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殺人か警察行動か めったに有罪にならない白人警官が有罪=歴史的評決になったワケ 米黒人暴行死裁判

飯塚真紀子在米ジャーナリスト
フロイドさんを死に至らしめた元白人警官ショービン被告の有罪評決に歓喜する人々。(写真:ロイター/アフロ)

 昨年5月、当時白人警官だったデレク・ショービン被告に首を9分間以上押さえつけられて黒人のジョージ・フロイドさんが死亡した事件の裁判で、12人の陪審員はショービン被告に有罪評決を下した。これは歴史的評決と言われている。アメリカでは警官が職務中に人を死に至らしめたために有罪になることはめったにないからだ。特に、警官が白人で、亡くなった人が黒人やラテノ(ラテン系アメリカ人)の場合はなおさら有罪になることはないという。

 ジョージ・フロイド事件の2ヶ月前、ケンタッキー州で黒人女性のブリオナ・テイラーさんが就寝中に間違えて侵入してきた3人の警官に撃たれて亡くなるという事件が起きたが、その事件でも、警官らはテイラーさんを銃撃したことに対しては起訴されなかった。今回の裁判でショービン被告が有罪となったことは異例の評決と言える。

 なぜ、12人の陪審員はショービン被告に有罪評決を下したのか?

殺人か、警察行動か

 3週間にわたって行われた裁判では、ショービン被告の行為は殺人か、それとも、納得のいく警察活動だったのか、また、ショービン被告の死因は窒息死だったのか、それとも、薬物使用と不良な健康状態に起因するものだったのかが争点になった。

 ショービン被告の弁護側は、被告の行動は他の警官も同じ状況の場合に行う納得のいく警察行動だったと主張。また、フロイド氏が薬物を使用していたこと、警官に激しく抵抗したこと、ショービン被告は現場で行われたすべてのやりとりがボディカメラで録画されていることを認識しており、意図的に力を行使したのではないことなどを主張した。

 一方、検察側は見れば常識でわかることだと主張した。

「常識で考えて。自分の目を信じて。これは警察活動ではない。殺人だ。事は単純で、子供も理解できたことだ。実際、現場にいた子供はわかっていた。9歳の少女が“彼から離れて”と叫んだのだ」

 9歳の少女とはジュデア・レイノルズちゃん。ショービン被告がフロイドさんの首を押さえつけている様子を録画したダネーラ・フレージャーさんの従姉妹だ。2人はショービン被告に「止めて」と懇願したが、ショービン被告は止めなかった。

何度も流された“殺人動画”が訴える力

 百聞は一見にしかず。

 フロイドさんが首を押さえつけられて「息ができない、ママ」と訴える動画が人々に与えた影響は大きかった。

 1991年3月に、ロサンゼルスで起きたロドニー・キング事件でも、白人警官が黒人のキングさんを暴行する動画が撮られて大きく報道され、多くの人々が暴行の目撃者になったことで警官の暴力や人種差別問題が浮き彫りになったが、ジョージ・フロイド事件でも多くの人々が殺人の目撃者になったことが世界的なBLM(ブラック・ライブズ・マター)運動に繋がった。

 裁判でも、繰り返し、首を押さえつけられて苦しむフロイドさんの動画が流された。検察側はもちろん、弁護側もショービン被告の無罪を証明するために苦しむフロイドさんの動画を流した。

 何度も流された動画を見て、12人の陪審員は何を思ったのか? 

 フロイドさんの首を押さえつけて勝ち誇っているかのように見えるショービン被告は何の恐れも抱いていないように見えた。彼自身、高をくくっていたのだろう。警官の行動でたとえ人が亡くなったとしても、警官は罪に問われることはないと。

 しかし、陪審員たちの目に映じたのは、殺人以外の何ものでもなかったのだ。結局のところ、弁護側が、いくら、ショービン被告の行動が正当化できる警察行動だと口上で訴えても、陪審員たちの目に映じた“殺人動画”が訴える力にはかなわなかったのである。

