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高安との素晴らしい決定戦を制した若隆景が優勝インタビューで語った真っすぐな言葉

飯塚さきスポーツライター
写真:毎日新聞社/アフロ

2022年春場所は、大相撲史に残る場所だったといえるだろう。こんなにも魅せられる場所を生きて見届けられたことに、大きな感動さえ覚える。昨夜は多くの相撲ファンが同様の思いだったに違いない。

若隆景と高安が演じた素晴らしい決定戦

大混戦の末に迎えた千秋楽。主役は2敗でトップの若隆景と高安だ。どちらが勝っても初優勝。しかし、本割では高安が阿炎に、若隆景が正代に敗れ、勝負の行方は決定戦にまで持ち越されることとなった。3敗で追いかけていた琴ノ若も、豊昇龍に敗れて優勝争いから脱落していたため、忸怩たる思いをしたことだろう。

会場のボルテージが最高潮に達するなか、迎えた優勝決定戦。昨年5月場所の照ノ富士と貴景勝以来の決定戦だ。仕切りの間も肩に力が入ってしまう。時間いっぱいになると、会場は大きな拍手で包まれた。満員御礼の垂れ幕がはためくなか、両者が向かい合う。静寂が流れる緊張の一瞬。

立ち合い。若隆景が高安の胸に頭で当たる。若隆景は得意のおっつけを繰り出すが、左下手を取った高安が出し投げを試みる。一度離れ、若隆景が少しはたいたところを、高安が果敢に攻める。若隆景は土俵際。このまま高安が押し切ってしまうかと思われた。しかし、なんと右ひざを曲げて驚異の粘りを見せる若隆景。高安が思わず前に転がり、俵を伝って残した若隆景が、見事逆転で勝利!若隆景が初優勝を決めた。

攻防ある見応えたっぷりな一番に、館内は割れんばかりの拍手で包まれた。勝った若隆景だけではなく、力を出し切ってこの素晴らしい一番を演じた高安に対しても贈られた拍手だ。どちらが勝ってもうれしい一番だったが、見事な内容で見る者を魅了した両者に、本当に感謝の気持ちしかない。取組後もしばらく放心状態で余韻に浸っているのは、筆者だけではなかったはずである。

故郷・福島へ勇気を届けた若隆景の初優勝

こうして、自身初の賜杯を手にした若隆景。新関脇の優勝は、1936年夏場所の双葉山以来、86年ぶり3人目。福島県出身力士の優勝は、1972年初場所の栃東以来、50年ぶり3回目といった記録付きだ。

取組後の優勝インタビュー。淡々と受け答えしながらも、非常に温かみを感じられるもので、「一生懸命相撲を取ろうと思いました」という真っすぐな言葉と、時折見せる笑顔がとても印象的だった。

震災から11年。故郷・福島の人々へ勇気を届けた功績は大きい。「自分が土俵でできることを精一杯やって、いい姿を届けたい」と、インタビューの最後で語った。

こうして、また一つ大盛況の本場所が終了した。最後まで優勝を争った高安と、2場所連続の敢闘賞を受賞した琴ノ若にも、来場所以降またチャンスが巡ってきてほしいと心から思う。また、優勝争いには絡まなかったものの、新関脇・新小結で勝ち越した阿炎・豊昇龍、二桁勝利を挙げた霧馬山など、楽しみな力士たちの活躍も目立った。そして、なんといっても驚異の追い上げで最後に土俵をかき回した大関・正代。序盤はどうなることかと思わされたが、あらためてその強さを見せつけ、大関の地位を守った。振り返ればきりがないが、見どころの多い場所だったと思う。

来場所は、横綱・照ノ富士が戻ってきてくれることにも期待しつつ、いまはまだ今場所の余韻に浸っていたい。

スポーツライター

1989(平成元)年生まれ、さいたま市出身。早稲田大学国際教養学部卒業。ベースボール・マガジン社に勤務後、2018年に独立。フリーのスポーツライターとして『相撲』(同社)、『大相撲ジャーナル』(アプリスタイル)などで執筆中。2019年ラグビーワールドカップでは、アメリカ代表チーム通訳として1カ月間帯同した。著書『日本で力士になるということ 外国出身力士の魂』、構成・インタビューを担当した横綱・照ノ富士の著書『奈落の底から見上げた明日』が発売中。

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