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アメリカ同時多発テロから18年 1万4千人超が9.11関連の癌に「粉塵と癌の関連性を初証明」米研究者

飯塚真紀子在米ジャーナリスト
9.11関連の癌に罹患するファースト・レスポンダーやサバイバーが年々増加。(写真:ロイター/アフロ)

 14030人。

 これは、2019年6月30日までに、世界貿易センターヘルスプログラムが9.11関連の癌に罹患していると認定した人々の数だ。

 2018年6月30日時点では、この数は9795人だったので、1年で4235人も増加したことになる。

 世界貿易センターヘルスプログラムは、米同時多発テロのファースト・レスポンダー(警察官・消防士・ 救急隊員など、事故などの現場に最初に到着する緊急対応要員)やサバイバーに対して健康モニタリングと経済的支援を行うことを取り決めたザドロガ法の下、2011年に設けられたプログラムで、彼らの健康状態のモニタリングを行っている。

 今年6月30日までのプログラム登録者数は97686人。うち14030人が9.11関連の癌と診断されている。これは登録者の約14%に当たる。昨年、この割合は約11%だった。9.11関連の癌の罹患者は毎年着実に増えているのだ。

 9.11関連の癌の原因となっているものに、世界貿易センタービルの崩壊時に大量に生じた有毒な粉塵(ダスト)が指摘されていた。しかし、これまでは、粉塵と癌の関連性は立証されていなかった。

 ところが、今年6月、「Prostate Cancer in World Trade Center Responders Demonstrates Evidence of an Inflammatory Cascade(世界貿易センターのレスポンダーの前立腺癌は炎症カスケードが起きた証拠)と題された研究論文がアメリカ癌学会のジャーナルに発表され、USニュース&ワールド・レポートなどのアメリカのメディアに注目された。論文が、粉塵とファースト・レスポンダーの前立腺癌の関連性を証明しているからだ。

前立腺癌になるファースト・レスポンダーが増加

 以下のグラフと表を見てほしい。9.11関連の癌とその癌の罹患者数を、ファースト・レスポンダーとサバイバー別に表示している。

 ファースト・レスポンダーは全体的に癌になるケースが増加しているが、中でも、いくつかの特定の癌にかかる人が増加しているのがおわかりいただけるかと思う。その1つが前立腺癌だ。

 9.11関連で前立腺癌と認定された人の数は、今年6月30日までに2927人と非黒色皮膚癌に次いで多いが、そのうち、2219人がファースト・レスポンダーである。

9.11関連の15の癌とその罹患者数。赤がファースト・レスポンダー、青がサバイバー。癌は表上から、非黒色皮膚癌、前立腺癌、悪性黒色皮膚癌、乳癌、甲状腺癌、リンパ腫、肺や気管支の癌、腎癌、白血病、大腸癌、膀胱癌、骨髄腫、中咽頭癌、直腸癌、扁桃腺癌。出典:世界貿易センターヘルスプログラム
9.11関連の15の癌とその罹患者数。赤がファースト・レスポンダー、青がサバイバー。癌は表上から、非黒色皮膚癌、前立腺癌、悪性黒色皮膚癌、乳癌、甲状腺癌、リンパ腫、肺や気管支の癌、腎癌、白血病、大腸癌、膀胱癌、骨髄腫、中咽頭癌、直腸癌、扁桃腺癌。出典:世界貿易センターヘルスプログラム

 前立腺癌にかかるファースト・レスポンダーの数が増えていることは2013年の研究でわかっていた。世界貿易センターヘルスプログラムに登録していた約25000人のファースト・レスポンダーが前立腺癌にかかる割合が17%増加していたのだ。

 

 ファースト・レスポンダーは、世界貿易センタービル崩壊時とその後数日間、発癌物質であり、前立腺癌を引き起こすことも科学的に証明されているヒ素やカドミウムが含有されている粉塵を大量に吸引していたという。

 しかし、そういった粉塵と前立腺癌の関連性はまだ確認されていなかった。それを確認したのが、今回論文を発表したマウント・サイナイ医科大学の研究チームだ。

若年者が前立腺癌に

 筆者は、この研究の中心となったウィリアム・オー医師とエマニュエラ・タイオリ医師に話をきいた。そもそも、彼らはなぜ研究を始めたのか? 

