Yahoo!ニュース

都心でも見られた「6050型」を観光列車に! 注目を集める野岩鉄道の挑戦

伊原薫鉄道ライター
観光車両化が計画されている野岩鉄道の6050型(写真提供:野岩鉄道)

 新型コロナウイルス感染症の拡大を抑えるため、行動自粛が叫ばれるようになってから、2年半が経った。依然として感染症の脅威は続いているものの、社会の動きは「感染防止対策を十分に行いながら、徐々にこれまでの生活を取り戻してゆく」という考え方に向かっている。対面での会議や飲み会、あるいは大人数が集まるイベントなども、まだ多少の制限があるものの再開されつつあり、少しずつ“日常”が戻ってきたように感じる。

 鉄道業界も、通勤通学利用者や旅行客の復活などで、運賃収入は回復しつつある。ただし、その程度は会社によってまちまちだ。大都市の鉄道会社はともかく、観光需要がメインだった地方のローカル線は、まだまだ苦境が続いている。こうした会社では、コロナ禍収束後を見据えた観光需要の創出-新たな観光車両の導入や駅のリニューアル、イベントの開催など-をしようにも、資金不足から実現が困難となっている。一方、この2年半の間ずっと“耐えてきた”一般の旅行客や鉄道ファンからは、そうした動きを望む声が根強い。

野岩鉄道随一の絶景スポット、湯西川橋梁を行く6050型(特記以外の写真はすべて筆者撮影)
野岩鉄道随一の絶景スポット、湯西川橋梁を行く6050型(特記以外の写真はすべて筆者撮影)

 そこで注目されているのが、クラウドファンディング(CF)の活用である。例えば、日本最古参の路面電車を継続運行するための、あるいは運転体験ができる線路を整備するための資金としてCFを使った鉄道会社があり、いずれも目標額を上回る支援が寄せられた。鉄道ファンの側から見れば、自分たちの支援が鉄道会社を助け、それが自分たちの楽しみにもつながるわけで、win-winと言える。

 そして、鉄道系CFの中でいま注目を集めているのが、野岩鉄道が挑戦している「6050型改修プロジェクト」だ。

東武6050型と同一仕様の野岩鉄道6050型 都心で見たことがある人もいるだろう
東武6050型と同一仕様の野岩鉄道6050型 都心で見たことがある人もいるだろう

首都圏との直通運転に備えて登場

 野岩鉄道は、栃木県の新藤原駅と福島県の会津高原尾瀬口駅を結ぶ全長30.7kmの会津鬼怒川線を運営する会社である。会津鬼怒川線はもともと国鉄の路線として計画されたが、赤字による建設中断を経て第三セクター方式で運営されることとなり、1981年に同社が設立された。新藤原駅で東武鉄道鬼怒川線と、会津高原尾瀬口駅で会津鉄道会津線と接続することから、1986年の開業後は首都圏と会津地方を結ぶメインルートとして、観光振興になくてはならない存在となった。

 そして、同線はその性格上、東武鉄道からの直通運転が念頭に置かれた。そこで、東武鉄道は6000系を更新する形で6050型を開発。さらに、野岩鉄道と会津鉄道も開業に合わせて同一仕様の車両を導入した。このうち、野岩鉄道の3編成は100番代に区分されたが、形式名との干渉を避けるために車両番号が5ケタとなり、モーターがある電動車は61150形、モーターがない付随車は62150形と、大きな数字になった。

6050型の車内 国鉄の急行列車のような雰囲気が漂う
6050型の車内 国鉄の急行列車のような雰囲気が漂う

レトロな雰囲気が漂う車内

 この6050型は、6000系の構造を受け継いだ2扉セミクロスシート車両で、トイレや折り畳みテーブルを備えるなど、長距離の移動が念頭に置かれている。車内の雰囲気も、デッキこそないものの国鉄(JR)の165系やキハ58系などの急行用車両に似ており、旅情をかきたてる雰囲気が鉄道ファンや旅行客に好評を博した。デビュー後は、都心と会津エリアを結ぶ直通列車を中心に、日光・会津エリアの普通列車などとしても活躍。一時は夜行列車「スノーパル」「尾瀬夜行」や有料で座席指定の快速急行「だいや」等としても運行された。また、3社の車両は所属会社に関係なく共通で運用されており、野岩鉄道の車両が東武浅草駅まで入線したり、東武鉄道の車両が野岩鉄道の線内を往復したりする姿が日常的に見られた。

