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強い精神力で自ら勝ち取った賜杯は110年ぶりの快挙 尊富士が大相撲春場所に残したのは「記録より記憶」

飯塚さきスポーツライター
初賜杯を八角理事長(写真右)から受け取る尊富士(写真:東京スポーツ/アフロ)

大相撲に、大きな歴史の1ページが刻まれた。前相撲からわずか10場所目の新入幕・尊富士が、強い精神力で賜杯をもぎ取った。入門から10場所での優勝は史上最速、新入幕力士の優勝は実に110年ぶりの快挙と、記録づくめの優勝だ。角界の内外が沸いた。

前に出て攻めた相撲「ここで負けたら意味がない」

十四日目、取組後に右の足首を負傷し、その出場さえも危ぶまれた尊富士。休場しても優勝の可能性は残されており、出場するか否かが注目されていた。しかし、自らの脚で歩いて場所入り。「15日間土俵に上がることが力士としての務めだと思った」「このケガではたいした相撲が取れないんじゃないかと思われると思いましたが、ここで負けたら15日間皆さんが大阪場所に足を運んできた意味がないと思ったので、自分で考えて(土俵に)上がりました」という、強い決意での出場だった。

今場所好調の豪ノ山との対戦は、その強い精神力が現れた一番だった。立ち合いから強く当たって相手を組み止め、右上手を取って一気に寄る。その上手が切れて豪ノ山が踏みとどまるが、そこでも止まらず前に攻め、最後は体が離れて押し倒し!思わず安堵の笑みがこぼれる。休場でも優勝の可能性のあった尊富士が、自らの手で、偉大な優勝を勝ち取った瞬間だった。

心優しい尊富士のインタビューが胸を打つ

数々の記録を打ち立てた尊富士は、土俵下での優勝インタビューで、母や応援してくれる周囲への思いを語った。

「ケガをして、たくさんの方からメールが来たときに、不安なのは自分じゃなくて、皆さんの心だと思ったので、その不安をなくすように、自分を信じて土俵に上がりました」

「(家族へ)おかげさんで、体は大きくはないんですけど、こうやってしっかり幕内の土俵で勝てるように育ててくれたことに感謝しきれないです」

「ファンに応えるような相撲を取りたい。それだけです」

土俵下の優勝インタビューに応じる尊富士(写真:東京スポーツ/アフロ)
土俵下の優勝インタビューに応じる尊富士(写真:東京スポーツ/アフロ)

さらに、印象的だったのはこの言葉。「記録も大事ですけど、皆さんの記憶に一つでも残りたくて必死で頑張りました」。自らの言葉で、真摯に思いを紡いだ尊富士。まさに記憶に残るインタビューであった。真っすぐな心をもつ力士であることは、筆者もインタビューをして知ってはいたが、これからますますファンは増えることだろう。

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今場所を盛り上げた大の里(写真右)とは10日目に対戦し、勝利(写真:毎日新聞社/アフロ)
今場所を盛り上げた大の里(写真右)とは10日目に対戦し、勝利(写真:毎日新聞社/アフロ)

偉業となった優勝に三賞は総なめと、まさに尊富士一色で幕を閉じた今回の春場所。最後まで優勝を争った大の里と共に、大相撲新時代の幕開けを肌で感じる場所だったのではないだろうか。大相撲に新たな歴史を刻み、来場所以降への明るい期待を抱きながら、心地よく「相撲ロス」を味わうことができそうだ。

スポーツライター

1989(平成元)年生まれ、さいたま市出身。早稲田大学国際教養学部卒業。ベースボール・マガジン社に勤務後、2018年に独立。フリーのスポーツライターとして『相撲』(同社)、『大相撲ジャーナル』(アプリスタイル)などで執筆中。2019年ラグビーワールドカップでは、アメリカ代表チーム通訳として1カ月間帯同した。著書『日本で力士になるということ 外国出身力士の魂』、構成・インタビューを担当した横綱・照ノ富士の著書『奈落の底から見上げた明日』が発売中。

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