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日本語版より先に韓国語版が出た「なろう」小説について、韓国の版元とエージェントに訊いてみた

飯田一史ライター

じぇにゅいん作『俺、りん』は「小説家になろう」に連載され、日本人が日本語で書いた作品ながら、日本語版書籍の前に韓国語版が出た。刊行を手がけた株式会社イメージフレームの朴寛炯(パク・グァンヒョン)編集長と、出版エージェントであるコミックポップ・エンターテインメント代表であり、日本の漫画研究誌などにも寄稿しているライター、翻訳家の宣政佑(ソン・ジョンウ)氏に、刊行の経緯を訊いた。

※インタビュー前編はこちら

■韓国ではラノベはエスタブリッシュメントには知られていない

――韓国ではライトノベル(日本から翻訳されたものでも、韓国オリジナルのものでも)は世間的にはどういう扱いでしょうか。日本では、文壇的なところからの評価は低いですが、世間的な認知度で言えばだいぶポピュラーなものになってきましたが……。

朴:ここ2~3年間は小説分野のベストセラーの20~30%ほどをライトノベルが占めていましたし、一般文学市場は韓国でもかなり縮小されつつあるので、現在、紙の本の市場でライトノベルが占める割合は相当なものだと推定出来ます。

しかし、韓国においては韓国の新聞・放送などで出版市場や文学市場を語る記者や評論家からは「評価が低い」というより「そもそも認識されていない」と言えます。たとえば韓国において現在の小説市場のかなりの割合をライトノベルが占めているという事実そのものを知らない業界記者や文芸評論家がほとんどです。

また、オンライン書店でもライトノベルは一般文学と販売ランキングを別途に表示するケースが多いです。そのなかでaladinというオンライン書店の週間ベストセラー順位だけはライトノベルと一般の文学作品を同じカテゴリで計算しているのですが、1位から50位までの中で15点がライトノベルです。2015年5月の2週目には50位までで24点がライトノベルでした。

にもかかわらず、新聞記者や文芸評論家はライトノベルというジャンルの存在そのものを知らないまま(無視するとかではなく、認識の外にあるという意味です)市場を分析することが多いです。

宣:ただし、aladinは韓国の大手書店の中ではマニア人気が高いところではあります。例えばオフライン書店チェーンの大手であるKyobo文庫や、オンライン書店の大手であるYES24、オンラインの総合ショッピングサイトであるINTERPARKの図書部門に比べ売上額が小さく、4位になっています。ですが営業利益が高く、ここ3~4年間YES24に続き韓国2位ですね。特に営業利益の利益率では3%を超え単独トップです。特に漫画やミステリーなど、韓国ではサブカルチャー寄りだと思われる分野のファンにウケがいいオンライン書店です。

このaladin書店の順位にライトノベルが多いという特徴にはそういう背景もあるということです。とは言え、『涼宮ハルヒ』シリーズが過去Kyobo文庫の年間ベストセラー順位の小説部門に乗ったこともあるなど、朴さんのコメントとおり日本のライトノベルの売上で占める割合が大きくなってきているのは事実です。少なくとも、非常に多くの作品が版権契約され翻訳出版されていますから。ただそれが一般のマスコミや出版業界からあまり認識されていないという話ですね。

ちなみに少し歴史を遡ると、日本でライトノベルや、その以前ならジュブナイル小説が占めていた位置に該当するのは、韓国では90年代までは武侠小説、そして90年代末以後はファンタジー小説だったと言えます。また女性向けのロマンス小説はそのころから強い存在感を持っていたということも、強調したいですね。

■韓国ウェブ小説の歴史と流行

――日本で言う「小説家になろう」や「E★エブリスタ」に相当するような、有力な小説投稿・閲覧プラットフォームは韓国にはありますか。あるとすれば、どんなタイプの作品が人気なのでしょうか。

朴:韓国にも小説投稿サイトは存在します。代表的な2つのサイトは「小説家になろう」より長い歴史を持っています。それらのサイトが「小説家になろう」 と大きく違うところは、「有料連載で売上を上げている」という点です。

