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書評家が本紹介TikTokerけんごをくさし、けんごが活動休止を決めた件は出版業界にとって大損害

飯田一史ライター
けんごのTwitterアカウントより

2021年12月9日、書評家の豊崎由美がTwitter上に

と書き込み、これを受けて本紹介動画を投稿するTikTokerの代表格であるけんごがやはりTwitterにおいて

と応答。また、

とTikTokでの活動休止を発表した。

筆者はこのことは出版業界にとって大きな損失だと考える。

■2021年に女子中高生にけんごが与えた影響はきわめて大きかった

今年発表された毎日新聞社と全国学校図書館協議会(全国SLA)による学校読書調査の結果を見ると、中高生女子に対するけんごをはじめとするBookTokerの影響力は一目瞭然である。

「学校図書館」(全国学校図書館協議会)2021年11g都合45pより引用
「学校図書館」(全国学校図書館協議会)2021年11g都合45pより引用

「今の学年になってから読んだ本」の上位に来ている『桜のような僕の恋人』『あの花が咲く丘で君とまた出会えたら。』『余命10年』などの作品およびその書き手、以前から学校読書調査上で人気があったが、TIkTokをきっかけに再ブレイクした代表的な作品である。

注目したいのは「読んだ」と言っている人数だ。

高2、高3女子でトップとなった『桜のような僕の恋人』は高2女子で21人、高3女子で15人が挙げている。

(2021年の学校読書調査では高校1~3年生4902名を対象に実施されているから、女子は各学年800人くらい)

これは例年の約2倍にあたる。

たとえば前回2019年調査で1位になった作品は高2女子が『君は月夜に光り輝く』で8人、高3女子が『君の膵臓をたべたい』で6人である(2019年調査は高1~3年生3479人を対象としており、21年は1.4倍になっているが、それを鑑みると実質2倍程度になる)。

TikTokをきっかけにトップ作品の本は倍も読まれるようになり、2位以下も(必ずしもTikTokの影響だけとは言い切れないものの)例年より明らかに増えている。

けんごが活動休止することでこの流れが途絶え、ほかの本紹介TikTokerも萎縮するなど負の影響が及んだとすると、今年プラスで発生した読書量が再び失われることになりかねない。

■出版業界、教育業界は中長期的に本紹介TikTokerを支援すべき

とはいえ、現時点では高校生に対するTikTokerの影響力を過大に見積もることには慎重であるべきだ。

高校生全体の月の平均読書冊数を見ると2019年の1.4冊から、2021年には1.6冊と微増したにすぎない。

各年の学校読書調査より作成
各年の学校読書調査より作成

TikTok銘柄と言うべき特定作品を押し上げたことに留まっていること、および、現状女子にその影響力が偏っているからだろうと推察される。

男子ではTikTok銘柄のライト文芸が上位に多数入るような現象も、トップ作品の冊数上昇も見られない。

ただ、重要なのは、TikTokは高校生女子には確実に効いた、本を読む意欲を喚起することに成功した、という点だ。

これは読書推進活動の歴史上、きわめて重要である。

先に挙げたグラフを見てもらえればわかるように、2000年代以降、小中学生は平均読書冊数がV字回復し、2021年現在は歴史上もっとも本を読む児童・生徒になっている。

これは2000年に始まったOECD加盟国の15歳を対象とする学習到達度調査PISAにおいて読解力のスコアがフィンランドなどに負けたこと、およびアンケートで日本の子どもがOECD加盟国中最低レベルの読書冊数だったことにショックを受けた教育業界や政界が読書推進政策に国をあげて取り組んできたおかげである(詳細は拙著『今、子どもの本が売れる理由』を参照)。

