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若者たちが動かした米中間選挙 “トランプ氏の2年間”が生み出した“不平等国家アメリカ”は変わるのか?

飯塚真紀子在米ジャーナリスト
若者から支持を集めたオカシオコルテス氏(ニューヨーク州)の下院当選にわく人々。(写真:ロイター/アフロ)

 中間選挙から遡ること29日前の10月8日、トランプ氏はこう豪語していた。

「民主党はベネズエラになってしまうのではないか思うほど極左にシフトしてしまった。11月6日は、たくさんの民主党支持者が共和党に投票すると思うよ」

 しかし、蓋を開けてみると、結果はその反対だった。2016年の大統領選時に共和党を支持した人々が民主党に鞍替えしてしまったのだ。特に、2016年時は共和党を支持した郊外に居住する人々や無所属の人々が、今回の中間選挙ではトランプ氏を見捨て、民主党に投票したことが民主党の下院奪還に繋がったと分析されている。

トランプ氏を見捨てた共和党

 郊外地域では、共和党ぐるみで、トランプ氏を見捨てた動きがあったようだ。例えば、ニューヨーク郊外にあたるニュージャージー州北部の「バーゲン郡共和党」の元チェアマン、ボブ・ユディン氏が10月26日「民主党に投票せよ。ドナルド・トランプに責任を取らせろ」と題する論説文を同郡のニュースサイトに投稿して、民主党投票を呼びかけていた。

(以下抜粋)

 我が国は危機にある。トランプ大統領の2年を経て、アメリカの基盤はひび割れを起こし始めている。我々の政府に組み込まれているチェック&バランス(抑制と均衡のシステム)は攻撃を受け、もはや機能していない。

 大統領に対する議会の監視力は共和党が最重要義務を放棄したために無意味なものになってしまった。わずかな少数派を除いて、議会のほぼすべての共和党議員は、大統領に怯えており、彼の怒りを恐れて、トランプの要求がどんなにひどいものであろうと、彼のいいなりになっている。

 トランプのいうことはすべて信じられない。トランプがいうことはすべて事実か検証されなければならない。大統領の嘘は何千にもなっているからだ。彼の女性描写やクリスティーン・フォード(キャバノー氏による性的暴行被害を訴えた)へのあざけりは、トランプの態度が動物レベルであることを示す2つの好例だ。あの男は大統領という職務の質を言い表せないほど低下させた。その質はただ悪化していく一方だろう。

 先週、トランプは、南の国境を封鎖するため、米軍を派遣する可能性に言及した。本当に恐ろしいことだ。トランプは、そんな命令を発する権力は持っておらず、発したら違法になるということがわかっていないのだ。連邦法は、議会の承認なく、警備のために軍隊を使うことを禁じているからだ。

 アメリカの価値観、アメリカの自由、アメリカのコアをなしている権利は、減税措置や好景気、仕事よりもずっと重要なのだ。我々アメリカ人は、トランプ大統領という悪に対抗し続けなければならない。我々は、議会に、監視させる必要がある。だから、6日の投票日には、トランプを支持していない人々に投票することが肝要だ。この場合、民主党だ。最低でも、民主党に下院を奪還させなけれなければならない。その結果、トランプを深く検証することになるだろう。それは出発点に過ぎないが、そこから、我々は2年後にトランプを再選させないために動き始めることができるのだ。

 ユディン氏は、中間選挙で民主党に投票するよう呼びかけたが、それが2年後のトランプ氏再選阻止に繋がると考えたわけである。共和党組織の元チェアマンの痛烈なトランプ批判は、ニュージャージー州に居住する共和党支持者たちを民主党支持へと動かしたことだろう。

 実際、同州の結果を見てみると、 下院で当選した議員は民主党11、共和党1。2016年時は、その内訳が民主党6、共和党6と半々だったことを考えると、民主党が大躍進している。

下院奪還に導いた若者たち

サンタモニカ市庁舎内の投票場所。筆者撮影
サンタモニカ市庁舎内の投票場所。筆者撮影

 民主党を下院奪還へと導いたのは、若者たちや女性たち、マイノリティー層の投票率が高かったことも大きな一因だ。ロサンゼルスで、今回投票した若者たちに話をきいた。

 ユタ州出身のモデルのレイチェルさんは今回、初めて投票したという。

「私はユタ州出身だから、友達の中には共和党支持者が少なくないの。でも、彼らは今回は民主党に投票したと言っていたわ。結局、トランプ氏が大統領になっても、期待していたようなチェンジが起きなかったからよ。私は、2年前の大統領選の時は、トランプ氏は勝ちはしないだろうとたかをくくっていたから投票に行かなかったの。だから、後悔した。社会が悪い方向にチェンジしてしまったからね。だから、今回は、私の一票がチェンジに繋がればと思って、初めて投票したの。私の一票が下院奪還に貢献できて良かったわ」

