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「ご両親のためにも横綱に」大相撲初場所で綱取りの大関霧島 陸奥親方に聞く期待と定年退職後の部屋の今後

飯塚さきスポーツライター
現大関・霧島の師匠である、元大関・霧島の陸奥親方(写真:筆者撮影)

大相撲初場所で綱取りに挑み奮闘している大関・霧島。モンゴルから来日した彼をここまで育て上げた師匠の陸奥親方(元大関・霧島)に、これまでの軌跡と愛弟子への期待を伺った。3月には定年退職を迎える同親方に、自身と部屋の今後についても教えていただいた。

霧島入門の決め手は「相撲センスと素直さ」

――現在、綱取りで奮闘する霧島関は、2014年7月に来日し、陸奥部屋の門をたたきました。入門当時を振り返って、当時の印象はいかがでしたか。

「モンゴルから4人、体験入門に来たんです。霧島より若い子も背の高い子もいましたし、みんな素人なのに1時間以上積極的に稽古に励んで、全員いいなと思いました。そのなかでも霧島を入れたのは、相撲センスが光っていたのと、一番は素直さかな。素直だから、何を教えても身についてできるようになった。どの弟子にも同じように指導していますし、5年、10年経っても同じことを言っていますが、やるかどうかは本人次第。その点で彼は素直でした。入ってすぐ、後援会の人たちも『黙っていてもすぐ三役に行くでしょう』と話していたくらい。本人も、入るときに『横綱になります』と言ったので、私も教え甲斐がありました。新十両になっても新入幕になっても、『おまえが行きたい地位はここじゃないんだろう』と言い続けてきましたが、まさかここまで来るとはね。もちろん、自分よりもっともっと相撲センスはいいし、素直だから、自分より上には行くかなと思っています」

――今場所は綱取りということで、親方からどんなアドバイスをされましたか。

「いままで教えてきたこと、やってきた稽古を出せば勝てると話してきました。本人も、先場所は『相手のほうが緊張していました』なんて言う余裕もあったし、やってきたことしか出せないということも自分でよくわかっていますよ」

「上に行けば行くほど天狗にならず謙虚に」

――先場所の優勝後、ご本人に土俵で緊張しない秘訣を聞いたら「稽古している自信をもっているから」と話されていました。こういった精神面の成長をどうご覧になっていますか。

「みんなより稽古したら勝てるし、実際やっているんだから、自信をもってと話しています。ま、昔の人の稽古量に比べたら全然だけどね(笑)。トレーニングだって、毎日行ったらいいんだよと言ったら、どうやら私の見ていないところで行っているみたいで。そうじゃないと自信もつかないでしょうしね。上に行けば行くほど謙虚にならなきゃいけない。天狗になって当たり前ですから。謙虚でいて、みんなに好かれるお相撲さんになってほしいと思って、礼儀作法は下のときからうるさく言ってきました。もう帰れなんて言ったこともあるし、泣きながらもう辞めますとおかみに言ってきたこともあるらしいけど、いま考えたら辞めなくてよかったんじゃない(笑)」

――そうだったんですね。大関になったいまも、自ら進んで稽古しているとお聞きしています。

「稽古しかないんですよ。いまの理事長(八角親方、元横綱・北勝海)を見ていたときも、ここまでやらないと横綱にはなれないんだと思いましたから。自分より上の関取がいる部屋のほうが稽古にはなるから、いなければ出稽古に行かないといけない。その点で、霧島は稽古相手がいないからかわいそうなんです。だから場所中もしっかり鉄砲や運動はやっています」

――そんな霧島関のここまでのご活躍を、親方はどうご覧になっていますか。

「一番喜んでいるのはご両親でしょう。どの弟子にも親孝行の話はしますが、特に霧島はご両親を楽にさせてあげたいと最初から言っていました。もうひとつ上の番付に行けば、ご両親も泣いて喜んでくれると思うので、そちらのほうがうれしいですね。先日お母さんに『なんでうちの子を選んだんですか』というのも聞かれましたし、一番素直だからという話もしました」

――そうでしたか。序盤戦、ここまで星を重ねてきていますが、親方から見ていかがでしょうか。そしてこれからの期待は。

「本調子でないなかで、よく頑張っているなと思っています。綱取りは甘くはないと思うけど、たいしたもんですよ。私としては、自分が取っているほうが楽で、見ているほうが緊張します。自分の師匠も、昔インタビューで『喜びは一瞬で、心配が先に出る』と話していたんですが、それがよくわかりましたね。霧島が優勝したときも大関に上がったときも、うれしさは一瞬。もう来場所や明日のことを考えてしまいます。本人もそうだと思うけど、勝って花道を下がり、支度部屋を出るときにはもう明日のことを考えていて、いつまでも喜んでいる場合じゃない。千秋楽が終わってホッとできれば、それでいいんじゃないですか」

親方の定年後は部屋が消滅 弟子は「希望の部屋へ移籍」

――親方は3月で定年退職ということで、これまでの相撲人生を振り返っていかがですか。

「まだなっていないので実感は湧かないんですけどね。これまではあっという間でしたが、師匠として弟子を育てるなかで、いいことより大変だったことのほうが頭に残っているかな」

――定年後のご予定は決まっていますか。

「いえ、まだです。再雇用制度で協会に残るかもしれませんし、ちょっとゆっくりしたい気持ちもあります。外から見て初めてわかることもあるでしょうから、それは辞めてからの楽しみかもしれませんね。辞めたら相撲見に来るのかなあ(笑)。定年後は気持ちが切れるのか、どうなのか。なってみないとわからないですね」

――部屋付きの音羽山親方(元横綱・鶴竜)は独立して部屋を興されました。陸奥部屋と所属力士たちはこれからどうなるんでしょうか。

「部屋はもうなくなります。霧島をはじめ、力士はみんなほかの部屋へ移籍することになると思うんですが、どこに行きたいか、まだみんなに聞いていないので、場所後に行きたい部屋を聞きます。なので、全員バラバラになるかもしれません」

――ということは、全員一緒ではなく、個々で行きたい部屋に移籍するのですね。

「もちろん。全員ここへ行けとなったら、行きたくない子がいるかもわからないので、一人一人の希望を聞いて、その部屋へ私が頭を下げてお願いしに行きます」

――貴重な情報をありがとうございます。皆さんにとってよい結果になることを願っています。

スポーツライター

1989(平成元)年生まれ、さいたま市出身。早稲田大学国際教養学部卒業。ベースボール・マガジン社に勤務後、2018年に独立。フリーのスポーツライターとして『相撲』(同社)、『大相撲ジャーナル』(アプリスタイル)などで執筆中。2019年ラグビーワールドカップでは、アメリカ代表チーム通訳として1カ月間帯同した。著書『日本で力士になるということ 外国出身力士の魂』、構成・インタビューを担当した横綱・照ノ富士の著書『奈落の底から見上げた明日』が発売中。

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