また、韓国のウェブ小説投稿プラットフォームでの人気ジャンルは、男性向けではファンタジー、女性向けではロマンスとBLです。

宣:90年代末からの韓国文化において、パソコン通信とインターネットを含めての「オンライン」への理解はとても重要です。たとえばK-POP、あの「GANGNAM STYLE」のPSYも最初はパソコン通信に自作曲をアップロードして発表したのがデビューに繋がりました。90年代末ロック、ヒップホップなどあらゆるジャンルのK-POPにおいて、オンラインの同好会や掲示板などで活動していたアマチュアからのデビューやネット批評などの文化があったのです。

小説ジャンルで言えば、歴史が古い武侠小説はすでに80年代初期から韓国社会の中で人気を得ていましたが、それも90年代中盤以後からパソコン通信で始まった「新武侠」という世代区分ができるくらいにネットの影響力が大きかったのです。

ファンタジー小説もパソコン通信からブームが始まりました。日本で翻訳が出ている韓国のファンタジー小説家、ジョン・ミンヒイ・ヨンドもパソコン通信で作品を発表していた“アマチュアの立場”からキャリアを始めています。

したがって、「小説投稿のオンライン・プラットフォーム」の韓国での文化的位置付けも、そういう状況を理解したうえで考える必要があるでしょう。

――ここ数年の流行りではなくて、90年代なかば以降、韓国のポップカルチャー全体をオンライン化が覆っていった結果の一端として「ウェブ小説」がある、ということですよね。

宣:日本では「小説家になろう」などがまさに今「流行っている」わけですが、韓国でのウェブ小説はすでに15年の歴史を持って人びとに認知されており、「新しい」とか「流行っている」という感じではなくなっています。そういう投稿プラットフォームは「老舗サイト」という感じとでも言いましょうか。「小説投稿のオンラインプラットフォーム」から新しいブームが出てきている状況とは言い難いでしょう。

むしろ韓国では、日本のライトノベルの方が「新しいブーム」だと言えます。

朴:日本では「小説家になろう」発の異世界モノやゲームを背景にした作品が最近人気ですが、韓国では同じ流行が2000年代初期にあったので「今どきの流行りじゃない」と思われる傾向もあります。

――その流行のタイミングの差はおもしろいですね。おそらく韓国での流行りを日本人がマネしたというわけではないでしょうから、韓国のほうが日本よりもファンタジー系のオンラインゲーム先進国だったがために、エンタメ小説にその想像力が流れて広がるのも早かった、といった感じでしょうか。

宣:しかし、じゃあ今の韓国の流行りってなんだろう……という気もします。「韓国版ライトノベル」というジャンルも少数ながら00年代中盤以後から作品がずっと出ていますが、それらは日本の流行りと基本的には変わらない作品ばかりであるようにも思います。

ただ、それら「韓国版ライトノベル」はやはりマイナーな作品が多く、一部のヒット作を除くと韓国小説全体においても、売上や話題性において「全般的に人気が高い」とは言い難いと思います。もちろん「韓国版ライトノベル」の中にもある程度のヒット作はありますが。むしろ先述した韓国作家のロマンス小説や、武侠・ファンタジー小説ジャンルにおいてヒット作がもっと多かったというような感じで……。「韓国版ライトノベル」の中にもある程度のヒット作はありますがそれらが他ジャンルや日本作品よりも売れているとはちょっと言い難いと思います。

ロマンス小説分野で、例えば韓国でTVドラマ化もされ、日本語翻訳版も出版されているチョン・ウングォルなどヒット作家が多数出ていることと比べると……ですね。

■じぇにゅいん『俺、りん』韓国語版出版の経緯

――「小説家になろう」をご覧になって、日本語版が出ていない『俺、りん』を独自に翻訳出版されたとのことですが、日本のウェブ小説は元々チェックされていたのでしょうか?

