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“トランプはアメリカ至上最悪の事態” 大統領選 バーニー・サンダースのトランプ打倒作戦の中身

飯塚真紀子在米ジャーナリスト
3月23日、ロサンゼルス市庁舎前の公園で選挙演説を行ったバーニー・サンダース氏。(写真:ロイター/アフロ)

 3月27日(米国時間)、バーガーチェーンのマクドナルドが大胆な転換に踏み切った。

 アメリカでは、労働者の最低賃金を時給15ドルに引き上げるべく“15ドルのための戦い”が組合員の間で起きているが、これまでマクドナルドはこの賃上げに反対するロビー活動を行っていた。そのマクドナルドが態度を一転、ロビー活動から手を引くことをナショナルレストラン協会に伝えたのだ。

 大胆な転換をしたマクドナルド。同社の転換を後押しした立役者が大統領選再出馬を表明したバーニー・サンダース氏である。サンダース氏は昨年、同社CEOに、従業員の賃上げを訴える手紙を送っていた。

「アメリカの誰もが、特に、マクドナルドのような利益を上げている企業で働く人々が貧困であってはならない」

と。

 2020年の大統領選まであと1年7ヶ月。

 ロシアとの共謀がなかったことが証明された今、トランプ氏には追い風が吹いているが、190万人という世界第2位の従業員数を有すマクドナルドの従業員への歩み寄りは、サンダース氏に良い風向きを与えたかもしれない。

それぞれが抱える生きづらさ

 2月にいちはやく、大統領選出馬を表明したサンダース氏は今、米国各地で選挙集会を開いている。先週末は、カリフォルニア州サンディエゴ、ロサンゼルス、サンフランシスコの3都市で集会を開いた。

 筆者は演説会場となったロサンゼルス市庁舎前のグランド・パークを訪ねた。演説開始の2時間前に会場に到着すると、入口にはすでに入場を待つ市民の長蛇の列ができていた。入場が開始されると、ジョン・レノンの“Power to the people”の歌が流れる中、サンダース氏を支援している選挙ボランティアの若者たちが、

「ハイ・ファイブ・フォー・バーニー!」

の掛け声とともに、来場者たちをハイ・ファイブで迎えた。

 来場者の多くが青いバーニーTシャツを身につけていた。応援の看板や手作りのバーニー人形を掲げる男性、サンダース氏の顔がプリントされたジャンプスーツで身を包んだ女性やウェディングドレスのようなフリフリのドレスを纏って応援する女性もいた。

サンダース氏の顔がプリントされたジャンプスーツ姿で応援する小学校教師のサラヤ・アビラマツさん。サンダース氏は子供たちの将来をケアしているという。筆者撮影
サンダース氏の顔がプリントされたジャンプスーツ姿で応援する小学校教師のサラヤ・アビラマツさん。サンダース氏は子供たちの将来をケアしているという。筆者撮影
友人が作ったバーニー人形を片手に応援にかけつけた弁護士のデビッド・バーラビさん。人形の価格の50%はサンダース氏の選挙に寄付されるという。筆者撮影
友人が作ったバーニー人形を片手に応援にかけつけた弁護士のデビッド・バーラビさん。人形の価格の50%はサンダース氏の選挙に寄付されるという。筆者撮影
様々なバーニーグッズで身を飾るタイ人のセオさん。筆者撮影
様々なバーニーグッズで身を飾るタイ人のセオさん。筆者撮影

