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「子供たちに“愛している”と言ってくれ。俺は死ぬ」フロイド氏の最期が明らかに 米黒人暴行死

飯塚真紀子在米ジャーナリスト
フロイド氏の娘ジアナちゃん(左)。写真:fox40jackson.com

 ジョージ・フロイド氏の暴行死事件に関して、新たな動きがあった。

 米国時間7月8日、ジョージ・フロイド氏と同氏を死に至らしめた元警官たちが交わした会話の記録が公開されたのだ。暴行現場にいた元警官らが携行していたボディ・カメラが捉えたビデオに録音されている音声内容である。

 会話の記録は、訴追された4人の元警官の1人、トーマス・レーン被告が、自身に対して起こされた訴訟の棄却を求めて、ミネソタ州の裁判所に提出したものである。

 ちなみに、暴行現場にいた4人の元警官のうち、フロイド氏を死に至らしめたデレク・ショービン被告は第2級殺人罪で、残る3人の元警官たちは、第2級殺人の教唆・ほう助で訴追されている。レーン被告は、その3人の元警官のうちの一人で、事件当時は、警官になってまだ間もない新人だった。レーン被告の代理人は、当時、新人警官だったレーン被告はベテラン警官だったショービン被告の指示に従わざるをえなかったという理由で、彼に対する訴追の棄却を求めている。

20回以上「息ができない」

 5月25日のあの時、暴行現場で何が起きていたのか?

 公開された82ページに及ぶ会話の全記録はフロイド氏の悲痛な最期を伝えている。「息ができない」と20回以上も訴えて命乞いをしたフロイド氏と、それを無視したショービン被告の残忍さは読むに耐えない。

 ショービン被告は「息ができない。殺される」と訴える瀕死のフロイド氏にこんな残酷な言葉を放っていた。

「それなら、話すのをやめろ、叫ぶのをやめろ。しゃべると、たくさんの酸素を使うぞ」

どうか撃たないで

 始まりは、煙草を購入するために20ドルの偽札が使われたとある店から通報が来たことだった。最初に現場に駆けつけたのは、元警官のレーン被告とケーン被告。

 2人は、その時、車中にいたフロイド氏に命じた。

「手を見せろ。手を頭の後ろに当てて、車の中から出ろ」

 フロイド氏は平謝りし、過去に撃たれたことがあると言及した。

「ごめんなさい、ごめんなさい。撃たれたんだ。前に、撃たれたことがあるんだ。どうか撃たないで、どうか」

 フロイド氏は「母を亡くしたばかりなんだ」「何も悪いことはしていない」とも訴えた。

 やりとりからは、フロイド氏が警官を怖がっている様子が伝わって来る。実際、フロイド氏と同じ車に乗っていた女性も「彼は前に撃たれたことがあるのよ。彼は特に、そんなふうに銃をぶら下げている警官を恐れているのよ」とレーン被告に説明している。

 

 しかし、レーン被告は「行動がおかしい」と言って、フロイド氏を疑った。フロイド氏は繰り返した。「怖いんだよ」

 レーン被告は、ドラッグをやっているのではないかとも疑った。フロイド氏の口の周りにある泡に気づいたからだ。それについてフロイド氏は「さっきバスケットボールをしていたんだ」と答えている。

 元警官の被告らはフロイド氏に手錠をし、パトカーに乗せようとした。動揺したフロイド氏は訴えた。

「僕はそういう種類の人間じゃないんだ」

「ここで死んじゃうよ。新型コロナに感染してたんだ。またコロナにかかりたくない」

「閉所恐怖症で、不安なんだ」

 また、フロイド氏は「話をさせてくれよ」と話し合いを求めたが、元警官らは「パトカーの中に入ったら話をしよう」という姿勢。フロイドは彼らに「閉所恐怖症なんだ」と訴え続けた。

愛していると言ってくれ

 やがて、ショービン被告らが現場に到着。状況は悪化した。

 フロイド氏は、頭を車の窓ガラスに打ちつけ、口からは血が流れ始めた。そんなフロイド氏をショービン被告は地面にねじ伏せ、膝で首を圧迫した。

 フロイド氏は彼らに「呼吸ができない」と訴えた。死を覚悟したのだろう、フロイド氏は母と子供たち(フロイド氏には5人の子供たちがいるといわれている)のことを思った。

「ああ、信じられない。信じられない。ママ、愛している。子供たちに“愛している”と言ってくれ。俺は死ぬ」

 しかし、そんなフロイド氏に対して、4人の被告の態度は冷酷極まりなかった。

 ケーン被告は「大丈夫だよ、よくしゃべっているじゃないか」と言い、ショービン被告は「落ち着け」と言った。彼らはフロイド氏が「ドラッグをやっているんじゃないか」とも話し合った。

しゃべるとたくさんの酸素を使うぞ

 首を圧迫され続け、苦痛を訴えるフロイド氏。

「胃が痛い。首が痛い。どこも痛い。水か何かがほしい。どうかやめてくれ。息ができない。殺される」

 しかし、そんなフロイド氏にショービン被告が浴びせたのは、何とも酷い一言だった。

「それなら、しゃべるのをやめろ、叫ぶのをやめろ。しゃべると、たくさんの酸素を使うぞ」

 レーン被告は、フロイド氏が「息ができない」と訴え続けたため、「(フロイド氏を)僕の側に回転させるか?」とショービン被告に2度訊ねた。しかし、ショービン被告は「そのままでいい」と言って、フロイド氏を息ができない状況下に置き続けたのである。結局、ショービン被告は、救急隊が来るまで膝でフロイド氏の首を押さえ続けたのだ。

 救急隊が到着した時、フロイド氏はすでに心肺停止状態だった。死因は、警官たちによる拘束や首の圧迫によって複雑に引き起こされた心肺停止。

 会話の記録で明らかにされたフロイド氏の悲痛な最期の訴えと、それを無視した警官たちの残虐性。

 

「ママ、愛している。子供たちに、愛していると言ってくれ」

 母や子供たちのことを思いながら息絶えたフロイド氏の死は、米国民を再び悲しみの底に突き落としている。4人の被告にどんな審判が下るのか、裁判の行方が注目される。

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在米ジャーナリスト

大分県生まれ。早稲田大学卒業。出版社にて編集記者を務めた後、渡米。ロサンゼルスを拠点に、政治、経済、社会、トレンドなどをテーマに、様々なメディアに寄稿している。ノーム・チョムスキー、ロバート・シラー、ジェームズ・ワトソン、ジャレド・ダイアモンド、エズラ・ヴォーゲル、ジム・ロジャーズなど多数の知識人にインタビュー。著書に『9・11の標的をつくった男 天才と差別ー建築家ミノル・ヤマサキの生涯』(講談社刊)、『そしてぼくは銃口を向けた」』、『銃弾の向こう側』、『ある日本人ゲイの告白』(草思社刊)、訳書に『封印された「放射能」の恐怖 フクシマ事故で何人がガンになるのか』(講談社 )がある。

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