 “チェンジ”というと、オバマ氏が大統領選時にしきりに主張していた常套句である。ジョージ・ワシントン大学の調査によると、オバマ氏に投票した人々の9%が2016年の大統領選時にはトランプ氏に投票していた。彼らはオバマ氏にチェンジを期待したように、トランプ氏にもチェンジを期待したのだ。結局、オバマ氏は期待したほどのチェンジをしてくれなかったが、トランプ氏ならドラスティックなチェンジをしてくれるかもしれない。彼らは再び、そんな希望をトランプ氏に託したのだ。トランプ氏は人格的には問題があるかもしれないが、その実行力で変えてもらおう。そう願って、トランプ氏に投票した人もいたという。つまり、トランプ氏の政党にかかわらず、チェンジをただ強く求めていたゆえに、トランプ氏に投票した人々が少なくなかったと言える。

様々な言語で、投票場所が教示されている。筆者撮影
様々な言語で、投票場所が教示されている。筆者撮影

価値観に合わない共和党の方向性

 トランプ氏が大統領になり、チェンジは確かに起きたかもしれない。経済は上向き、賃金も上昇した。しかし、それは、人々が期待した方向へのチェンジではなかったようだ。

 大統領選に続いて、2回目の投票をしたというファッションデザイナーのアシュレーさんは、コミュニティーと環境が良き方向にチェンジしなかったと指摘した。

「私は、右でも左でもない中道派なんだけど、自分の価値観に近い党に入れたいと考えているから、今回、民主党に入れたの。共和党の価値観は、トランプ氏が大統領になってから、ますます自分の価値観からかけ離れるようなものにチェンジしてしまった。私はコミュニティーや環境を重視しているのだけど、共和党はそれを軽視してしまっている。トランプ氏が大統領になってから、コミュニティーから信頼というものが失われてしまったわ。コミュニティーは分断し、女性の声も届いていない。人々は、トランプ氏が与える恐怖と不安という“脅し”に操作されている。環境の点では、大気汚染は悪化しているし、国立公園に埋蔵している石油も採掘されようとしている。ひどいことだわ。民主党はそんなことはしないわ」

投票した人々は“I Voted”(投票した) と書かれたシールを胸に貼っている。若い女性たちの姿も目についた。筆者撮影
投票した人々は“I Voted”(投票した) と書かれたシールを胸に貼っている。若い女性たちの姿も目についた。筆者撮影

進む社会の不平等化

 社会の不平等が悪い方向へチェンジしたというのは、クリニックでレセプショニストを務めるディアナさんだ。

「私にとっては、社会の不平等問題が最重要課題なの。ホームレスの人々は増えているし、収入格差も開いているから、不平等問題の方が、トランプ氏が主張している不法移民問題よりも解決を優先すべきだと思う。それに、不法移民問題にしても、そこには不平等があるの。今、メキシコ国境を超えてくる人々に対する警備が厳しくなっているけれど、トランプ氏はカナダ国境から入ってくる人々には甘いわ。これって人種差別よね。ダブル・スタンダードだわ。理解できないことだわ」

リーヴァイスもファサードでVOTE(投票)を呼びかけていた。筆者撮影
リーヴァイスもファサードでVOTE(投票)を呼びかけていた。筆者撮影
リーヴァイスのVOTE Tシャツ。筆者撮影
リーヴァイスのVOTE Tシャツ。筆者撮影

 教師のマカウさんも、社会が不平等な方向へチェンジしているのを実感しているという。

「一番の問題は不平等だね。金持ちと貧しい人々の格差が開いていると感じるよ。国のリーダーが人種差別主義者だから、この国の人々の考え方も人種差別的な方向に変わってしまっているのは悲しいことだ。教育費にも予算がかけられていない。国境警備より教育に予算をかけてほしいよ。でも、今回、女性議員が数多く誕生したことは朗報だ。彼女たちはきっと教育に力を入れると思うから」

 アクトレスのジェナさんは、アメリカがこれまで築き上げてきた価値観が、トランプによって台無しになる方向にチェンジしたと嘆く。

「アメリカは不平等社会から長い年月をかけて平等社会に変わって行ったのに、トランプ氏の2年間が平等という価値観を台無しにしてしまったわ。世の中には様々な人種やジェンダーの人々がいる。差別の下、長い間、隠れるように暮らして来た彼らはやっと社会で認められて発言できるようになったのに、また、差別されるようになってしまったわ。だから、この2年間は、特に、有色人種の人々は怒りと悲しみに苛まれていると思う。私はそんな不平等国家には住みたくないから、民主党に入れたの。でも、今回の選挙では、女性が歴史を作った。たくさんの女性議員が誕生したし、イスラム教徒の女性やネイティブ・アメリカンの女性も議員になった。ゲイを公表して州知事に当選した男性も現れたわ。トランプ氏が出現した反動として、こんな多様化が起きたのかもしれないわね。良き方向へチェンジして行くことを願いたいわ」

