Yahoo!ニュース

素材や色合いは千差万別 個性豊かな「鉄道車両用モケット」の世界

伊原薫鉄道ライター
「鉄道車両内装の歴史展」会場に展示された座席モケット

 最近、とある展示会が鉄道ファンの間で話題となっている。それは「鉄道車両内装の歴史展」で、鉄道車両の内装、特に座席のモケットについて、その歴史を振り返るというもの。もともと2019年春から夏にかけて大阪で開催されたのに続き、現在は東京の五反田駅近くで開かれている。

 この展示会を企画したのは、インテリアメーカーの住江織物株式会社だ。同社は鉄道車両用モケット材の国内でのパイオニアで、明治期から旧国鉄(現JR)をはじめさまざまな鉄道会社が同社のモケットを採用している。

時代とともに製法や素材も変化

「鉄道車両内装の歴史展」大阪会場の様子(特記以外の写真は全て筆者撮影)
「鉄道車両内装の歴史展」大阪会場の様子(特記以外の写真は全て筆者撮影)
大正時代の工場の様子。力織機の導入で生産の効率化が図られた(写真提供:住江織物)
大正時代の工場の様子。力織機の導入で生産の効率化が図られた(写真提供:住江織物)

 「日本最初の鉄道は1872(明治5)年に開業しました。当時の客室は上・中・下の3等級に分けられ、このうち上等車と中等車の座席には輸入品のモケットが使われていました(下等車は板張り)。これを国策として国産化することになり、国の命を受けた高島屋から当社が受注したのが始まりです」と、住江織物の車両内装資材事業部でデザインを統括する島津邦康部長は話す。それまでにもカーペットなどで高島屋と取引のあった同社が、試行錯誤を重ねた末に手織りによるモケットの製作に成功。1899(明治32)年、国鉄に採用された。以来、同社は1世紀以上にわたってさまざまなモケット製作に携わることとなる。

現在のJRにあたる鉄道院(左)と大阪市電(右)のモケット。大阪市電のものは明治時代のサンプル品だ
現在のJRにあたる鉄道院(左)と大阪市電(右)のモケット。大阪市電のものは明治時代のサンプル品だ
大正期のモケットサンプル。複雑なデザインが巧みに表現されている
大正期のモケットサンプル。複雑なデザインが巧みに表現されている

 「モケットの製法は、カーペットとほとんど同じです。当初は手織りでしたが、合資会社化と同時期に力織機を導入し、製造の効率化を図りました。1915(大正4)年には帝国劇場の、1924(大正13)年には宝塚大劇場の椅子張地を納入しており、特に宝塚大劇場は現在にいたるまで、当社の製品を採用していただいています。」

 時代とともに変わったのは機械だけではない。モケットの素材も、絹やウールなどの天然素材からナイロン、そしてポリエステルへと変化。天然素材は、天候などによってどうしても品質にバラツキがでるが、人工素材を取り入れることで品質の均一化にもつながっている。

 「約15年前には、火に強いモケットの開発にも成功しました。従来のポリエステル素材の場合、火に触れると素材が溶けて穴が開くため、その向こう側に火が回ってしまうのですが、火に強いアラミド繊維を編み込むことで、穴が開かないようにしました。」このモケットは、特に地下鉄などで広く採用されたという。

会場には鉄道各社のモケットを展示。一部は触ることもできる
会場には鉄道各社のモケットを展示。一部は触ることもできる

 一方で、今も天然素材にこだわる鉄道会社もある。その代表格が阪急電鉄だ。

 「阪急電鉄さんのモケットは、アンゴラヤギの毛を素材にしています。独特の肌触りが特徴ですが、生育状態によって毛並に差が出ます。これを微妙に調整し、一定の品質を保つのが腕の見せ所です。」

阪急の伝統であるゴールデンオリーブ色の座席。現在もアンゴラヤギの毛が使われており独特の肌触りだ
阪急の伝統であるゴールデンオリーブ色の座席。現在もアンゴラヤギの毛が使われており独特の肌触りだ

 阪急電鉄といえば、古くからマルーン色の外観、木目調の内壁と共に、ゴールデンオリーブ色の座席モケットがトレードマークである。国が定めたバリアフリー整備ガイドラインで「優先席は、座席シートを他のシートと異なった配色、柄とする(後略)」と記載されたことなどを受け、数年前からは優先席のモケット色を変更したが、その際も色合いや素材について様々な検討を行った結果、素材は変えずに色合いだけを変えることになったという。

