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「強さを勘違いしてはいけない」鶴竜親方が思う、横綱として、人としての「品格」とは

飯塚さきスポーツライター
インタビューに応えていただいた元横綱・鶴竜親方(写真:日本相撲協会提供)

大相撲の第71代横綱・鶴竜。モンゴルから手紙を出して井筒部屋に入門し、細身ながら最高位の横綱にまで上り詰めた。現在は部屋付きの親方として後進の指導に当たる日々。聡明な人格者としても知られており、角界内外の多くの人に慕われている。そんな鶴竜親方が、6月3日に両国国技館で断髪式を行う。土俵人生の大きな区切りを前に、現役時代の思い出や親方として描くよりよい角界を目指すための構想など、幅広いテーマで話を伺った。本稿では、親方が思う「横綱の品格」や、親方としての今後の展望について尋ねた。横綱として、力士として、人としての強さとは何か。そしてどう振る舞うべきなのか。心がけて大切にしてきたことは。心優しい親方が紡ぐ言葉に胸打たれる。

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強く優しく、そしておごらず

――鶴竜親方は、2014年の春場所で初優勝し、横綱に昇進されました。断髪式を前にあらためてお聞きしますが、親方が思う「横綱の品格」とはどういうものですか。

「入門した頃から先代(15代井筒親方、元関脇・逆鉾)に教えられていたのは、『土俵に入ったら鬼になって、土俵を降りたら笑顔でいなさい』ということ。その気持ちでずっとやってきたし、横綱の品格もそういうことかなと思っています。ただ、品格自体は自分で評価するものではなく、周りの人が見て決めることだと思うんです。その人が生まれもったものも大きいでしょう。周りが抱く理想とその人の性格や気質が違っていて、それが出てしまうと『品格がなってない』なんて言われてしまうのかなと思うので、難しい問題です」

――現役の頃にご自身で大事にしてきたのはどんなことですか。

「力士は自分より強い相手(上位)に向かっていくものなので、先代もよく『土俵を降りたら、下位の力士には優しくしなさい』と言っていました。それをずっと心がけて、自然とやってきましたね。横綱になったからって、自分は強いんだ!って肩で風切って歩くんじゃなくて、おだてられればおだてられるほど逆に頭を下げる。そういう心がけでいました」

――やはり、ご自身でも横綱に上がってから周囲の見方が変わってきたという実感があったのでしょうか。

「それはもちろんありました。普段の姿勢や態度、人との接し方など、すべてにおいて品格があるかどうか見られるんじゃないかなと思います。自分が思うのは、強さは一時のものだということ。いまはもう引退しているように、いつか強さには終わりが来るわけです。それなのに、自分は強いんだと見せるのはどうなのかなと思うし、いくら長い相撲の歴史のなかで横綱は何十人しかいないといっても、まるで自分が偉くなったように感じたり振る舞ったりするのはちょっと違うのかなって、僕は思いますね」

横綱になっても決して偉ぶらなかった鶴竜。写真は2015年秋場所、横綱での初優勝(写真:日刊スポーツ/アフロ)
横綱になっても決して偉ぶらなかった鶴竜。写真は2015年秋場所、横綱での初優勝(写真:日刊スポーツ/アフロ)

心に残った、ドラマでのいかりや長介さんの言葉

「先日たまたま、いかりや長介さん(「ザ・ドリフターズ」のリーダー、俳優、2004年死去)が出ているドラマのなかに、すごく納得というか共感した言葉があったので、ちょっと紹介させてください」

“強くなることはないです。弱い自分に苦しむことが大事なことなんです。人間はもともと弱い生きものなんです。それなのに心の苦しみから逃れようとして強くなろうとする。強くなるということは、鈍くなるということなんです。痛みに鈍感になっていくことです。自分の痛みに鈍感になると人の痛みにも鈍感になる。自分が強いと錯覚した人間は他人を攻撃する。痛みに鈍感になり優しさを失う。いいんですよ、弱いまんまで。自分の弱さと向き合い、それを大事になさい。人間は弱いままでいいんです、いつまでも…”(テレビドラマ「聖者の行進」〈脚本:野島伸司〉のなかでいかりやさん演じる弁護士が語るセリフ)