 オー医師が言う。

 「癌研究者として、世界貿易センタービル(以降、WTC)の粉塵を吸引した患者を診てきましたが、前立腺癌になる患者が多いことに気づきました。しかも、おかしなことに、非常に若くして前立腺癌に罹患しているのです。彼らを診察すると、前立腺癌を発症する前、長期間にわたり、前立腺の炎症を起こしていたことがわかりました。例えば、40代のあるファースト・レスポンダーは、粉塵を吸引した直後から、前立腺炎の兆候を見せて痛みを訴え始め、その数年後に前立腺癌を発症しました。それで、WTCの粉塵と癌は関係があるのではないかと思い、研究に着手したのです」

 研究チームは仮説を立てた。

 それは「発癌物質や腫瘍促進物質を含む粉塵が、DNAの損傷を誘発し、細胞増殖を促進し、慢性的炎症を引き起こすことにより、前立腺癌の発生を促す」という仮説だ。

 仮説の下、彼らは世界貿易センターヘルスプログラムに登録している、WTCの粉塵を吸引した患者の前立腺癌とWTCの粉塵を吸引していない患者の前立腺癌の免疫的、炎症的遺伝子の発現を比較した。

 さらに、粉塵に対する前立腺組織の反応を評価するために、ねずみにWTCの粉塵を吸引させ、ねずみの前立腺を解析した。彼らの研究に貢献したのは、このWTCの粉塵だ。しかもそれは、WTC崩壊直後の粉塵である。

 「9.11後、研究用にグラウンド・ゼロの粉塵が採取されましたが、その多くは9.11の3日後に起きた嵐の後に採取されたものでした。しかし、我々はビル崩壊直後の粉塵を入手することができました。ニューヨーク大学環境医学部のスタッフが、翌日の9月12日にグラウンド・ゼロで粉塵を採取しており、それを入手できたのです」

とタイオリ医師は話す。

粉塵の吸引による慢性的炎症

 研究の結果、WTCの粉塵を吸引した患者の前立腺癌では、DNA損傷に関与する遺伝子が有意に増加していた。分析すると、炎症を誘導するTヘルパー免疫細胞のサブセット「Th17細胞」が特に増加していることがわかった。

 また、WTCの粉塵を吸引させたねずみの場合、前立腺の適応的免疫反応と炎症反応(Th17細胞)に関与する細胞の遺伝子転写産物が増加していた。

 つまり、WTCの粉塵を吸引した人もねずみも、前立腺で、炎症が起きていることを示す免疫細胞が増加していたのだ。これは、WTCの粉塵の吸引が、前立腺の炎症的免疫的反応を誘発したことを示唆しているという。

 研究チームは、前立腺の慢性的炎症はWTCの粉塵を吸引した直後から始まっており、その炎症が前立腺癌の発生を促した可能性があると指摘している。

 研究論文によれば、慢性的炎症を引き起こしたものは、メタルと多環芳香族炭化水素やポリ塩化ビフェニルのような有機化合物を含む粉塵である可能性が高い。

 「9.11のような大惨事で生じた粉塵を研究し、ファースト・レスポンダーの間で増加している前立腺癌の科学的原因を突き止めるのは非常に難しいことです。しかし、私たちの研究は、これまでのどの研究より、WTCの粉塵と生体の繋がりを立証していると思います」

とオー医師は言う。

 「WTCの粉塵と癌の関連性を初めて証明した研究です」

とタイオリ医師も自信を見せる。

 研究チームは現在、この結果を、WTCの粉塵を吸引して前立腺癌になった多くの患者集団を対象にして検証すべく研究を進めている。

 9.11関連の癌で亡くなった人の数は今年6月30日までに732人。9.11関連の疾病で亡くなった人の総数が1881人であるから、実に、約40%が癌で亡くなったことになる。その数は、いずれ、9.11当日テロで亡くなった人々の数(約3000人)を超えることになるだろう。

 今も、癌という形で深い爪痕を残し続けるアメリカ同時多発テロ。癌と有毒なWTCの粉塵の関連をさらに究明すべく、医師たちの「9.11との闘い」はこれからも続く。

在米ジャーナリスト

大分県生まれ。早稲田大学卒業。出版社にて編集記者を務めた後、渡米。ロサンゼルスを拠点に、政治、経済、社会、トレンドなどをテーマに、様々なメディアに寄稿している。ノーム・チョムスキー、ロバート・シラー、ジェームズ・ワトソン、ジャレド・ダイアモンド、エズラ・ヴォーゲル、ジム・ロジャーズなど多数の知識人にインタビュー。著書に『9・11の標的をつくった男 天才と差別ー建築家ミノル・ヤマサキの生涯』(講談社刊)、『そしてぼくは銃口を向けた」』、『銃弾の向こう側』、『ある日本人ゲイの告白』(草思社刊)、訳書に『封印された「放射能」の恐怖 フクシマ事故で何人がガンになるのか』(講談社 )がある。

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