「無地が一番難しい」

左から阪急・JR西日本・西武鉄道で使われているモケット。質感も素材も様々だ
左から阪急・JR西日本・西武鉄道で使われているモケット。質感も素材も様々だ
西武鉄道「Laview」の座席。「スフレ」と名付けられたモケットは織り方を工夫し独特のモコモコ感を出している
西武鉄道「Laview」の座席。「スフレ」と名付けられたモケットは織り方を工夫し独特のモコモコ感を出している

 ところで、特急車両と通勤車両ではモケットの品質に違いがありそうだが、近年はほとんど差がないそうだ。また、特急車両用には20色もの糸を使った複雑な図柄のものも見られるが、製造が一番難しいのは実は無地だという。

 「無地のモケットは、織りや色合いのわずかな乱れがとても目立つからです。また、無地だと手や荷物の跡が残りやすいので、織りの密度を高くするなどしています。」

 糸の色数には限りがあるため、グラデーション柄も難しいという。この場合、テレビ画面のように色同士の間隔を変化させることで、細かい色合いを再現する。また、近年はモケットにインクジェット印刷を施すことで図柄を表現することも多くなった。細かい絵が表現でき、小ロット対応が可能なことから、特にイベント用車両などに向いている反面、繊維にプリントする関係で毛足が短いモケットを使うため、手触りがどうしても変わるという。一口に「座席のモケット」と言っても、様々な方法を組み合わせているのだ。

JR西日本のモケット。右は毛足の短い布地に模様をインクジェット印刷している
JR西日本のモケット。右は毛足の短い布地に模様をインクジェット印刷している

 同社のモケットやカーペットは、豪華寝台列車の「ななつ星 in 九州」「TRAIN SUITE 四季島」「TWILIGHT EXPRESS 瑞風」にも採用されている。

 「豪華さを出すために素材の規格から再検討するなど、まさにゼロからの開発でした。それぞれ1編成のみで、しかも部位によってデザインが違います。「ななつ星」の場合、採用されたものだけで約30種類にのぼりますし、デザイン検討用の試作品はおそらく100種類くらい作ったと思いますね。」

「TWILIGHT EXPRESS 瑞風」車内に敷かれているカーペット。毛足が長くフカフカだ
「TWILIGHT EXPRESS 瑞風」車内に敷かれているカーペット。毛足が長くフカフカだ
「ななつ星 in 九州」のモケット見本帳。使用されているものだけで約30種類ある
「ななつ星 in 九州」のモケット見本帳。使用されているものだけで約30種類ある

 毎年多くの鉄道車両が作られるが、その座席張地は今も変わらずモケットが使われている。肌触りが良く通気性に優れ、耐久性がよいモケットは、まさに鉄道車両にうってつけといえる。

 「列車に乗り、座席に腰かけた時に何の違和感もなく使ってもらえるというのが、私たちにとって一番の“褒め言葉”です。普段はなかなか気にすることがないと思いますが、ぜひ車両による違いを楽しんでいただけたらと思います。」

 「鉄道車両内装の歴史展」は、SNSなどでも話題を集めており好評なことから、会期が2020年1月末まで延長(ただし日曜・祝日と年末年始は休館)されている。会場には同社の手掛けた鉄道車両用モケットがずらりと展示され、多くは実際に触ってその感触を確かめることができる。まだ乗ったことのない車両の雰囲気を、ぜひ指先で感じてみてはいかがだろうか。

鉄道ライター

大阪府生まれ。京都大学大学院都市交通政策技術者。鉄道雑誌やwebメディアでの執筆を中心に、テレビやトークショーの出演・監修、グッズ制作やイベント企画、都市交通政策のアドバイザーなど幅広く活躍する。乗り鉄・撮り鉄・収集鉄・呑み鉄。好きなものは103系、キハ30、北千住駅の発車メロディ。トランペット吹き。著書に「関西人はなぜ阪急を別格だと思うのか」「街まで変える 鉄道のデザイン」「そうだったのか!Osaka Metro」「国鉄・私鉄・JR 廃止駅の不思議と謎」(共著)など。

伊原薫の最近の記事