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新幹線ができると”食”が変わる? 北陸で聞いた「関西との結びつきと味への影響」

伊原薫鉄道ライター
ついに実現した北陸新幹線の敦賀延伸が、北陸の「食」にも影響しそうだ

 2024年3月16日、北陸新幹線の金沢~敦賀間がいよいよ延伸開業する。首都圏と直結することになる沿線の各都市では、開業に合わせて様々なイベントを実施。東京駅などでもポスターやキャンペーンなどで、各地の魅力と飛躍的に向上するアクセスのアピールに余念がない。北陸4県では、令和6年能登半島地震からの復興を後押しする「北陸応援割」も始まり、東京から訪れる人の増加が見込まれる。

 北陸地方、特に金沢や福井で商売を営む人々にとっては、正に大きな転換点となる新幹線開業。だが一方で、今後の展開に頭を悩ませる人も多いようだ。

2023年9月に始まった北陸新幹線延伸区間の試験走行。この頃からすでに、関西と北陸の結びつきについて懸念する声が上がり始めていた(写真は全て筆者撮影)
2023年9月に始まった北陸新幹線延伸区間の試験走行。この頃からすでに、関西と北陸の結びつきについて懸念する声が上がり始めていた(写真は全て筆者撮影)

○北陸の飲食店を悩ませる”味付けの変化”

「これから、どうしたらいいんでしょうかね……」

 3月上旬、取材のついでに立ち寄った福井市内の居酒屋で、板前からこんな言葉を聞いた。実は、2月に金沢を訪れた私の友人も、別の料理店で全く同じことを言われたという。彼らが悩んでいること、それは料理の味付けだ。

 もともと北陸地方は関西地方と料理の味付けが似ている。歴史をさかのぼると、関西地方と北陸地方、さらに蝦夷と呼ばれた北海道は北前船で結ばれていた。北前船は各地の食料品や日用品を運んでおり、その一つである北海道産の昆布が沿岸地域で料理に幅広く使われ、味付けに影響を与えたと言われている。一方で、北海道から直接の船便がなかった東京(江戸)は昆布の入手が難しかったことから、昆布ではなく鰹節を用いた出汁が主流となり、味付けの違いが生まれた。

 明治期以降、鉄道が人やモノの移動手段として台頭すると、関西と北陸の結びつきはより強くなった。その象徴といえるのが特急「雷鳥」である。1964年に大阪~富山間で1往復が運転を開始して以降、増発や他の特急・急行列車の吸収によってどんどん勢力を拡大。1990年代には1日25往復が設定され、一部は新潟まで足を延ばして京阪神と北陸の各都市を結んだ。1995年には、最新鋭の681系を使用した列車が特急「サンダーバード」として生まれ変わり、名実ともにJR西日本のフラッグシップトレインとして不動の地位を築き上げる

関西と北陸を結ぶ特急「サンダーバード」
関西と北陸を結ぶ特急「サンダーバード」

 そんな関西と北陸の関係が大きく変わったのは、2015年のことだった。北陸新幹線の長野~金沢間が開業し、東京と富山・金沢が直結されたが、同時にこれまで乗り換えなしだった関西と金沢以東の移動が、北陸新幹線に乗り継ぐ形へと変化。資料によって数値に差があるものの、富山県への来訪者は首都圏からが1割ほど増えた反面、関西からは約3割減ったというデータも見られた。ちなみに、同時期の金沢の来訪者数を見ると、首都圏からが9割弱の増加を見せる一方、関西からはほとんど減っていない。北陸新幹線の開業後も乗り換えなしで訪問できたため、影響は少なかったようだ。

 そして、この頃から富山の飲食店では冒頭に記したような声が聞かれるようになる。つまり、首都圏からの来訪者が増えるにつれ、これまでのいわゆる“関西人に馴染みの味付け”では「物足りない」と客に言われる機会が増えた、というのだ。実際、味付けを濃くしたり、富山の名物である「ますの寿司」の味付けを変えたという話も聞く。