 話をきいた誰もが、“トランプ氏の2年間”は社会を不平等化させたと訴えた。それだけに、今回、民主党が下院を奪還し、議員の顔ぶれも、人種、ジェンダーともに多様化したことは、平等へと繋がる朗報だと感じていた。“不平等国家アメリカ”に一縷の光が差し始めたのだろうか。

カリフォルニア州サンタモニカ市庁舎内での投票風景。筆者撮影
カリフォルニア州サンタモニカ市庁舎内での投票風景。筆者撮影

トップ1%の経済は上向いたが....

 ところで、トランプ氏も自負しているが、経済は良き方向にチェンジしたのではないか? だが、人々はそれを肌では感じていないようだ。政治的には中道派という、トレードショーのオペレーション・マネージャーを務めるショーンさんがいう。

「経済は良くなっている。ただし、良くなっているのはトップ1%の人々の経済だけだよ。それに、好景気は、オバマ氏たちが8年間立て直してきた結果だ。だから別に、トランプ氏が大統領にならなくても景気は良くなっていただろう。フットボールにたとえるなら、99ヤードまではオバマ氏たちがボールを運んで、最後の1ヤードのタッチ・ダウンだけトランプ氏がしたようなものだね。しかし、トランプ氏は得点を自分の手柄にしている。それに、またリセッションが来ると言っているエコノミストもいるから、好景気でも、意味はないよ」

トランプいじめの民主党は“リンチ党”

 圧倒的に民主党支持者が多いカリフォルニア州、しかも都市部なので、“トランプ・バッシング”の声ばかり耳にしたが、空軍の退役軍人のジェレミアさんはトランプ氏のチェンジする力を強く信じていた。ベンチに座ってスマホをいじっていたジェレミアさんの前置かれていたのは、寝袋が入った大きなトートバッグ。好景気になったとは言われているものの「手に職をつけていないため、仕事が見つからず、ホームレスになった」という。

「僕は共和党に投票したよ。だから、民主党の下院奪還にショックを受けている。民主党は極左に走っている。アメリカは社会主義国ではないんだよ。それなのに、今、社会主義がアメリカを破壊している状況がある。トランプ氏はとてもいい仕事をしている。オバマ氏よりもずっといい仕事をしているんだ。経済も良くなった。それなのに、みな彼をいじめている。あの物言いだけでトランプ氏を判断しないでほしいんだ。彼はあんなふうに話しているけど、頭脳はとても明晰だよ。不法移民政策も批判されているけど、一国のリーダーが国境を守るのは当然のことじゃないか。それに、トランプ氏は言われているほど人種差別主義者じゃない。モラルもある。アメリカを復活させて、繁栄させようとしている。それなのに、民主党はただ非難合戦ばかりしている。自分たちのアジェンダを押し通すために、トランプ氏をリンチにかける“リンチ党”になり下がってしまったよ」

 若者たちの主張をきくと、リベラルとコンサーヴァティブの間に横たわる溝はあまりにも深いと感じる。

 下院議長のナンシー・ペロシ氏は、下院奪還後の会見で、超党派体制を訴え、トランプ氏もペロシ氏に祝辞を送ったが、様々な議案で、両党が合意点を見出だすとは思えない。何も決まらない、チェンジが起きない不安定な状況に翻弄されるのは、結局、米国民だろう。ホームレスの人々が増えているアメリカだが、“政治的ホームレス”もまた増えていくのかもしれない。

在米ジャーナリスト

大分県生まれ。早稲田大学卒業。出版社にて編集記者を務めた後、渡米。ロサンゼルスを拠点に、政治、経済、社会、トレンドなどをテーマに、様々なメディアに寄稿している。ノーム・チョムスキー、ロバート・シラー、ジェームズ・ワトソン、ジャレド・ダイアモンド、エズラ・ヴォーゲル、ジム・ロジャーズなど多数の知識人にインタビュー。著書に『9・11の標的をつくった男 天才と差別ー建築家ミノル・ヤマサキの生涯』(講談社刊)、『そしてぼくは銃口を向けた」』、『銃弾の向こう側』、『ある日本人ゲイの告白』(草思社刊)、訳書に『封印された「放射能」の恐怖 フクシマ事故で何人がガンになるのか』(講談社 )がある。

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