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『スライム倒して300年』に見る性愛の後退とスローライフ擬似家族の称揚

飯田一史ライター
TVアニメ公式サイトトップページより

 2016年6月から「小説家になろう」にて連載中の森田季節『スライム倒して300年、知らないうちにレベルMAXになってました』(書籍版は2017年1月よりGAノベルから刊行)のTVアニメが2021年4月から放送中だ。

 この作品では、20代の「社蓄」として働く女性が、17歳の姿の不老不死の魔女アズサとして異世界転生する。

 スローライフを送りながら300年スライムを倒し続けると、経験値倍増スキルのおかげでレベルが最高になってあらゆる魔法を使えるようになる。

 そんな魔女の家にレッドドラゴンのライカ、ブルードラゴンのフラットルテ、調剤師ハルカラ、幽霊のロザリー、魔王ベルゼブブ、スライムのシャルシャとファルファ等々がやってきて擬似家族的に楽しい生活を送る。

 ドラゴンやスライムといってもみなふだんは人間型の姿をしており、全員女性である。

 ただ女性同士の恋愛要素はない。主要キャラの女性と男性の恋愛も基本的にない。

 異世界に男性がいないのではなく、アズサと暮らしたり、主要なイベントに絡んできたりするのが女性しかいない。

 芳文社の萌え4コマ的な女の子同士のかけあいをなろう系的な異世界ものの味付けをして書いた、ワンエピソードが短い連作コメディ、と言えばいいだろう。

 たとえば、身体を小さくする毒キノコの解毒剤を取りに、魔族の土地にある世界樹(108階あるダンジョン)に向かうと、完全に観光地化していてエレベーターがあり、しかし使うとお金がかかるし、野生のモンスターは来訪者に慣れきっている。

 しかも108階にある薬屋で目当ての品を買おうとすると、アズサたちが見たことがあるものが売っており、某キャラがワイバーンで飛んで納品に来る――そもそも塔にのぼる必要がなかった、といった具合にコミカルな展開の話が、各キャラのボケとともに繰り広げられる(ときどき「家族っていいね」的な感動もある)。

■労働から苦が取り除かれた世界

 この作品では、労働に対する本音・願望がダダ漏れし、また、世相が反映される。

 アズサは前世で過労死し、しかも誰かから自分の仕事が認められる前に死んだ。

 異世界では誰かから「偉い」と言われそうことを進んですることは避けているが「褒められると嬉しい」と思う。

 ケンカを売られたので戦って倒すが、そのあとライカと同居することになったアズサは、過労死の記憶がリフレインして、家を徹夜で作ろうとするライカを止める。

 このように、働き方改革、ワークライフバランスが完全に実現した世界を描く。

 また、アンデッドをやって四〇年のポンデリが「遊び相手がいなくて寂しい」と言うため、ベルゼブブは「魔族の土地に引っ越せ」と言うものの、引越し費用は働かないと手に入らない――しかし働くのイヤだ、というわけで「ゲームで遊んであげる屋」(遊び相手を探している人とゲームでいっしょに遊ぶことでお金をもらう)をやることをアズサは提案する。

 こういう「遊びを仕事にする」ことは、しばしば「世の中そんなに甘いもんじゃない」などと否定されがちな「好きなことで、生きていく」(YouTubeの広告のフレーズ)的価値観が実現した世界だ。

 そもそもが「不老不死になったらダラダラ好きに生活したい」から始まる作品であり、アズサは働く必要がないのだが。

■性愛の後退と擬似家族の称揚

 2010年代初頭までのラノベの主流ジャンルは異世界ファンタジー、現代もの異能バトル、ラブコメが3派鼎立状態であり、いずれも恋愛やエロ要素は人気を得るためには不可欠とされてきたが、2010年代後半以降は必ずしもそうではなくなった。

 この作品には、2010年代後半~20年代初頭の人気作に顕著な、ウェブ発の異世界ファンタジー(単行本ラノベ)における恋愛や性の後退ぶりと、擬似家族的な親密さの称揚がある。そしてそれを「大人」の読者が主に楽しむようになったのだ。大人が読むからこそ、労働に対する願望が込められたものが支持されている。

ライター

出版社にてカルチャー誌や小説の編集者を経験した後、独立。マーケティング的視点と批評的観点からウェブカルチャー、出版産業、子どもの本、マンガ等について取材&調査してわかりやすく解説・分析。単著に『いま、子どもの本が売れる理由』『マンガ雑誌は死んだ。で、どうするの?』『ウェブ小説の衝撃』など。構成を担当した本に石黒浩『アンドロイドは人間になれるか』、藤田和日郎『読者ハ読ムナ』、福原慶匡『アニメプロデューサーになろう!』、中野信子『サイコパス』他。青森県むつ市生まれ。中央大学法学部法律学科卒、グロービス経営大学院経営学修士(MBA)。息子4歳、猫2匹 ichiiida@gmail.com

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