Yahoo!ニュース

「私は怖くない」フロイドさんの死を目撃した9歳少女、本を書く 米黒人暴行死

飯塚真紀子在米ジャーナリスト
フロイドさんの死を目撃した9歳のジュデアちゃん。写真:kare11.com

 今も、波紋を残し続けているジョージ・フロイドさんの暴行死。

 フロイドさんの死は、その様子を撮影した動画がSNSで拡散したことで、明るみに出た。撮影したのはダネーラ・フレージャーさんという17歳の少女だった。

 ダネーラさんは、事件が起きたメモリアル・デーのその日、9歳の従姉妹、ジュデア・レイノルズちゃんを連れて、お菓子を買うために、店へと向かっていた。ジュデアちゃんは、この日、店に連れて行ってもらうのを1日中、楽しみにしながら待っていたという。

 2人は店に向かう道すがら、デレク・ショービン被告に膝で首を押さえつけられて苦しんでいるフロイドさんの無残な姿を目撃、ダネーラさんはその様子を録画したのである。

2人の少女に“殺人”を目撃させた

 この時のショービン被告の冷酷な様子について、貧しい生活を送っているジュデアちゃんを支援するため立ち上げられた募金サイトにはこう記されている。

 「ショービンは、ジュデアとダネーラを冷たく一瞥し、観衆がいることを楽しんでいるように見えた。彼は、黒人の少女たちが目撃し、録画していることを全然気にしていないように見えた。彼は、ゆっくりとジョージを殺し、その光景をジュデアとダネーラに目撃させることで、優越感をひけらかした。2人は叫び、止めてと懇願した。集まってきた人々も同様に止めてと懇願したが、ショービンは気にせず、行為を止めかった。ジュデアは市民を守るはずの警官が、人を殺す光景を見た。彼女は家に戻って、母親に目にした事を話し、泣いた。『ママ、彼は膝で首を押して、殺したのよ』。ダネーラは撮影した動画を投稿した」

 目撃者が17歳と9歳の少女だったという事実は重たい。「ママ」と叫びながら息絶えたフロイドさんを目撃した2人の心に、どんなに深いトラウマが刻み込まれたことか。

 実際、ジュデアちゃんは目にした光景の恐ろしさから、悪夢に襲われた。それでも、数日後には勇気を振り絞って、事件が起きた38番通りとシカゴ通りの角に行った。そこでは、多くの人々が花を手向けていた。壁にはフロイドさんの絵が描かれていた。正義を求めて抗議運動をする人々の姿もあった。ジュデアちゃんも抗議のためのプラカードを作り、「もっと良い世界にできるはずだ」と記した。

本に与えられた勇気

 事件の悲しみから抜け出せないジュデアちゃんに勇気を与えたものがある。それは「キャメロン、学校へ行く」という一冊の本だった。事件の起きたミネアポリスを中心に、トークショーの黒人司会者やコメディアンとして活躍しているシレッタ・ブランリッジさんが、自閉症スペクトラム障害を抱える娘のキャメロンちゃんについて書いた本で、幼稚園に通うキャメロンちゃんとナーバスになっている親の気持ちが描かれている。

 ジュデアちゃんにとって、自分と同じような、小さな黒人の少女が本の表紙に出ている本を見たのは初めてのことだった。アメリカでは、黒人が登場する子供の本は少ないからだ。2018年、子供の本の中に登場する絵を調査したところ、半数が白人、4分の1以上が動物やエイリアンのような生き物で、黒人はわずか10%、その他の人種は1桁台の登場だったという。

 それだけに、障害を抱えた黒人の少女がヒーローとして活躍するその本は、ジュデアちゃんに大きな勇気を与えた。

 本は、ジュデアちゃん自身にも筆を取らせた。本を出版することにしたのだ。ジュデアちゃんは今、あの日あの時、目の当たりにしたこと、感じたことを書くことで、心を癒し、悲しみを乗り越えようとしている。「私は強いのよ。怖くないわ」と言って。

 「本ではたくさんのことを書きたい。パート2も書きたい。3章、4章、5章、6章...、11章まで書きたい」

と書くことに強い意気込みを見せているジュデアちゃんは、絵本となる本のタイトルもすでに思いついている。それは「店へのウォーク」。店に歩いて行く途中、悲しい事件に遭遇したジュデアちゃんは、本の中で何を訴えるのか?

黒人のストーリーは大切だ

 本は「キャメロン、学校へ行く」を出版したビーバーズ・ポンド・プレス社から、2021年初めに発売される予定だが、ジュデアちゃんは、大きな期待を膨らませている。住むところが得られるくらい本が売れたらいいなと。ジュデアちゃんは今、母親と一緒に、安モーテルと親戚の家を行ったり来たりして暮らさざるを得ない、不安定な生活を送っているからだ。

 ビーバーズ・ポンド・プレス社の窓ガラスには、こんなサインが掲示されている。

Black Stories Matter.(黒人のストーリーは大切だ)

 ジュデアちゃんが描き出すストーリーは、きっと、多くの子供たちに、トラウマを克服する心の強さ、そして何より、正義の大切さを教えるに違いない。

(参考記事)

A walk to the store: 9-year-old who witnessed Floyd death writing book

Hero of her own story: A young eyewitness to George Floyd’s killing is writing a children’s book

(関連記事)

「子供たちに“愛している”と言ってくれ。俺は死ぬ」フロイド氏の最期が明らかに 米黒人暴行死

米黒人暴行死「元警官とフロイドさんは知り合いで、衝突していた」発言の元同僚、発言を撤回

米黒人暴行死「白人の元警官はフロイドさんをとてもよく知っていた。彼らは対立していた」2人の元同僚

米暴動 75歳男性を突き飛ばした警官2人を重暴行罪で起訴 警察の暴力問題 1日3人が警官に撃たれ死亡

米黒人暴行死 ロサンゼルス抗議デモ「金持ちをやっつけろ!」「白人の沈黙は暴力だ」

ミネアポリス暴動、全米に拡大 キング牧師の息子が訴える「アメリカの闇」と父の思い

在米ジャーナリスト

大分県生まれ。早稲田大学卒業。出版社にて編集記者を務めた後、渡米。ロサンゼルスを拠点に、政治、経済、社会、トレンドなどをテーマに、様々なメディアに寄稿している。ノーム・チョムスキー、ロバート・シラー、ジェームズ・ワトソン、ジャレド・ダイアモンド、エズラ・ヴォーゲル、ジム・ロジャーズなど多数の知識人にインタビュー。著書に『9・11の標的をつくった男 天才と差別ー建築家ミノル・ヤマサキの生涯』(講談社刊)、『そしてぼくは銃口を向けた」』、『銃弾の向こう側』、『ある日本人ゲイの告白』(草思社刊)、訳書に『封印された「放射能」の恐怖 フクシマ事故で何人がガンになるのか』(講談社 )がある。

飯塚真紀子の最近の記事