大阪市南部から堺市に伸びる路線を持つ、阪堺電気軌道。大阪では唯一の路面電車として沿線の人々に親しまれているこの鉄道で今、ある車両が注目を集めている。その車両とは、同社が所有する最古参車両「モ161号」。同車の修復プロジェクトに、1200万円以上もの寄付が集まったのだ。

阪堺電軌に残る4両のモ161形 冬季を中心に現在も営業車として一般運用に就いている
阪堺電軌に残る4両のモ161形 冬季を中心に現在も営業車として一般運用に就いている

現在モ161形は4両それぞれが違うカラーリングとなっている 写真は福岡県の筑豊電鉄とタイアップした塗装
現在モ161形は4両それぞれが違うカラーリングとなっている 写真は福岡県の筑豊電鉄とタイアップした塗装

頑丈な作りが奏功し90年以上も現役で活躍

 モ161号は、1928年から製造されたモ161形のトップナンバーである。阪堺電軌は現在、恵美須町~浜寺駅前間の阪堺線と天王寺駅前~住吉間の上町線の2路線を運営しているが、当時は南海鉄道(現:南海電気鉄道)の一部だった。さらに、この頃は2路線に加えてもう1路線、阪堺線の今池停留場から平野に向かう平野線も運営。沿線開発が進むにしたがって、乗客も急増していた。

 そこで、3路線を走る車両は少しずつ大型化されると共に、平野線では2両連結運転を計画。このために製造されたのが、モ161形である。最大の特徴は「総括制御」を可能にしたことで、連結時に前の車両で一括制御ができ、運転士が1人ですむようになった。強力なモーターを4個搭載し、大型の車体には自動ドアを備えるなど、路面電車ながら郊外電車にも引けを取らない最新の装備が自慢だった。

 南海は、戦時中に関西急行鉄道と合併し、近畿日本鉄道(近鉄)の一部になったものの、戦後の1947年に再び独立。モ161形はその間も変わることなく、平野線を中心に3路線で活躍を続けた。だが、自動車が普及するにつれて路面電車は少しずつ“やっかいもの”扱いされるようになる。1980年には、大阪市営地下鉄(現:Osaka Metro)の谷町線が開業したのに合わせて、並行する平野線が廃止。残る2路線は経営の効率化を図るために南海から分離し、阪堺電気軌道として再スタートを切った。

 阪堺はサービス向上のため、クーラーを搭載した新型車両の導入を進めるが、その対象はモ161形よりも古い形式に限られ、同形は置き換え対象とならなかった。戦後に他形式との改造や編入があったものの、21世紀に入るまで全15両が残存。この時点ですでにデビューから70年以上が経過しており、全国的に見ても長寿の部類に入っていた。ここまで活躍を続けられた理由としては、製造当時はまだ鋼製車の強度に関するノウハウが少なく安全を見込んだ頑丈な設計になっていたこと、資材や資金に余裕があった時代背景があると言われている。

モ161号の車内 ニス塗りに戻され往時の雰囲気が堪能できる
モ161号の車内 ニス塗りに戻され往時の雰囲気が堪能できる

阪堺電車の”シンボル”に立ちはだかる修繕の壁

 その後、利用客の減少によって必要な車両数が減ったことから、モ161形は徐々に引退。一部は企業や個人に譲渡され、静態保存されている。一方、残る車両は一部が登場時の塗装に戻され、また鉄道ファンによってかつての南海電車カラーとなるなど、この頃から注目を集めるようになった。2011年には、阪堺線の開業100周年を記念し、トップナンバーである161号が1965年ごろの姿に復元。懐かしいグリーンの車体とニス塗りの車内となったほか、真鍮製の手すりや「チンチン」となる合図ベルなどもよみがえった。

