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国境の壁の予算が得られなかったらトランプ政権は終わり 自国民を“人質”にとり続けるトランプ氏

飯塚真紀子在米ジャーナリスト
国境の壁の予算を巡って民主党幹部と会合を続けるも、合意の兆しは見えていない。(写真:ロイター/アフロ)

 「トランプ氏が民主党に屈服したら、トランプ政権は終わりだ」

 メキシコとの国境の壁の建設予算をめぐって、トランプ氏と民主党の攻防が続く中、トランプ氏が信頼を置いている共和党上院議員のリンジー・グラハム氏がFOX NEWSでそう明言した。

 グラハム氏がそう言い切るのは頷ける。国境の壁を建設し、国境の安全を守ることはトランプ氏が大統領選時に掲げていた大きな選挙公約だからだ。この公約をトランプ氏が実行してくれると信じて、彼に票を投じた人々も多いことだろう。

壁建設では譲歩してきた

 しかし、公約したものの、政権3年目に入った今も、建設は一向に進んでいない。それどころか、トランプ氏は壁建設については譲歩を続けてきた。

 大統領選挙時、トランプ氏が、壁の建設費用はメキシコに負担させると豪語していたのを覚えているだろうか? しかし、その話はメキシコの大統領に一蹴されて暗礁に乗り上げ、米国国土安全保障省が建設費用を負担しなければならなくなっている。

 また、トランプ氏は当初、コンクリートの壁を建設すると意気込んでいたが、実際には、スティール製の細長い薄板の採用が計画されている。

 

 そして、今回は、肝心な壁の建設費用をめぐって、民主党との間でバトルが始まってしまった。壁建設のための50億ドルの予算の承認を求めているトランプ氏とそれに反対する民主党の間で攻防が始まり、遂には、昨年12月22日(米国時間)、政府機関の一部が閉鎖される事態に陥った。閉鎖は年を越して3週間目に突入。

“全く新しい世界”の到来

 そして、1月3日(米国時間)に始まった新たな連邦議会。トランプ氏の前には“メキシコの壁”ならぬ“人間の壁”が立ちはだかった。中間選挙で民主党が奪還した下院の議長に選出されたナンシー・ペロシ氏という壁だ。

 ペロシ氏は壁には莫大な予算がかかり、効果的ではなく、不道徳的だとして、建設に強く反対してきた。そんなペロシ氏の下、下院では、3日夜、閉鎖されている一部の政府機関を再開するために、トランプ氏が求めるメキシコとの国境の壁建設費用を盛り込んでいない2つの予算案が採択され、それぞれ、239-192、241-190で承認されたのだ。

 共和党が多数派の上院はこの予算案に否定的であるものの、トランプ氏はもはやこれまでのような”独裁”ができなくなった。CNNはこの動きを「トランプ氏にとっては全く新しい世界の幕開け」と捉えている。

 トランプ氏も“全く新しい世界”が到来することに動揺していたと思われる。それは彼の行動に現れていた。下院での採択に先立ち、突如、ホワイトハウスの記者会見室に姿を現したのだ。予告なしの行動を取るのはトランプ氏が大統領に就任して以来初めてのことだった。そして、改めて、壁の必要性を訴えた。

数年でも政府機関を閉鎖する

 トランプ氏としては意地でも壁を作りたい。選挙時に作ると豪語した以上、作らなければ彼のプライドが許さないだろう。民主党が政府機関の一時再開を求めた際には「(壁の建設予算が得られないのに)そんなことをしたら私が愚か者に見えるだろう」と言い放ったという。

 ワシントン・ポストの調べでは、トランプ支持者の3分の2が壁の建設を最優先事項にすることに賛成している。2年後の大統領選を前に、トランプ氏としては支持者の期待を裏切ることなどできようはずがない。グラハム議員が言うように、壁の建設費用が得られなかったらトランプ政権は終わってしまうだろう。壁建設はトランプ政権の命運がかかっているのだ。誰よりトランプ氏自身がそのことを実感しているに違いない。だからだろう、1月4日(米国時間)には壁建設に向けて「非常事態宣言(議会の承認を得ず、大統領権限で発令できる)を発令することも検討している」と強硬な姿勢を見せ、さらには、予算を得られるまで「数カ月でも数年でも政府機関を閉鎖する」という“脅し発言”までした。

