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「トワイライトエクスプレス瑞風」乗車で感じたその魅力

伊原薫鉄道ライター
京都駅に隣接した「瑞風ラウンジ」のチェックインカウンター。ここから旅が始まる

 もうすぐ2017年も終わろうとしている。鉄道業界でも様々な話題があったが、その大きなひとつが新たな豪華寝台列車の登場である。JR東日本の「TRAIN SUITE 四季島」(以下「四季島」)と、JR西日本の「TWILIGHT EXPRESS 瑞風(以下「瑞風」)がそれで、JR九州の「ななつ星 in 九州」の登場から4年が経った今、豪華寝台列車は新たなステージに入ったといえるだろう。

 筆者は運よく、このうち「瑞風」に乗車することができた。その模様は先だって発売された鉄道雑誌「鉄道ファン」2017年12月号でレポートしたのだが、ここでは同誌で触れなかった部分も含めながら、「瑞風」の魅力を振り返ってみたい。

◯乗車前から始まる「瑞風」の旅

JR京都駅に隣接したホテルにある「瑞風ラウンジ」乗客だけが入ることを許される(写真は全て筆者撮影)
JR京都駅に隣接したホテルにある「瑞風ラウンジ」乗客だけが入ることを許される(写真は全て筆者撮影)

 私が乗車したのは9月下旬に出発する「山陽下りコース」で、朝10時過ぎに京都を出発し、瀬戸内海に沿って山陽本線を下り、翌日15時過ぎに下関へ到着するというもの。ツアーに申し込んだのは6月下旬だったが、8月中旬に案内の書類と共にアンケートが送られてきた。車内で提供される食事に関してアレルギーの有無や、立ち寄り観光である程度の距離を歩くことになるため移動の制約がないかなど、十数点にわたるものだった。中には枕の好み(要望に応じてそばがら枕や低反発枕も用意してくれる)や、部屋へ加湿器を希望するかどうかといった項目もあり、そのきめ細かさに驚く。

 さらに、乗車の2週間ほど前にはあらかじめ荷物を車内へ運んでもらうための宅配便伝票(もちろん着払い=JRの負担)と、車内設備や立ち寄り観光地を案内するDVDも届いた。乗車する前からすでに「瑞風」の旅は始まっているのだ。荷物を用意しDVDを見ていると、いよいよ旅が始まるんだという期待がいやが上にも高まる。

 そして乗車当日。京都駅のホテル内に設けられた専用ラウンジで、チェックインと出発前のレセプションが行われる。「瑞風」は1両あたり3室の個室があり(最上級のスイートだけは1両1室)、各車両に専属のクルーがつく。ラウンジでクルーと初めて顔をあわせるわけだが、各クルーは乗客の顔をここで覚え、以降は常に「お客様」ではなく「〇〇様」と名前で呼ぶ。列車の総責任者である列車長は、乗客全員の顔を瞬時に覚えるそうで、まさにプロの仕事だ。

大阪駅を出発する「瑞風」最後尾の展望デッキから、見送る人に手を振ることができる
大阪駅を出発する「瑞風」最後尾の展望デッキから、見送る人に手を振ることができる

 レセプションが終わり、いよいよ「瑞風」に乗り込む。部屋の豪華さは言うまでもないが、列車の両端には展望デッキがあり、後ろ側は大半の区間で開放されている。もちろん出発時にもデッキに出ることができるので、友人や駅員、そして居合わせた人々の見送りを直に受けることが可能。JRのスタッフが見送り用の旗を配布しており、見送る側にとっても楽しいイベントである。

◯思い思いに旅を過ごせる、そのためのバックアップ体制

バーカウンターもあるラウンジカー。様々なスタイルで旅を楽しめる
バーカウンターもあるラウンジカー。様々なスタイルで旅を楽しめる
各部屋に設置されたタブレット端末。現在の位置や車内の案内、運転席で撮影されている前面展望映像が見られる
各部屋に設置されたタブレット端末。現在の位置や車内の案内、運転席で撮影されている前面展望映像が見られる

 車内の設備やその豪華さについては、さまざまなメディアで報じられているのでここでは多くを語らないが、「瑞風」ならではの配慮が随所に見られる。例えば、ディナータイムはドレスコードが設けられているため、各部屋のクローゼットは大きい。備え付けられたハンガーひとつをとってみても、沿線の職人が手作業で作っている逸品だ。各部屋に設けられたシャワールームには、座って利用できるように椅子を設置。トイレも含め各所に手すりが取り付けられている。揺れる列車内ということに加え、乗客の年齢層を考えてのことであろう。また、列車の現在地を表示したり、テーマソングを流すタブレット端末も備え付けられているほか、自身のスマートフォンを接続してBGMがかけられるスピーカーなどもあった。乗客が思い思いのスタイルで列車旅を過ごすための、様々な配慮がなされている。

 思い思いといえば、くつろぐ場所も自室に加え、列車両端の展望車と5号車のラウンジカーがある。ラウンジカーはゆったりしたソファスペースとバーカウンターに分かれており、隣り合った人やバーテンダーを務めるクルーとの会話も弾む。バーは深夜も営業しており、クルーが交代制で常駐している。そのうちの一人は「テクニカルサービスクルー」という肩書きであった。実は「瑞風」には、突発的な車両の不具合に備えて検修スタッフも乗車。走行機器のトラブルはもちろん、「部屋の照明が切れた」といった事態にも即応できるのだ。さらに、車両の整備基地にも専門のスタッフが常駐しており、いざという時には出動して修理にあたるという、まさに万全の体制である。“テクニカル〜”といってもクルーの一人なので、もちろんサービスに関する研修もみっちり受けているそう。「機械いじりが好きで、技術職として入社した自分が、まさか豪華列車のクルーになるとは夢にも思いませんでした」と笑って話してくれたが、そんなクルーがいるからこそ、常に最高の時間を過ごすことができるのだ。

