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初優勝した正代が花道の奥で「涙腺崩壊」。涙なしには見られない感動の千秋楽を振り返る

飯塚さきスポーツライター
写真:日刊スポーツ/アフロ

正代の初優勝に日本中が涙

誰もが固唾をのんで見守る、緊張の一番だった。2敗でトップを走る関脇の正代は、勝てば優勝。対する新入幕の翔猿は、勝てば優勝決定戦に望みをつなぐ。

立ち合い。緊張からか、両者ともに若干の体の硬さが見受けられる。しかし、果敢に関脇の胸に向かっていく翔猿と、それを真っ向から迎え撃つ正代。今場所は特に鋭い出足を見せていた正代に対し、なんと翔猿が突き押して土俵際まで攻め込む。しかし、簡単には土俵を割らない正代。相手が少し引いたところを、すかさず前へ出ていく。翔猿が右から正代の肩をいなし、そこを攻め込んでいくが、最後は足がついていかなかった。正代が土俵際で回り込みながら、逆転の突き落とし。正代自身の初優勝と、熊本県出身力士初となる優勝が、まさに決まった瞬間であった。

取組直後の土俵下では、どちらかというと落ち着いているように見えた正代だったが、花道に下がり、付け人の津志田とグータッチをするや否や、あふれる涙をこらえ切れなかった。津志田の体に腕を回しながら、タオルで熱い目頭を拭う姿に、心動かされた視聴者は多かっただろう。

こうして、大相撲秋場所は、多くの力士が優勝争いに絡む混戦の末、正代の初優勝で幕を閉じた。

翔猿・貴景勝にも労いの意を

正代は、優勝決定直後に臨時理事会招集の要請が出されたことで、大関への昇進が確実とされている。先場所は11勝4敗で敢闘賞を受賞、そして今回の優勝により、文句なしといったところだろう(直近3場所で33勝という基準が最近よく言われるが、ここではその話は置いて、また別の機会に譲るとする)。正代ファンは、優勝と大関昇進、ダブルの歓喜で今場所の余韻を楽しんでいるに違いない。

一方で、最後まで優勝争いを演じた翔猿にも、心から労いの意を示したい。千秋楽は、とにかく本割で勝つために、立ち合い変化といった作戦も考えられただろう。関脇に胸を借りる新入幕という立場でそれをしたとして、咎める人は多くはない。にもかかわらず、彼はまっすぐに、真正面からぶつかっていく選択をした。その事実だけでも胸を打つのに、さらに果敢に攻め込んで、格上の相手を翻弄する素晴らしい相撲内容を見せたのだ。その闘志と身体能力の高さは、敬服の念に堪えない。そして、あの悔しそうな表情である。新入幕ながら、これからの活躍を大いに期待させる力士が現れた。

また、結びの一番で朝乃山を破った大関・貴景勝も、最後まで復活優勝にかける闘志を燃やし、彼らしく低いどっしりとした相撲を取り続けてくれた。もし、前の相撲で翔猿が勝てば自分も、という気持ちでこの取組に挑んだのだろう。気合の乗った素晴らしい一番だった。しかし、彼も翔猿と同様、相当に悔しい思いをにじませているに違いない。そういった意味で、貴景勝にも来場所以降も引き続き注目していきたい。

涙・涙の秋場所が終了

先場所の照ノ富士復活優勝に続き、今回も涙なしには見られない場所になった。筆者はというと、取組直後、つまり正代よりも先に泣いていたのだが、正代の気持ちになってうれしい涙なのか、翔猿と貴景勝の気持ちになって悔しい涙なのか、どっちつかずの涙を流しながらテレビの前で叫んでいた。近年の研究で、人の涙は感情によって味が異なり、うれしいと甘く、悔しいと酸っぱい涙になることがわかっているそうだが、この場合は二つが混じって甘酸っぱい涙になるのだろうか。そんなことにも気が回らないくらい、興奮と感動でテレビにかじりついていたのだった。

今日からは、確実にやってくるであろう大相撲ロスから目を背け、興奮の余韻をなるべく長く胸にとどめる努力をしながら日々生きていこうと思うが、優勝以外の秋場所の土俵周りについても、近日中に別稿でしたためたい。

スポーツライター

1989(平成元)年生まれ、さいたま市出身。早稲田大学国際教養学部卒業。ベースボール・マガジン社に勤務後、2018年に独立。フリーのスポーツライターとして『相撲』(同社)、『大相撲ジャーナル』(アプリスタイル)などで執筆中。2019年ラグビーワールドカップでは、アメリカ代表チーム通訳として1カ月間帯同した。著書『日本で力士になるということ 外国出身力士の魂』、構成・インタビューを担当した横綱・照ノ富士の著書『奈落の底から見上げた明日』が発売中。

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