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「雑魚寝の大部屋だから燃える」元大関・豪栄道の武隈親方が語る相撲部屋の本質

飯塚さきスポーツライター
写真:日刊スポーツ/アフロ

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武隈部屋が始動 相撲で魅せる力士を育てたい

――2月1日付で境川部屋から独立し、武隈部屋を興されました。どんな指導を目指していますか。

「自分は小学1年生から相撲を始めたので、相撲歴でいうと25年以上です。いろんな環境でやってきましたから、自分なりに、こうしたら必ず強くなれるっていうのがあります。それを弟子に伝えて、結果を残してもらえれば、その指導がよかったと思えます。いまのところ、指導で失敗することは考えていないんで、自信をもって教えたいです。いろいろ苦労もあるけど、苦労を苦労と思わずに、自分が選んだ道を前向きに進んでいきたいと思います」

――これから、どんな部屋にしていきたいですか。

「理想は、横綱・大関を育てること。親方像でいうと、弟子から頼られる親方、ぶれない人間になりたいので、力士を守ってあげられる親方になりたいですね。あと、土俵上でのパフォーマンスは要らないと思っていて、力士として、相撲で魅せるというか、そのあたりは弟子に伝えていきたいですね」

――先場所幕下優勝を果たした西川さんをはじめ、昨年の全日本選手権で準優勝し、三段目100枚目格付け出しの資格を得て入門する神崎大河さんなど、有望株がそろっています。

「4人の弟子と共に、大阪場所からのスタートです。4人全員に期待しています。来場所、西川がいい位置に行くので、1人関取に上がれば、みんなも刺激になると思います。今度入ってくる神崎も、順調に育っていけば、いい力士になるでしょう。あとは、本人たちの努力もあるので、そこは自分がやる気を引き出して、いいほうに導いてあげたいと思っています」

成長にはライバルの存在が重要

――全員で切磋琢磨していける部屋になるといいですね。

「関取の生活や待遇を目の当たりにすれば、“自分も早く上がらなきゃ”っていう相乗効果が生まれます。自分が感じたことですが、ライバルがいると強くなるんですよ。同等ぐらいの人間が、例えば関取、三役、大関、横綱に上がった姿を見たら、それが一番の原動力になる。そうすると、誰に言われなくても、自分から進んで稽古するようになるし、いろんなことを考えるようになるので、そういう環境をつくるのが理想ですね。昨日まで大部屋で一緒に雑魚寝していた人間が、関取に上がったら個室を持って、雑用なしで自分の時間をもってゆっくりしている。それを見たら燃えるし、そこで燃えないとダメなんです。それが、相撲部屋のいいところ。この伝統があるから、みんな強くなりたいと思うわけで、全員が同じように個室で生活していたら、そんな気持ちにならないかもしれません。時代が変わって、プライバシーを守るために、全員に個室があったほうがいいかなと考えることもあります。でも、そういう伝統があるからいままで相撲界が成り立ってきたと思うので、新しいものに挑戦しながら、善きものを残していきたいと思います」

――かつての豪栄道関も、そういう悔しい思いをして大関にまで上がったんですね。

「そうです。自分は同部屋で同期の豊響を意識して、負けたくない一心で稽古していました。新十両は自分のほうが早かったけど、新入幕は豊響が早くて。三賞も、同じく同期の栃煌山が取って、次に豊響が取って、自分は最後だったんです。関脇に上がったときは、ケガから復帰した同い年の妙義龍に、一気に抜かれました。妙義龍が東の関脇、自分は西の関脇。自分のほうが入門も出世も全部早かったのに、悔しくて。そのときに、負けじ魂みたいなものが出て、それがあったから大関に上がれました。あのまま、三役で周りにちやほやされていたら、そこまで自分を戒め、追い詰めることはできなかったと思います。やっぱりライバルの存在ってすごくありがたいものなので、部屋のなかでもそういう環境をつくりたいんです」

お話を伺った武隈親方(写真:筆者撮影)
お話を伺った武隈親方(写真:筆者撮影)

元大関が語る、横綱と大関の違いと現大関へのエール

――大関と横綱の違いは、どういうところにあるとお考えですか。

「大関が一番、横綱に近い番付なので、横綱に上がる難しさは人一倍知っているつもりです。まず、横綱に上がる人には運があります。実力ももちろんですが、運があるんです。皆さん横綱に上がるべくして上がってると思います。あと、無我夢中でやったら横綱になったというのではなく、横綱になりたい、なりたいと、ずーっと思い詰めてる人がなっています。運ももちろん味方につけているけども、普段からそういう気持ちで何事にも取り組んでいたと思うんです。絶対に横綱に上がる。俺は、横綱に上がらなきゃいけない。そういう信念をもっていたから、運も巡ってきたんでしょう。自分が体験したのは、優勝した後、綱取りで迎えた場所で、そこまで“絶対に横綱に上がってやる”という気持ちにならなかったこと。逆に、これまでカド番を繰り返してきたのに、いきなり綱取りなんておこがましい。そんな変な遠慮の気持ちがありました。そんなことを考えていたからダメやった。自分しか横綱に上がる人間はいないと、それぐらいのメンタルの持ち主でないと、なれないんです」

――今回、貴景勝、正代に加えて、御嶽海が大関陣に加わりました。

「御嶽海も、今回大関に絶対上がるっていう気持ちだったはずです。はるか昔に大関候補といわれたのに、自分より目立たなかった存在たちに後から抜かれて、胸に思うものがあったと思うんですよね。だから、これからもそういう気持ちで取り組んでいってほしい。出羽海一門からは、しばらく横綱が出ていないので、見たいですね、出羽海の横綱」

――元大関から、現大関陣へのメッセージはありますか。

「正代と貴景勝は、来場所カド番です。みんな優勝経験があって、力はあるんだから、なんとか乗り越えてほしい。しっかりケアして、ケガさえ治せば、また優勝や横綱に上がるチャンスはあると思うんです。この1年で横綱に上がるんだっていう気持ちでいてほしい。下からは豊昇龍とかが上がってくると思いますから、いましかないっていう気持ちで毎場所臨んでほしいですね。俺みたいに、のんびりしてちゃダメなんだよ(笑)。指導者としては、たとえこうしてほかの部屋の力士だとしても、強くなってスターになれば、相撲界全体、日本全国が盛り上がるので、大きな視野をもって取り組んでいきたいですね」

プロフィール

武隈豪太郎(たけくま・ごうたろう)

1986年4月6日生まれ、大阪府寝屋川市出身。元大関・豪栄道。本名は澤井豪太郎。名門・埼玉栄高校を経て、2005年に境川部屋に入門し、1月場所で初土俵を踏む。翌年11月場所で新十両昇進を果たすと、さらに07年9月場所には新入幕。14年、3月場所と7月場所で12勝3敗の好成績を残し、9月場所で大関に昇進。2年後の16年9月場所では、自身初となる15戦全勝優勝を果たした。20年1月場所で惜しまれながら引退し、年寄「武隈」を襲名。今年2月1日付で境川部屋から独立し、武隈部屋を興した。

スポーツライター

1989(平成元)年生まれ、さいたま市出身。早稲田大学国際教養学部卒業。ベースボール・マガジン社に勤務後、2018年に独立。フリーのスポーツライターとして『相撲』(同社)、『大相撲ジャーナル』(アプリスタイル)などで執筆中。2019年ラグビーワールドカップでは、アメリカ代表チーム通訳として1カ月間帯同した。著書『日本で力士になるということ 外国出身力士の魂』、構成・インタビューを担当した横綱・照ノ富士の著書『奈落の底から見上げた明日』が発売中。

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