 復元後のモ161号は、イベントや貸切電車としてはもちろん、一般営業にも使われている。クーラーがないため夏場は走らないものの、同社の稼ぎ時である正月輸送には、同形もフル稼働。その姿を一目見ようと、沿線を訪れる鉄道ファンも多かった。しかし、復元から10年が経過し、あちこちに痛みが目立つようになる。特に、木製の扉は腐食が激しいほか、外板や屋根、塗装面などの劣化も進んでいた。

扉の取っ手やガイドレール、ネジなどはすべて真鍮製だ
扉の取っ手やガイドレール、ネジなどはすべて真鍮製だ

 このため、同社は大規模修繕を実施すべく準備を始めたのだが、そこを襲ったのがコロナ禍だ。運輸収入が激減する中、他の電車や線路などの整備費用に手いっぱいという状態で、とてもモ161号の修理費用をねん出することはできない。反面、今年で93歳を迎えてなお現役の同車は、歴史的にも貴重な存在である。ぜひ、モ161号に100歳の誕生日を迎えさせてやりたい……そんな思いから、同社はクラウドファンディングという手段で修理費用を募ることにした。目標額は、木製扉の交換や、乗車口や窓枠など木製部分の補修、そして外板の腐食や劣化した塗装の修繕に必要な、748万円に設定。もし目標額を下回った場合でも修繕は断念せず、残りの資金は阪堺が工面する形だ。もっとも、約750万円という目標額はかなり高いハードルである。いくら貴重な車両とはいえ、その価値はなかなか分かってもらえないのではないか。なんとか目標額の半分程度が集まってくれれば……という社内の声もあったという。

 だが、そんな心配は杞憂だった。クラウドファンディングがスタートした3月30日から予想をはるかに上回るペースで寄付が集まり、わずか16日後の4月14日には目標を達成。その後も支援は伸び続け、6月21日現在で1,200万円を突破している。そして注目すべきは、その支援者の内訳だ。

「沿線に住む利用者や鉄道ファンだけでなく、首都圏や他の地域に住む一般の方からも多くの支援をいただいている」と、このクラウドファンディングを担当する同社の向山敏成氏は話す。寄せられたメッセージには、「今は東京にいるが、子どもの頃は沿線に住んでいてこの電車を見ていた」「数十年前、祖父母に連れられて何度も乗ったことがある」といったものもあったという。93年という時間の中で、モ161形は多くの人の記憶に残り、その思い出と共に走り続けているということがうかがい知れる。こうした人々にとってモ161号は、自分の思い出を呼び起こしてくれる大切な存在なのだ。

目標額を早々と達成 より広範囲の修繕が可能に

修繕のメインは木製扉の交換 より耐久性の高いケヤキ製となる
修繕のメインは木製扉の交換 より耐久性の高いケヤキ製となる

 前述の通り、これまでに集まった金額は当初の目標額を大きく上回った。これにより、当初予定していた部分に加え、より広い範囲の修繕が可能に。日本の鉄道車両では前人(前車?)未到である「一般営業車として迎える百寿」に、大きく近づいた。

 そしてこれは、鉄道の歴史を語る上でも貴重な足跡と言える。現在、日本では多くの貴重な車両が、主に費用面から保存の継続を断念し、解体されつつある。その傾向は、コロナ禍でさらに進み、特に自治体が保存する蒸気機関車(SL)で顕著だ。クラウドファンディングという形であれば、賛同者を広く集めることができる。また、路線の存続をかけて様々な取り組みを行う地方鉄道では、自主映画の製作費用(水間鉄道)や運転体験用の線路の整備費用(岳南電車)などをクラウドファンディングで募り、実現にこぎつけた例も多い。全国のファンが気軽に支援できるという点で、今後もこうした取り組みは増えるだろう。

扉横に設置されたICカードリーダーは現役車両である証だ(写真は全て筆者撮影)
扉横に設置されたICカードリーダーは現役車両である証だ(写真は全て筆者撮影)

 一両でも多くの車両が後世に残るよう、また、全国の鉄道会社が生き残っていけるよう、こうした取り組みを応援したい。