嘆く連邦職員

 かわいそうなのは、政府機関の閉鎖のために、一時休職に追い込まれてしまった連邦職員たちだ。彼らは給料の支払いがストップされたり、無給の仕事を強いられたりして困窮し始めている。セカンド・ジョブに頼らざるを得なくなったり、寄付金を募ったりしている職員もいる。

 ツイッターには、政府機関の閉鎖で働きに行けなくなった連邦職員たちの嘆きの声が並んでいる。

「私は連邦職員で、今働くことができていないが、未払い給料は得られないだろうな。国境の安全は重要だが、子供たちを食べさせることも重要なんだよ」

「子供たちは壁なんてどうでもいい。暖かな家と乗れる車と着る服と食べ物がほしいんだ。でも、お母さんが働きに行けなかったら、どれも得られないんだよ」

「ありがたいことに、私は2つ仕事を持っている。TSA(米国運輸保安庁)からはペイされていないけど、それでも仕事には行かなければならないの。つまり、毎日2つの仕事をしなければならないわけ。だから睡眠時間は2、3時間だけど、収支はトントンにさえならないわ」

 昨年12月31日には、連邦職員組合が、政府閉鎖により連邦職員を無給で仕事に従事させていることは違法であるとして、トランプ政権に対して訴訟を起こした。

国立公園のトイレは排泄物でいっぱい

ゴミが溢れるワシントン・モニュメント前のゴミ箱。写真:xanianews.com
ゴミが溢れるワシントン・モニュメント前のゴミ箱。写真:xanianews.com

 政府閉鎖の悪影響は一般の米国民にも及んでいる。国立公園で働く連邦職員たちも一時休職状態に追い込まれたため、国立公園はスタッフ不足状態で、様々な問題が生じているのだ。国立公園は、駐車場代を回収するスタッフが不在となったことから、無料で入園できる状態となり、人々が押し寄せた。その結果、公園のゴミ箱はゴミで溢れ、トイレも排泄物でいっぱいになってしまった。しかし、ゴミや排泄物の回収作業を行うスタッフが休職しているため、ゴミは散らかり放題となり、ボランティアの人々が回収作業を行なっている状況だ。

 カリフォルニア州のジョシュアツリー国立公園では、トイレの排泄物回収作業がストップし、トイレが排泄物でいっぱいとなったため、公園内にあるキャンプ場の閉鎖を余儀なくされてしまった。

 カリフォルニア州のヨセミテ国立公園では、クリスマス当日、ある訪問者が転落死する事故が起きていたが、政府機関の閉鎖のため、事故の報告が1週間以上も遅れ、事故調査も通常より時間を要している。同公園では、冬季、800人いるスタッフが、たったの50人しかいない状況だという。

 テキサス州のビッグベンド国立公園では、公園のパトロール要員が休職状態に追い込まれたため、ハイキング中に脚を折った男性が、他のハイカーたちに運ばれて救助されるという事態も生じた。

 このまま政府機関の閉鎖が続けば、さらに多くの米国民が被害を受けるのは必至だ。

 

 ワシントン・ポストは「トランプ氏は壁の予算を得るために、不法移民や国家の安全保障とは全然関係のない政府機関を人質にとっている」と批判しているが、まさにそんな状況だ。政府機関の職員はもちろん、政府機関の閉鎖の悪影響を受けている米国民もトランプ氏の“人質”にとられているようなものだ。自国第一主義を唱えているトランプ氏だが、壁の建設予算を認めさせるために、自国民を“人質”にとっているような状況をどう考えているのだろうか?

在米ジャーナリスト

大分県生まれ。早稲田大学卒業。出版社にて編集記者を務めた後、渡米。ロサンゼルスを拠点に、政治、経済、社会、トレンドなどをテーマに、様々なメディアに寄稿している。ノーム・チョムスキー、ロバート・シラー、ジェームズ・ワトソン、ジャレド・ダイアモンド、エズラ・ヴォーゲル、ジム・ロジャーズなど多数の知識人にインタビュー。著書に『9・11の標的をつくった男 天才と差別ー建築家ミノル・ヤマサキの生涯』(講談社刊)、『そしてぼくは銃口を向けた」』、『銃弾の向こう側』、『ある日本人ゲイの告白』(草思社刊)、訳書に『封印された「放射能」の恐怖 フクシマ事故で何人がガンになるのか』(講談社 )がある。

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