同時に、国民の肥満化が進んだ。

米国では2000年代に入ると、政府の医療費が膨張し、国民の平均寿命の伸びが頭打ちとなるなど、肥満問題の影響が徐々に顕在化。食品のカロリー表示を徹底させたり、貧困地域へのファストフード店の出店を規制したりするなど、各自治体で様々な肥満対策が進み始めた。だが、目立った効果は出ていない。

所得階層ごとに住むエリアがはっきりと分かれている米国では、低所得層や貧困層は、住んでいる地域にまともな医療施設が少なく、十分な医療サービスが受けられないという問題もある。今後、各州が新型コロナ感染者の基礎疾患情報を含む詳細な情報を公開していけば、肥満や貧困との関連の有無が、よりはっきりしてくるに違いない。

ジャーナリスト/翻訳家

米コロンビア大学大学院(ジャーナリズムスクール)修士課程修了。日本経済新聞生活情報部記者、同ロサンゼルス支局長などを経て、独立。食の安全、環境問題、マイノリティー、米国の社会問題、働き方を中心に幅広く取材。著書に『アメリカ人はなぜ肥るのか』(日経プレミアシリーズ、韓国語版も出版)、『仕事ができる人はなぜワインにはまるのか』(幻冬舎新書)など。

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