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全休明けカド番耐え、大関・貴景勝が若き熱海富士を決定戦で退け4度目V 大混戦の大相撲秋場所振り返る

飯塚さきスポーツライター
4度目の賜杯を抱く貴景勝(写真:日刊スポーツ/アフロ)

大混戦の大相撲秋場所。すべての取組が終わったとき、筆者は静かに涙していた。豊昇龍が初優勝した名古屋での激しい感涙とは対照的な、秋の夜長のような静寂の涙だった。

5人の力士が優勝争いに絡む展開

単独トップで走る21歳の熱海富士は、元大関である実力者・朝乃山の出足を止めることができなかった。胸を合わせ、力強く相手を寄り切った朝乃山は、さすがとしか言いようのない強さを見せつけた。

熱海富士が敗れたことで、ほかの4敗の4力士にも優勝のチャンスが生まれた。北青鵬は勝ち越しをかけた新大関の豊昇龍と対戦、貴景勝と大栄翔は直接対決、そして高安は結びで霧島との一番。優勝がかかる取組の多い、贅沢な千秋楽である。

北青鵬は、豊昇龍のうまさと気迫に無念の黒星。新大関は、右の掛け投げから左の渡し込みと、うまさと運動神経のよさを存分に見せつけた素晴らしい相撲でカド番を回避した。結びで大関・霧島に向かっていったのは高安。だが、霧島が落ち着いてさばき、前に圧力をかけてからの引き落としが決まった。高安はまたしても賜杯を逃したが、霧島が大関らしい相撲で結びを締めくくった。

貴景勝は、同じ突き押しの大栄翔に番付の違いを見せつけた。互いに突き合う激しい展開になったが、高い集中力で大栄翔を土俵外へ送り出す。さすが大関。全力を出し切って決定戦へ望みをつないだ。

貴景勝と熱海富士が優勝決定戦

貴景勝と熱海富士による優勝決定戦。2日前の本割では貴景勝に軍配が上がっているが、体力は若い熱海富士が有利ともいえ、どちらが勝ってもおかしくないと思われた。

しかし、勝負は一瞬だった。立ち合いで貴景勝が左に動き、まっすぐ向かっていった熱海富士を引き落としで退けたのだ。花道を下がる熱海富士には、いまにも泣き出しそうな悔しい表情が浮かぶ。一方土俵上では、プレッシャーをはねのけ、最高位の番付としての責務を果たした貴景勝が、堂々の姿で勝ち名乗りを受ける――。思わず、一滴の涙が静かに筆者の頬を伝った。

史上4度目となる11勝4敗での優勝。勝ち星が少ないとはいえ、最後に大関が場所を締めてくれたことは、よい結果だったといえよう。「右差しを徹底して封じようと思っていったので、ああいう形で決まるとは思っていませんでした」と、土俵下の優勝インタビューで語った貴景勝。「素晴らしい若い力士たちが上がってきていて、自分も初心に戻って頑張りたい。強くなる力士の壁になりたい」とも話し、あらためてその信念の強さに感銘を受けた。九州場所の綱取りはまだわからないが、「夢の横綱に向かって」、今後も自身の相撲道を邁進していくであろう志高き大関から、来場所も目が離せない。

十両優勝の一山本と躍進の新十両・大の里

十両の土俵では、一山本が勝ち越しをかけた大奄美と対戦。立ち合いから休むことなく前へ前へ攻めて押し出しで制し、13勝2敗と星を伸ばした。十両最後の一番に臨んだ大の里は、その一山本を追いかける形になったが、筆頭で勝ち越しをかけた狼雅が立ち合いから踏み込んで圧力をかけ、すくい投げで勝利。大の里は3敗に後退し、この時点で一山本の十両優勝が決定した。

最後まで素晴らしい相撲で優勝を決めた一山本はもちろん、新十両ながら優勝争いに絡んだ大器・大の里の今後の活躍にも注目だ。その大の里を下して勝ち越しを決めた狼雅も、来場所は新入幕が濃厚。若い力が角界を支える。

最後までわからない展開となった秋場所。個人的に書き留めておきたいのは、膝のケガで休場が続いている若隆景の不在が非常に寂しかったこと。しかし、完治してまた番付を駆け上がり、上位の土俵を沸かせてくれることを信じている。そして、これからも多くの力士の活躍を楽しみに、秋の取材も精力的に行いたいと思う。

スポーツライター

1989(平成元)年生まれ、さいたま市出身。早稲田大学国際教養学部卒業。ベースボール・マガジン社に勤務後、2018年に独立。フリーのスポーツライターとして『相撲』(同社)、『大相撲ジャーナル』(アプリスタイル)などで執筆中。2019年ラグビーワールドカップでは、アメリカ代表チーム通訳として1カ月間帯同した。著書『日本で力士になるということ 外国出身力士の魂』、構成・インタビューを担当した横綱・照ノ富士の著書『奈落の底から見上げた明日』が発売中。

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