◯立ち寄り観光で再発見する、日本の素晴らしさ

山陽下りコースで観覧できる、岩国藩鉄炮隊の演武。間近で見る火縄銃は迫力満点だ
山陽下りコースで観覧できる、岩国藩鉄炮隊の演武。間近で見る火縄銃は迫力満点だ

 「瑞風」のテーマは、列車を通じて日本という国の素晴らしさを再発見するというもの。その表れのひとつが、各日1回設定されている「立ち寄り観光」だ。筆者が乗車した山陽下りコースでは、1日目に倉敷、2日目に岩国で下車しての観光が行われる。これまで何度も訪れている倉敷の美観地区だが、通常は年に数回のみ公開される大原家の別宅「有隣荘」で昭和モダンの空気を感じたり、同じく大原家の別荘として立てられた「新渓園」でのんびりとお茶を頂いたりと、慌ただしかったこれまでの観光とは違うひとときを過ごせる。圧巻だったのは、2日目に観覧した岩国藩鉄炮隊による火縄銃術の演武。歴史ドラマさながらの光景が目の前で見られ、その迫力を肌で感じることができた。

 他のコースでも、神楽の鑑賞や地引き網の体験など、一般の観光ではなかなかできないものが取り揃えられている。それぞれが、各地で受け継がれた伝統に触れられ、自身の見聞を広げてくれるものばかりだ。

 そして、もうひとつ忘れてはならないものがある。それは、各地で出会った人たちとの触れ合いだ。前述したが、各停車駅ではJRが居合わせた利用者(つまり“通りすがりの一般人”)に見送り用の旗を配布していて、見送りへの参加を促している。少々ひねくれた見方をすれば、「瑞風」の乗客は“動物園のパンダ”状態であり、見送る側にしてみれば珍しい列車が来たから見ているだけだろう。JRにしてみても、少しでもプレミアム感を出すためのお手軽な演出だといえる。だがそれでも、多くの人が手を振ってくれるのを見ると、とてもあたたかな気持ちになれる。思わずこちらも手を振り返すと、向こうも笑顔になってくれる。さらに、「瑞風」は一部の窓が開くため、見送りの人たちと会話をすることもできる。今回の旅では、他の豪華寝台列車にも乗車したことがあるという老夫婦が乗り合わせていたが、その方も「外に出て風を感じたり、窓を開けて話ができる『瑞風』が一番楽しい」と話していた。豪華な列車と地域の宝、そして人々のあたたかさが、「瑞風」をさらに特別なものにしている。

◯「夜汽車」という文化

寝台特急「あけぼの」の個室から眺めた朝焼け。豪華寝台列車だけでなく、リーズナブルに楽しめる夜汽車の復活を期待したい
寝台特急「あけぼの」の個室から眺めた朝焼け。豪華寝台列車だけでなく、リーズナブルに楽しめる夜汽車の復活を期待したい

 現在、第5期として2018年7月~9月出発分の申し込み受付が行われている「瑞風」。これまでの4期はいずれも高い人気を維持しており、第5期の抽選もかなりの“難関”となるのは必至だ。ぜひ幸運を手にし、各地の素晴らしさと鉄道旅の魅力を再認識していただきたい。

 一方、鉄道ファンにとってはJR西日本が2020年度の運行開始を目指して進めている、「新たな長距離列車」プロジェクトが気になるところである。2017年6月の発表では、既存の車両を改造した6両編成で、グリーン個室やフルフラットシート、フリースペースなどを設けるとしている。「リーズナブルな価格設定としながらも高い快適性を提供して、『カジュアル』と『くつろぎ』の両立をめざす」とのこと。

 かつて日本中を結んでいた夜行列車も、もはや移動手段としての役目は終わったといえる。他方で、夜行列車に「乗ること自体が観光」という付加価値をつけた豪華列車が、少しずつ増えてきた。筆者はさらに、「夜汽車という文化を楽しむ列車」が出てくることを願っている。居合わせた乗客との出会いや、途中の停車駅で感じるその地域の個性……そのひとつひとつが、人生の豊かさだと考えるのは、私だけだろうか。

 数年後に、また違った“夜汽車の旅”が味わえるのが、今から楽しみだ。

鉄道ライター

大阪府生まれ。京都大学大学院都市交通政策技術者。鉄道雑誌やwebメディアでの執筆を中心に、テレビやトークショーの出演・監修、グッズ制作やイベント企画、都市交通政策のアドバイザーなど幅広く活躍する。乗り鉄・撮り鉄・収集鉄・呑み鉄。好きなものは103系、キハ30、北千住駅の発車メロディ。トランペット吹き。著書に「関西人はなぜ阪急を別格だと思うのか」「街まで変える 鉄道のデザイン」「そうだったのか!Osaka Metro」「国鉄・私鉄・JR 廃止駅の不思議と謎」(共著)など。

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