 思い思いのスタイルで応援に駆けつけた市民たちは底抜けに明るい。しかし、彼らの声に耳を傾けると、そんな明るさとは裏腹、それぞれが抱えている生きづらさを口にした。

「大学の授業料が高いのが問題よ。大学生になった途端、学生ローンという大きな赤字を抱えなければならない社会っておかしい」

「今、失業中で次の仕事を探している最中だから医療保険がないの。無職の時でも、いつでも、医療保険が得られるようにしてほしい」

「ロサンゼルスの家賃は信じられないくらいに上がっている。もちろん、家なんて買えない。ここでは年収10万ドルあっても、家を買うのが難しいんだ」

高額な大学の授業料に問題を感じている高校生3年生のデビー・エスカルシガさん。筆者撮影
高額な大学の授業料に問題を感じている高校生3年生のデビー・エスカルシガさん。筆者撮影
普通の給料ではロサンゼルスでは家が買えないと嘆く出版社勤務のラモンさん。筆者撮影
普通の給料ではロサンゼルスでは家が買えないと嘆く出版社勤務のラモンさん。筆者撮影

99%の人々の気持ちがわかる

 なぜ、サンダース氏を応援するのか? 

 子供たちを連れて応援にきていた小学校教師のマーガレット・キランテさんが言う。

「トランプは自分のことしか考えていません。トランプが大統領になったことはアメリカ至上最悪の事態です。最悪なトランプの存在が私たちをバーニー支援へと駆り立てているんです。バーニーなら、悪い現実をバネに、良い未来を生み出してくれるわ」

人口の半分は女性なのだからと副大統領候補にステイシー・エイブラムス氏を推す小学校教師のキランテさん。筆者撮影
人口の半分は女性なのだからと副大統領候補にステイシー・エイブラムス氏を推す小学校教師のキランテさん。筆者撮影

 “1% vs 99%”と書かれた看板を手にした郵便局員のジュリー・ゲラさんが言う。

「私たちは小さな存在です。バーニーはトップ1%の人々ではなく、99%の小さな私たちの気持ちがわかっているんです」

 “1% vs 99%”。それは、トップ1%の富裕層の富がボトム99%の人々の富に等しいという、富がフェアーに再分配されていない不平等な現状を示している。サンダース氏は何十年も前からこの不平等を解決する必要性を訴え、“1% vs 99%”はすっかりサンダース氏のスローガンとなってしまった。

サンダース氏は富の不平等を解決してくれると信じている郵便局員のゲラさん。筆者撮影
サンダース氏は富の不平等を解決してくれると信じている郵便局員のゲラさん。筆者撮影

  

 99%の人々の気持ちがわかるのは、サンダース氏の生い立ちと関係があるかもしれない。サンダース氏の父親は、ホロコースト後の反ユダヤ主義と貧困から逃れるために、17歳の時、ポーランドからアメリカに移住したユダヤ系移民。英語は一言も話せなかった。移民後、ペイントのセールスマンを務めたが、給料をもらえば、真っ直ぐに生活費に消えて行くような暮らし向きだった。

 サンダース氏が育ったのは、ニューヨーク州ブルックリンのレントコントロールのアパートだった。レントコントロールのアパートとは、アパートの大家による急激な家賃の上昇からテナントを守るために、市が家賃の上昇を規制しているアパートだ。そのため、平均家賃よりもずっと安価な家賃で住むことができる。サンダース氏の母親はいつかレントコントロールのアパートを出て持ち家に引っ越すことを夢見ていたが、若くして他界。夢は叶わなかった。

 サンダース氏はシカゴ大学に進学、大学時代から社会の不平等と戦っていた。在学中は人種差別撤廃を求める市民権運動に参加して逮捕もされた。そして、自力で政治家への道を切り拓いて行く。裕福な子供時代を送り、親の資産を元手に不動産王となったトランプ氏とは正反対の人生だった。しかし、そんな人生を送る中で、サンダース氏は99%の人々の気持ちに触れてきたのだろう。

最低賃金ではなく生活賃金を

 バーモント州バーリントン市の市長を経て、同州上院議員に選出されると「富の再分配のアンフェアさ」の解決に取り組み、結果も出した。昨年、アマゾンとウォルト・ディズニー・ワールドは従業員の最低時給を15ドルに上げることに同意したが、それはサンダース氏が繰り返し最低賃金のアップを訴えてきた賜物だ。ウォルト・ディズニー・ワールドの従業員の中には、家賃を支払えず、車上生活をしながら仕事に行く者もいたのだ。