「これを聞いて、わあー、本当にそうだなと思って。人間はもともと弱いものなんだけど、自分が強くなったと感じるっていうことは、人の痛みがわからないとか、そういうひずみを生むということ。実際は痛いのに、意地を張るというか我慢するというか、そうすることによって本当に痛みに鈍感になってしまう」

――とても深い言葉。まさにその通りなんでしょうね。

「角界でも、出世が早い人は下積みの経験がないからそのつらさがわからないとか、ケガのつらさはケガした人にしかわからないとか、いろいろありますね。そういうのが全部、品格というものにつながっていくのかなと思うんです。強いだけじゃダメなんだよ、強さは一時のことなんだよ、それで勘違いしちゃいけないんだよと言いたい。それに、ひとくちに『品格』と言ったって、人それぞれに違う考え方があって、みんなが自分が正しいと思うことをやっているわけだから、それを尊重してあげてほしいね」

「部屋をもって、看板背負える力士を育てる」それが恩返し

――現在は陸奥部屋の部屋付き親方として指導されていますが、親方の今後の展望は。

「最終的にはやっぱり自分の部屋をもちたい、もたないといけないと思います。いい力士を育てて、協会の看板を背負って立てるような力士を出すのが次の目標です。相撲と出会ったおかげでここまで来られたわけですから、いい力士を育て上げることが相撲と協会への恩返しになると思っています」

先代の井筒親方(前列左から2番目)の教えに、自分なりのオリジナリティーをもたせた指導を目指す(写真:日刊スポーツ/アフロ)
先代の井筒親方(前列左から2番目)の教えに、自分なりのオリジナリティーをもたせた指導を目指す(写真:日刊スポーツ/アフロ)

――部屋をもったら、どんな指導者になっていきたいですか。

「常に時代と、一人一人に合った指導をしていきたいと思います。相撲では、みんなで同じ稽古をすることが多くて、基礎・基本はそれでいいと思うんですが、みんな体つきやもって生まれたものが違いますから。それぞれに合った運動ややり方を模索して、工夫しながらやっていきたい。押し付けるんではなくて、多様性と柔軟性をもって、いろんな方法でやっていけるようにしたいなと思いますね」

――やはり指導者としての一つのお手本は先代ですか。

「はい、そこに自分のオリジナリティーを入れてやっていきたいです。昔の指導方法は、けっこう『俺がやれって言っているんだからやれ』みたいなところがありました。でもいまは、ただやれと言うのではなく、なぜやるのかを、嚙み砕いて説明してあげることが大事かなと思います」

――たしかにいまの子たちには、理由づけと説明が大切になりそうですね。

「そう、いまの子は特に、理由をつけて説明してあげると、みんなやるんですよ。だから、ちゃんと説明するのが大事。でも、師匠は指導者でありながら、常に一緒に生活していくので親代わりにもなるわけですから、そういう人間らしさも崩さないでやっていきたいなと思います」

【この記事は、Yahoo!ニュース個人の企画支援記事です。オーサーが発案した企画について、編集部が一定の基準に基づく審査の上、取材費などを負担しているものです。この活動は個人の発信者をサポート・応援する目的で行っています。】

スポーツライター

1989(平成元)年生まれ、さいたま市出身。早稲田大学国際教養学部卒業。ベースボール・マガジン社に勤務後、2018年に独立。フリーのスポーツライターとして『相撲』(同社)、『大相撲ジャーナル』(アプリスタイル)などで執筆中。2019年ラグビーワールドカップでは、アメリカ代表チーム通訳として1カ月間帯同した。著書『日本で力士になるということ 外国出身力士の魂』、構成・インタビューを担当した横綱・照ノ富士の著書『奈落の底から見上げた明日』が発売中。

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