大阪発の特急「サンダーバード」と名古屋発の特急「しらさぎ」は金沢や福井のビジネスや観光に大きく貢献してきた
大阪発の特急「サンダーバード」と名古屋発の特急「しらさぎ」は金沢や福井のビジネスや観光に大きく貢献してきた

 つまり、新幹線の開業によって来訪者の層に変化が生じ、それが料理の味にまで影響を与えたというわけだが、これと同じ現象がまさに今、金沢や福井で起きようとしている。これまでの味を守り抜くか、今後増えるであろう首都圏からの来訪者に寄せた味付けとするのか。彼らの悩みはしばらく続くに違いない。

○関西や名古屋と福井・金沢の往来は乗り換え必須に

 一方、「料理の味付けをどうするか」という悩みの根っこである、「首都圏と関西からの来訪者が今後どう増減するか」も、彼らにとって悩みの種だ。

 北陸新幹線の延伸開業によって、関西~北陸間の鉄道移動は敦賀駅での乗り換えを強いられるようになった。開業に際し、敦賀駅は新幹線ホームの下に在来線特急のホームが新設され、乗り換え時の移動距離が短くなるよう一定の配慮がなされている。だが、大阪~金沢間で平均所要時間が18分減り(2時間42分から2時間24分へ)、運賃と指定席特急料金の合計額は1620円上がり(7790円から9410円へ)、これまでは乗り換えが不要だったという事実を見れば、「不便になった」という判断を下す利用者は少なくないだろう。福井駅にいたっては、平均所要時間は3分しか縮んでいないのに対し、金額は6140円から7290円へと1150円のアップである。不満が出ても仕方あるまい。

新幹線開業前の敦賀駅を出発して金沢方面に向かう特急。新幹線開業後は奥に見える新幹線ホームの下に乗り入れるとはいえ、乗り換えは必須となった
新幹線開業前の敦賀駅を出発して金沢方面に向かう特急。新幹線開業後は奥に見える新幹線ホームの下に乗り入れるとはいえ、乗り換えは必須となった

 もちろん、関西圏にとって新幹線の延伸開業が一概にマイナスだとは言えない。駅張りのポスターやTVのコマーシャルなどで大々的なPRが行われており、それに伴って金沢や福井の露出が増えているのはプラスに働くだろう。だが他方で、これを機に関西圏の観光客を自分たちのエリアに呼び込もうとする動きも活発だ。現に、今年は「カニを食べるなら蟹取県」という鳥取県のPRを目にする機会が増えたと、大阪在住の筆者は感じている。折しも、関西と鳥取エリアを直結する特急「スーパーはくと」は、今回のダイヤ改正で1往復が増発された。冒頭の板前も「これからは越前ガニより松葉ガニなんですかねえ(注:「越前ガニ」は福井での、「松葉ガニ」は山陰での、ズワイガニの俗称である)」と話していたが、こうした山陰地方の動きも見過ごせないに違いない。

大阪駅で見られた「金沢」行きの表示。直通列車の運行を引き続き望む声も少なくはない
大阪駅で見られた「金沢」行きの表示。直通列車の運行を引き続き望む声も少なくはない

 とにもかくにも、賽は投げられた。首都圏からの観光客をうまく引き込み、同時に関西からの観光客をつなぎとめるには、いったいどんな味が好まれるのか。北陸で観光に携わる人々にとってはここが正念場であり、次の訪問時にどんな変化が起こっているのか、注目したい。

鉄道ライター

大阪府生まれ。京都大学大学院都市交通政策技術者。鉄道雑誌やwebメディアでの執筆を中心に、テレビやトークショーの出演・監修、グッズ制作やイベント企画、都市交通政策のアドバイザーなど幅広く活躍する。乗り鉄・撮り鉄・収集鉄・呑み鉄。好きなものは103系、キハ30、北千住駅の発車メロディ。トランペット吹き。著書に「関西人はなぜ阪急を別格だと思うのか」「街まで変える 鉄道のデザイン」「そうだったのか!Osaka Metro」「国鉄・私鉄・JR 廃止駅の不思議と謎」(共著)など。

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