裁判中も警官による暴力事件が続いていた

 ジョージ・フロイド事件で、警官の暴力や制度的人種差別という問題が浮き彫りにされたことも評決に影響を与えたと思われる。ショービン被告の裁判中にも、警官に人が撃たれて亡くなる事件が多発していた。米紙ニューヨークタイムズによると、3月29日に裁判で証言が開始されて以降、アメリカでは64人もの人々が、警官の手にかかって亡くなっている。亡くなった半数以上が黒人かラテノだった。

 評決の直前も、若者たちが警官によって死に至らしめられる事件が発生し、抗議運動が起きていた。ショービン被告の裁判が行われている裁判所の近くでは、20歳の黒人男性が白人の女性警官に撃たれて亡くなった。先週は、13歳の少年が警官に撃たれる様子を映し出している動画がシカゴ警察監督委員会により公開された。

 もうたくさんだ。

 ジョージ・フロイド事件のような全世界が注目する悲劇が起きても、それでもなお繰り返される警官の暴力に、陪審員たちはそうつぶやいたのではないだろうか。彼らの評決は米国民の気持ちを代弁しているともいえる。今、多くの人々がショービン被告の有罪評決に「正義は果たされた」と安堵している。

 バイデン大統領も「一歩の前進」と有罪評決を評価した。

有罪評決を疑問視する保守派

 一方、保守派は有罪評決を問題視している。

 保守系メディアFOXニュースのタッカー・カールソン氏は、陪審員たちの有罪評決は、無罪評決した場合に暴動が起きることを恐れての判断だったのではないかとの見方を示した。

「みなが、裁判でショービン被告が無罪になった場合、どんなことが起きるかをよく理解していた。BLM運動により、放火や略奪、殺人が起きたのだから、無罪になれば何が起きるか理解していたことは疑いようがない」

 確かに、裁判が行われたミネソタ州はもちろん、ロサンゼルスでも評決次第で起こりうるデモや暴動に備えて道路を閉鎖するなどの厳戒態勢がとられていた。前述のロドニー・キング事件では、キング氏を暴行した白人警官が無罪評決を受けたためにロサンゼルス暴動が勃発したからだ。

 ショービン被告に対する評決前には、カリフォルニア州選出の民主党下院議員マキシン・ウォーターズ氏がした発言も陪審員の判断に影響を与えるのではないかという懸念の声もあがっていた。ウォーターズ氏は「無罪になったら、その時は、ストリートにいるだけではなく、正義のために闘うのよ。もっと対決しなくてはならないわ」とショービン被告の有罪を支持し、無罪になった場合は抗議するよう示唆する発言をしたからだ。

いつになったら終わるのか

 歴史的評決ともいえるショービン被告の有罪評決。

 しかし、ショービン被告に有罪評決が出ただけでは、アメリカで歴史的に行われてきた制度的人種差別や警官の暴力が終わることはない。21日には、ノースカロライナ州で、武器を所持していない黒人男性が、捜索令状を執行しようとしていた警官に撃たれて亡くなる事件も発生した。

 人権団体「全米有色人種地位向上協議会」の関係者は「いつになったら終わるの? 昨日、(ショービン被告の)評決が出たばかりなのに」となかなか変わることがない現状を嘆いている。

 正義のための闘いはこれからも続く。

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在米ジャーナリスト

大分県生まれ。早稲田大学卒業。出版社にて編集記者を務めた後、渡米。ロサンゼルスを拠点に、政治、経済、社会、トレンドなどをテーマに、様々なメディアに寄稿している。ノーム・チョムスキー、ロバート・シラー、ジェームズ・ワトソン、ジャレド・ダイアモンド、エズラ・ヴォーゲル、ジム・ロジャーズなど多数の知識人にインタビュー。著書に『9・11の標的をつくった男 天才と差別ー建築家ミノル・ヤマサキの生涯』(講談社刊)、『そしてぼくは銃口を向けた」』、『銃弾の向こう側』、『ある日本人ゲイの告白』(草思社刊)、訳書に『封印された「放射能」の恐怖 フクシマ事故で何人がガンになるのか』(講談社 )がある。

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