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韓国人射殺で金氏謝罪「北朝鮮にとっては重要なステップだが、不十分」「南北対話再開の好機に」米メディア

飯塚真紀子在米ジャーナリスト
親書のやりとりや金氏の謝罪を機に、南北の対話は再開されるのか?(写真:代表撮影/Pyeongyang Press Corps/Lee Jae-Won/アフロ)

 「北朝鮮はクレージーな行為をやめる必要がある」

 韓国人船員の射殺事件に対する金正恩氏の“異例の謝罪”がアメリカでも報じられる中、レーガン政権で外交アドバイザーを務め、東アジア外交の専門家として多数のメディアに登場しているダグ・バンドウ氏が、外交専門誌「ナショナル・インタレスト」でそう訴えている。

重要なステップだが、十分ではない

 バンドウ氏は「謝罪はいかなる政府も行うルーチンだが、北朝鮮にとっては重要なステップだ」と金氏の謝罪に一定の評価を示しながらも、「しかし、もっと多くのことを行う必要がある」と金氏にさらなる改革を求めている。

 今回の射殺事件は北朝鮮がクレージーな国家であるというイメージを強化し、北朝鮮と関係改善しようと努めている韓国の文政権の取り組みを損なったからである。

 タイミングも最悪だったと指摘。射殺事件は、文氏が国連で「北朝鮮は、南北間の和解を模索しており、非核化達成と朝鮮半島の恒久的平和の確立のために、絶え間ない努力をしている」と演説した日に起きたからだ。

 北朝鮮が韓国の融和政策に非協力的な態度を示して来たことも「金氏はこの2年間、韓国の融和努力を退けてきた。6月には南北連絡所を爆破した」として批判。

 さらに、

「(金氏の)融和的なアクションは歓迎するが、十分ではない。この事件は北朝鮮のシステムに深い欠陥があることを証明している。不測の事態に対する対応能力の欠如は、他の国々が北朝鮮と協力しようとしている努力を阻害する」

と謝罪を歓迎しつつも、北朝鮮のシステムを問題視している。

バイデン氏も交渉努力を放棄?

 対北朝鮮問題に手をこまねいているアメリカの対応にも問題を見出している。

「外交政策の支配層、特に、タカ派のナショナリストやネオコンは、北朝鮮と交渉しない傾向にある」とし、交渉するどころか「さらなる銃弾を与えるという誤った交渉戦略をとっている」と北朝鮮と対立している状況を批判。

 バンドウ氏はまた、米民主党の北朝鮮対応も「リベラルなオバマ政権も、本質的には、北朝鮮との交渉努力を放棄した」と問題視し、誕生する可能性があるバイデン政権についても、「バイデン政権も北朝鮮の挑発に対して(オバマ政権と)似たような対処をするかもしれない」と交渉努力を放棄する可能性に懸念を示している。

正式に終戦を

 そして、金氏側に協力を仰いでいる。

「金氏が制裁緩和を進展させたいなら、米韓に対してもっとポジティブなアプローチをとる必要がある。金氏は、フレキシブルなポリシーをとっている韓国との繋がりを強めるべきだ」と主張、しかし同時に「北朝鮮がショッキングな行動を起こしたら、文政権がリベラルな対北アプローチを論ずるのは難しい」と事件が文政権の融和政策を阻害する可能性も示唆している。

 金氏が人権問題を解決したり、今回のような事件を防止するために国の秩序作りをしたりするなど、大きな国内改革を推進する必要性も訴えている。そうすれば、国際社会にもインパクトを与えて、起きている融和政策反対の声を抑え、他国との外交関係を進展させることができるからだ。

 結局のところ、バンドウ氏が強調しているのは、アメリカ、韓国、北朝鮮がともに前に進むこと。「正式に終戦し、公式の関係を始めるべき」であり、そのためには北朝鮮の協力が必要であるという。また、「北朝鮮が正常な国家が取るような行動をするだけでも大きな助けになる。射殺事件は北朝鮮の奇異な行動が大きな損失となることを証明したが、金氏はそれを変えられるし、変えるべきだ」と謝罪した金氏に対する期待感も覗かせている。

南北対話再開の好機になるのか

 ところで、ニューヨーク・タイムズ(電子版)は、謝罪を機に、南北対話が再開される可能性があるとする専門家たちの声を紹介している。

「韓国は、金氏の謝罪が、文氏の南北対話の再開努力にはずみを与えることを望んでいる」

「韓国は、これを機会に、北朝鮮に対話再開を申し出て、金氏は新型コロナウイルスや洪水、経済制裁で受けたダメージの助けを得るために申し出に応じるかもしれない。一連の出来事(南北首脳間で行われた親書のやりとりや射殺事件に対する謝罪)は南北関係の転機になるかもしれない」

 北東アジアの安全保障を確保したいアメリカとしては、金氏の謝罪が、金氏に正常な国家となるべく国内改革を促し、南北対話再開の好機になることを望んでいるのだろうが、果たして、「雨降って地固まる」ことになるのか? 

在米ジャーナリスト

大分県生まれ。早稲田大学卒業。出版社にて編集記者を務めた後、渡米。ロサンゼルスを拠点に、政治、経済、社会、トレンドなどをテーマに、様々なメディアに寄稿している。ノーム・チョムスキー、ロバート・シラー、ジェームズ・ワトソン、ジャレド・ダイアモンド、エズラ・ヴォーゲル、ジム・ロジャーズなど多数の知識人にインタビュー。著書に『9・11の標的をつくった男 天才と差別ー建築家ミノル・ヤマサキの生涯』(講談社刊)、『そしてぼくは銃口を向けた」』、『銃弾の向こう側』、『ある日本人ゲイの告白』(草思社刊)、訳書に『封印された「放射能」の恐怖 フクシマ事故で何人がガンになるのか』(講談社 )がある。

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