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勝負の明暗分ける「土俵際」の神秘──ドラマ生まれる“ガチンコ”の攻防を読み解く

飯塚さきスポーツライター
大関・正代(写真右)に「勇み足」で敗れた隠岐の海(写真:日刊スポーツ/アフロ)

場所の序盤は全体的に動きの硬かった力士たちも、日を追うごとに本来の力を発揮しており、まさにコロナを吹き飛ばす勢いの見応えある取組が多くなった。

勝負の分かれ目を占うポイントの一つが「土俵際」である。土俵を作る呼出したちに話を聞くと、稽古場はなるべくケガを減らすために俵をしっかり土に埋め込むが、本場所では勝負の見応えを出すために、故意に俵を高くして作るのだという。土俵際でしっかり残れると、それだけ勝敗がつきにくくなるため、白熱した取組が増えるというわけだ。

今回は、そんな土俵際の攻防にスポットを当てて、直近の取組を振り返ってみよう。

明暗分ける土俵際の一瞬

十一日目の結びの一番。大関・正代と、5枚目の隠岐の海が対戦した。立ち合いから正代が左を差して一気に出るも、隠岐の海が土俵際で突き落とし、両者共に土俵下へ転落。物言いがついた。

下がりながら突き落としている隠岐の海も、正代と同じく体はない。しかし、隠岐の海の左足には、彼の「最後まで土俵を割らない」気持ちが表れていた。

協議の結果は、同体取り直し。次の一番は、逆に隠岐の海が右上手を取り、すくい投げに行こうとする正代に寄っていって寄り倒した。隠岐の海に軍配が上がり、起き上がる正代も暗い表情を浮かべる。

――しかし、ここで再び物言いがついた。スローモーションで確認すると、寄っていった隠岐の海の右足が、正代より先に出てしまっていたのだ。勝負結果は「勇み足」。これで、大関・正代が星を拾う結果となった。

限界まで諦めなかった最初の一番と、勢い余って蛇の目を払った取り直しの一番。どちらも、明暗を分けたのは「土俵際」での一瞬だった。

力士の稽古量や精神力をも映し出す土俵際の神秘

十二日目に注目されたのは、正代と同じく2敗で先頭を走る大栄翔と、それを3敗で追いかける明生との一番。互いに頭と頭でぶつかり合い、大栄翔が得意の突き押しを繰り出す。と思いきや、土俵中央でふわっと引く動きを見せた。すかさず明生がいなし、横についてまわしをつかむと、一気に攻めて押し込む。しかし、最後は大栄翔が体をかわし、華麗に俵の上を伝いながらの突き落とし。物言いもついたが、スローで確認しても、大栄翔がしっかりと土俵の中に残しており、軍配通り大栄翔の勝ちとなった。

絶体絶命と思われた大栄翔が、体を開いて後ろに一歩二歩と俵を歩いたその様子は、実に見事であった。今場所の調子の良さに加えて、日々の稽古がどれだけ充実しているか、その稽古量を物語る足裁きと相撲勘の良さ。一方、内容は圧倒的に明生のものだった。彼もまた、相当な稽古量をこなしていることを見せつける鋭い動きで、最後も倒れながらしっかりと大栄翔の足の行方を追っているように見えた。

こうした、力士たちの卓越した技術や想像を絶する稽古量、さらに「ガチンコ」ならではの強い精神力をはっきりと映し出すのが、土俵際の攻防の神秘である。そこには、力士たちのあらゆるすごさが詰まっているといっても過言ではないだろう。

初場所も、残すところあと3日。ここからいくつのドラマが土俵際で生まれるだろうか。ぜひ着目してご覧いただきたい。

スポーツライター

1989(平成元)年生まれ、さいたま市出身。早稲田大学国際教養学部卒業。ベースボール・マガジン社に勤務後、2018年に独立。フリーのスポーツライターとして『相撲』(同社)、『大相撲ジャーナル』(アプリスタイル)などで執筆中。2019年ラグビーワールドカップでは、アメリカ代表チーム通訳として1カ月間帯同した。著書『日本で力士になるということ 外国出身力士の魂』、構成・インタビューを担当した横綱・照ノ富士の著書『奈落の底から見上げた明日』が発売中。

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