朴:元々チェックしていました。日本のウェブ小説(個人ウェブサイト、ブログ、2ch連載小説など)を読んだのは2000年頃からだったので、すでに10年以上になります。

「小説家になろう」やpixivが出来てからは新作チェックが便利になりましたが、その代わり既存の個人ウェブサイトやブログなどが一挙に寂しくなったのはちょっと残念ですね。

韓国でそういう風に日本のウェブ小説を読む読者は、一部ですが、そこそこいると思います。個人的には同じウェブ小説分野では、日本の作品の方が、韓国のそれよりは面白いと感じています。

――今回、翻訳出版された『俺、りん』のどこに惹かれたのでしょうか。日本でランキング上位になっている「異世界転生もの」とは毛色が違うと思うのですが。

朴:まず、日本のライトノベルのヒット作はすでに韓国の他の出版社が契約しているため、弊社が今から翻訳版を出せる作品はほとんどありません。そして「ランキング上位の異世界転生もの」には日本の出版社が先に出版のオファーを作家に提案するわけです。

――なるほど、ということは、今回のケースのように日本語版を経ずに独自に翻訳出版したいと御社が考えた場合には……。

朴:日本の出版社が検討しないような作品、興味を持たない非メジャーのジャンルから選ぶことになります。

しかし、個人的な見解では、「小説家になろう」上でのランキングやポイントなどは現在の流行がどういうものなのかを知るにはいいですが、その作品の面白さや完成度と必ずしも一致するものだとは言えないと思います。例えば10万点の作品と3千点の作品を比較してみた時、面白さや完成度において前者と後者でそこまでの開きがないことも多かったです。違いは「流行りもの」かどうかだけだったり…。日本では流行っていない非メジャーのジャンルでランキングがそこまで高くない作品だとしても、作品のレベルという側面では日本の既存のライトノベルレーベルからすぐ出版してもいいクオリティの作品も多いと思います。

日本の出版社が作家に出版をオファーをするさい「ランキング上位の異世界転生もの」ばかりを選ぶことは、個人的に少し残念な思いも持っています。

――売上を第一に考えると、人気のある流行りものを選んで出版するのもしかたないかなと思いますが、しかし、日本と韓国では流行りが違うので、日本では売れなさそうに思われても、韓国では出版していけそうなケースもあるということですよね。

ちなみに今回のように、日本人作家の作品で「日本語版が出ていないのに韓国語版が出た」という例は(ネット発の作品に限らず)前例はあるものなのでしょうか。

朴:ほかの一般の出版分野まで広めると厳密には答えられませんが……ライトノベルでは初です。漫画では2000年代初頭に1、2回ほど試みがありました。韓国の漫画雑誌が日本の作家に新作漫画を連載してもらい、単行本出版にまで至った事例があります。

また、出版にまでは至っていなかったのですが、かの『ソードアート・オンライン』が日本で出版される前、ウェブ小説の段階で韓国の出版社が川原礫さんに韓国での出版を提案したことがあるらしい、という話を聞いたことがあります。

――書籍版『俺、りん』のプロモーション施策を教えてください。

朴:「日本人の作家が韓国で先に出版した」という事実は、公式の広報ではどこにもオープンにしていません。そういう方向での話題性よりは、もっと作品にフォーカスを集めたいということで……。それよりも作品の内容を紹介することに力を入れました。ハーレム、異世界、ファンタジー、ゲームなど日本のライトノベルの流行ジャンルからはすべて外れている作品なので、逆に注目を受けるようになれば、と。

また認知度を上げるために韓国のウェブ小説サイトで1ヶ月前から連載イベントを行いました。

ただ結果的には、意図せず「自分の本なのに(韓国語で書かれているので)読めない作家」という点がネットの掲示板などで話題になっていましたね。

――『俺、りん』刊行後の反響は?