ところが、高校生は不読率(読んだ本0冊回答者の割合)が多少改善されたものの、平均読書冊数は横ばいを続けている。

小学生は月10冊以上、中学生は5冊以上読むようになったのに、高校生はせいぜい1~2冊なのである。

これは伝統的には「高校生になると忙しくなり、関心も多様化するので本を読まなくなる」と言われてきた。また、たとえば朝の読書推進協議会発表によると2021年3月時点で朝の読書(朝読)の実施率が全国で小学生80%、中学生82%なのに対して高校生は45%止まりであるなど「PISAは15歳を対象としたテストなので高校生以上には関係ない」と言わんばかりに読書推進活動・政策が手薄になる、といった背景もある。

理由はなんにせよ、高校生の読書が増えない、という厳然たる事実がある。

しかし、中学生から高校生にかけての読書量・不読者の急激な変化をなだらかにする手立てを確立することは、その後、大人になって以降も読書習慣を持ってもらうために重要である。

教育学者の矢野眞和は、大学時代の学習熱心度が社会人になって以降も勉強を続けるかどうかにつながり、それが長期的に見ると収入に影響を与えるという「学び習慣」仮説を提唱している。学ぶための重要な方法のひとつが読書であり、学び習慣とは言いかえればかなり程度「読書習慣」である。

したがって単に出版業界、教育業界的に「もっと本を読んでほしい」のはむろんのこととして、能力の高い社会人を育てるためにも若いうちからの読書習慣づくりは広く産業界にとっても意味のあることのはずだ(筆者自身は、成績を上げたり仕事で成果を出すためにだけ読書があるような読書観ではないが、そういう視点から言っても重要だ、とは思っている)。

そういう意味で、なかなか本に興味をもってもらいづらい高校生に対してTikTokの本紹介動画が刺さった、そういうやりかたなら届く読者がたくさんいた、ということは貴重な発見だった。くさすのではなく、むしろ出版界は中長期的にTikTokerを応援、支援するべきだと筆者は考える。

もちろん、「TikTok売れ」には限界があるし、なんでもかんでも、いくらでも売れるわけではない。現状では本紹介動画の影響力は若年層女子に偏っており、男子や、上の世代には届いていない。刺さる作品ジャンルもライト文芸系にかなりの程度限定されている(もっとも、これは紹介者側の問題ではなく受け手であるTikTokユーザーの好みが大きいが)。

そこを過大評価するような風潮には筆者は懐疑的であり、メディアは現実に即した報道をすべきだし、「TikTok売れ」が孕む課題から目を背けるべきではないと考える。

しかし、けんごのように先陣を切って取り組む人がいなければ、たとえば「男子向けに力を入れてやってみよう」と思うフォロワーも生まれない。

「がんばって動画を作っても出版業界人からは歓迎されないのか」と思ったら、ほかにも離れていく人はいるだろう。

かつて、一部の文芸評論家は書評家に対して「長い批評も書けないくせに」と揶揄的に見ていたが(今もいるのかもしれない)、そうやって下に見られた書評家が今度はTikTokerを下に見るという不毛の再生産は嘆かわしい。それぞれ役割が違うし、それぞれに求める人がいる。自分の仕事に自負を持つのは当然のことだが、それをもってほかの人間をバカにするのはどうかと思う。

けんごをはじめとする本紹介TikToker、あるいはYouTuberには、批判や無理解を気にせず動画視聴者のほうを向いて引き続き取り組んでもらえればと切に願う。

ライター

出版社にてカルチャー誌や小説の編集者を経験した後、独立。マーケティング的視点と批評的観点からウェブカルチャー、出版産業、子どもの本、マンガ等について取材&調査してわかりやすく解説・分析。単著に『いま、子どもの本が売れる理由』『マンガ雑誌は死んだ。で、どうするの?』『ウェブ小説の衝撃』など。構成を担当した本に石黒浩『アンドロイドは人間になれるか』、藤田和日郎『読者ハ読ムナ』、福原慶匡『アニメプロデューサーになろう!』、中野信子『サイコパス』他。青森県むつ市生まれ。中央大学法学部法律学科卒、グロービス経営大学院経営学修士(MBA)。息子4歳、猫2匹 ichiiida@gmail.com

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