 そして、昨日3月27日(米国時間)には、冒頭に書いたように、マクドナルドも賃上げに反対するロビー活動を取りやめた。

 サンダース氏の努力は着実に実を結び始めている。

 サンダース氏は、来場した1万2千人の市民を前に訴えた。

「最低賃金を生活賃金(基本的な生活費を賄うことができる賃金)にする!」

 観衆も連呼した。

「そうだ、生活賃金だ!」

 「生活賃金」の実現に加え、サンダース氏は、莫大な防衛予算を教育や社会福祉などの予算に回し、公立大学の授業料を無償化し、国民皆保険制度にして市民の経済的負担を軽減すると訴える。

 そんなサンダース氏の政策は社会主義的で、資本主義を標榜してきたアメリカ人には受け入れられないという声がある。過激だとも批判されている。サンダース氏はそんな批判に疑問を投げかけた。

「最低賃金を生活できる賃金に引き上げることは過激なのか。国民皆保険は過激なのか。インフラに投資して1500万の仕事を創出することは過激なのか。地球を救うために温暖化を防ぐことは過激なのか。マリファナの合法化は過激なのか」

過激な政策ではなく、経済的正義、社会的正義、人種的正義、環境的正義のための政策だと訴えるサンダース氏。筆者撮影
過激な政策ではなく、経済的正義、社会的正義、人種的正義、環境的正義のための政策だと訴えるサンダース氏。筆者撮影

21世紀の愛国主義

 下院議員で、サンダース氏の選挙アドバイザーを務めるロー・カンナ氏は、サンダース氏の政策を“21世紀の愛国主義”と呼ぶ。

 “21世紀の愛国主義”って何だろう?

 演説会場の外には、路上生活者が住むたくさんの青いテントが並んでいた。今にも崩れ落ちんばかりのテントをぎこちなく立て直そうとしている人の姿もあった。テントには“Smile at me”と書かれたボロボロの紙が挟まれていた。せめて笑顔だけでもくれないか? そんな声が聞こえてくるような気がした。

 2020大統領選に向けたサンダース氏のスローガンは、“Not Me. US.”。

 自分だけではなく私たちみんなが、1%の人々だけではなく99%の人々が人間らしいきちんとした暮らしを享受できるアメリカにすること。すべての人々の基本的なニーズに応えられる社会にすること。それが、サンダース氏が目指す“21世紀の愛国主義”なのかもしれない。

 サンダース氏はそれを実現できるのか? 実現するためにどう戦うのだろうか? サンダース氏は最後に力説した。

「99%の我々が一つになって、富や権力を握っている1%と対決するんだ!」

 バーニー・サンダース氏、77歳。先日、浴室の扉に頭をぶつけ、7針を縫う怪我をした。額に大きなバンドエイドを貼って、今日も“生活賃金”の実現を訴え続ける。

在米ジャーナリスト

大分県生まれ。早稲田大学卒業。出版社にて編集記者を務めた後、渡米。ロサンゼルスを拠点に、政治、経済、社会、トレンドなどをテーマに、様々なメディアに寄稿している。ノーム・チョムスキー、ロバート・シラー、ジェームズ・ワトソン、ジャレド・ダイアモンド、エズラ・ヴォーゲル、ジム・ロジャーズなど多数の知識人にインタビュー。著書に『9・11の標的をつくった男 天才と差別ー建築家ミノル・ヤマサキの生涯』(講談社刊)、『そしてぼくは銃口を向けた」』、『銃弾の向こう側』、『ある日本人ゲイの告白』(草思社刊)、訳書に『封印された「放射能」の恐怖 フクシマ事故で何人がガンになるのか』(講談社 )がある。

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