長距離乗車などで役に立つ、折り畳み式の大型テーブル
長距離乗車などで役に立つ、折り畳み式の大型テーブル

 その後、老朽化などによって2017年から廃車が進行。2022年3月には東武鉄道と会津鉄道での運行を終了し、以降は野岩鉄道に残った2編成が同社線内の普通列車として走るのみとなった。この2編成も、製造から36年が経過しており、車体の劣化が進むとともに部品の調達も難しくなってきたため、改修工事が計画された。

 だが、同社の利用者は1991年の117万人をピークに、少子高齢化や道路整備などの影響を受け、コロナ禍前で3分の1程度にまで減少。さらに、観光客が約98%という構成が災いし、この2年間は新型コロナウイルス感染症の影響によってさらに低迷し、極めて厳しい経営状況となっている。そこで、改修費用をCFによって募ることとなった。

クラウドファンディングで観光列車に”再生”

えんじ色の座席がどことなく懐かしさを感じさせる 2両編成のうち1両はこの雰囲気が残される予定
えんじ色の座席がどことなく懐かしさを感じさせる 2両編成のうち1両はこの雰囲気が残される予定

 今回の改修は、2編成のうち1編成を観光用車両に改造するというもの。具体的には、61103編成の1両に模擬運転台を設置し、運転士気分を体感できるようにする。また、畳座席や自転車スペース、多機能スペースも設けることで、多様な使い方をできるようにするとともに、利便性の向上を図る。一方、編成を組むもう1両は現在の雰囲気を残すことで、「本来の6050型の雰囲気を楽しみたい」という需要にも応えられるようにする予定だ。

 1,500万円の支援を目標とし、8月10日に始まったCFは、初日で22%、10日間で50%を集めるなど、順調に推移。9月13日には終了日まで4週間を残して目標額を達成し、改修工事の実施が決まった。これを受けて、同社ではさらに模擬運転台への動画放映用モニター設置やトイレのリニューアルを実現すべく、ネクストゴールに挑戦している。

長距離列車を想定しトイレを装備 「くずもの入れ」の文字も独特だ
長距離列車を想定しトイレを装備 「くずもの入れ」の文字も独特だ

 筆者は大阪に住んでいることもあり、6050型に乗ったことはほとんどないのだが、CF実施にあたって車庫で取材する機会をいただいた。車内に入ると、真っ赤な座席とその背もたれに取り付けられた手摺り、大きなテーブルなどが、往時の急行列車を思い出させる。窓も大きく、ここから会津の四季をゆっくり眺めてみたいと感じた。

 CFの成功によって車両の改修に目途がついただけでなく、CFを実施したことで同社の取り組みや6050型の魅力を再認識したという鉄道ファンも多い。観光用車両が呼び水となって観光客が戻ってくれば、同社だけでなく会津エリア全体の活性化にも弾みがつくだろう。野岩鉄道の担当者は、「多くのご支援・応援をいただき、社員一同、心から御礼申し上げます。「乗って楽しい車両」を創出することで、多くのお客様に乗っていただき、沿線の自然や景色を楽しむ「列車の旅」を満喫していただきたいと思っております。引き続きの皆様のご支援・応援を何卒よろしくお願いいたします」と話す。

観光列車の外観デザインは検討中とのこと どのような姿となるか楽しみだ
観光列車の外観デザインは検討中とのこと どのような姿となるか楽しみだ

 残り数日となった野岩鉄道のCF。その結末や、どんな観光用車両ができあがるのかを、期待を持って見守りたい。そして同時に、鉄道ファンや利用者の支援が鉄道会社を元気づけ、イベントや車両のリニューアルといった形で戻ってくるというwin-winが、全国で続くことを願う。

鉄道ライター

大阪府生まれ。京都大学大学院都市交通政策技術者。鉄道雑誌やwebメディアでの執筆を中心に、テレビやトークショーの出演・監修、グッズ制作やイベント企画、都市交通政策のアドバイザーなど幅広く活躍する。乗り鉄・撮り鉄・収集鉄・呑み鉄。好きなものは103系、キハ30、北千住駅の発車メロディ。トランペット吹き。著書に「関西人はなぜ阪急を別格だと思うのか」「街まで変える 鉄道のデザイン」「そうだったのか!Osaka Metro」「国鉄・私鉄・JR 廃止駅の不思議と謎」(共著)など。

伊原薫の最近の記事