朴:朴:売上的には高い数値が出ているわけではありませんが、個人的には満足しています。aladinの週間ベストセラーランキングで、発売週に文学分野の全体31位、ライトノベル8位を記録しました。Yes24のランキングでは「漫画とライトノベル統合ランキング」で週間17位、ライトノベルの中では10位でした。

読者の評価はかなり良いです。日本にもスポーツジャンルのライトノベル、野球を扱った作品は珍しいと思いますが、韓国でもライトノベルで「スポーツ」はかなり珍しいジャンルなので、その点だけでも注目されています。

■社会性をめぐる日韓の作品傾向の違いと、今後の展望

――韓国にはない、日本のサブカルチャー作品の魅力があるとすればどんなところでしょうか? また、その逆もあれば教えてください。

朴:日本コンテンツのもっとも大きな魅力はまず「一作家=一宇宙」とでも言えるその趣向の多様性でしょう。日本の国民性みたいなものなのかもしれませんが、それぞれの個人から見いだせるあらゆる趣向、あらゆる欲求を、繊細に表出しているところが長所のひとつだと思います。

ただ、そういう個人としての視線を重んじる一方で、作品が持つ社会的文脈にはあまり関心を持たない、というような姿が見られる側面もあるのでは。

――たしかに「エンタメに政治を持ち込むな」あるいは「持ち込まない」みたいなひとは作家にも読者にも一定数います。たとえば作中に自衛隊が出てくるだけで非常にセンシティブな(拒否)反応が見られたりもします。

朴:他方で韓国コンテンツの特徴は、社会的な声、文脈までもを作品に反映しうるところにあるかと思います。「作品を通じてメッセージを伝えよう」という部分は、韓国の作家たちは上手くやっていると思います。ただそういう意味を重んじるところ、メッセージ性などのため、コンテンツが鑑賞者に提供しうる「快楽要素」には集中できない傾向もあると感じています。

――ラノベ翻訳出版に関しての御社の今後の展望を教えてください。

朴:今後も、日本での流行とは直接関係なくとも、ウェブ小説の中で良い作品があるならば韓国市場に紹介していきたいと考えています。

日本と比べると韓国の紙のライトノベル市場の規模は微々たるものですが、電子書籍または有料のネット連載を通じ、マニア向けではなくもっと大衆的に受け入れられるとかなり成果が得られるという、韓国の出版市場の特性もあります。もしそういう特性に合うような作品があり、その作家さんが韓国での出版を前向きに考えていただけるようであれば、今後もこういう試みは続けたいですね。

――日本の出版社や、ウェブ小説のプラットフォーム運営会社(「小説家になろう」を運営するヒナプロジェクトなど)に望むことがあればぜひひとことお願いします。

朴:「小説家になろう」のヒナプロジェクトにはただ感謝するばかりです。韓国のウェブ小説サイトは閉鎖的なところが多いので、ヒナプロジェクトの開放的な運営方針を参考にしてくれるとありがたいのですが……。

日本のコンテンツ産業は特に2次元コンテンツ、もしくは非実在(?)コンテンツの分野で世界的競争力を持っていると思います。どうかそれを活かせるような、自由な構想と包容力で、今後も良い作品を見せていただければと思っています。

〈本インタビューの仲介、翻訳は出版エージェントや翻訳・ライター業を手がけるコミックポップ・エンターテインメント代表の宣政佑(ソン・ジョンウ)氏にご協力頂いた。記して感謝したい〉

※本稿は出版業界紙「新文化」用に行ったインタビューの完全版です。

ライター

出版社にてカルチャー誌や小説の編集者を経験した後、独立。マーケティング的視点と批評的観点からウェブカルチャー、出版産業、子どもの本、マンガ等について取材&調査してわかりやすく解説・分析。単著に『いま、子どもの本が売れる理由』『マンガ雑誌は死んだ。で、どうするの?』『ウェブ小説の衝撃』など。構成を担当した本に石黒浩『アンドロイドは人間になれるか』、藤田和日郎『読者ハ読ムナ』、福原慶匡『アニメプロデューサーになろう!』、中野信子『サイコパス』他。青森県むつ市生まれ。中央大学法学部法律学科卒、グロービス経営大学院経営学修士(MBA)。息子4歳、猫2匹 ichiiida@gmail.com

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