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「万年3位」のテスコはなぜ英国小売のトップになれたのか 独自のロイヤルティ戦略と食品ロス削減とは

井出留美食品ロス問題ジャーナリスト・博士(栄養学)
(写真:ロイター/アフロ)

*本記事は『SDGs世界レポート』(1)〜(87)の連載が終了するにあたって、2022年2月1日に配信した『小売企業が学ぶべき英テスコのロイヤルティ戦略と企業姿勢、食品ロス対策とは?SDGsレポート(75)』を、当時の内容に追記して編集したものです。

「仮に今日から、非食品部門(エネルギーおよび産業)のすべての排出を止めたとしても、食料からの排出だけで2100年までに1.5度をはるかに超えることになる」

だけど、いいや、これは消費者の「買いものは投票」にまかせよう…

これはスウェーデンの環境活動家グレタ・トゥンベリさんが2021年8月にツイッターで送ったメッセージだ。

(出典:グレタ・トゥンベリさんのtwitter)

https://twitter.com/GretaThunberg/status/1431663701480943620

たとえ明日からすべての化石燃料の使用をやめても、食料システムからの温室効果ガス排出量だけで、今世紀半ばには、地球の気温はパリ協定の目標である1.5度を超えてしまう(20年11月発行『サイエンス』)。そうならないように大人たちは何をしてくれるか? 

グレタさんには、他の誰かに押し付けることで面倒な問題を避けようとする大人の姿が浮かんだのだろう。

確かに、自分の手に負えそうにない困難な問題に直面すると、私たちはしばしば問題を解決するのは自分ではなく、政治家、役人、企業の経営者、学者、国や国連など、よその誰かと考えてしまいがちだ。

英国の小売企業テスコ(Tesco)は「ロイヤルティ戦略」で英国小売最大手にのぼりつめた企業である。「ロイヤルティ」は、ここでは「忠誠心」に近いだろうか。顧客の声を聴くことに徹するテスコなら、面倒な問題を大切な顧客に押し付けたりせず自分ごととして扱ってくれるのではないか。

調べてみると、テスコは気候変動も食品ロスも自分ごととしてきちんと取り組んでいる。そのいくらかは投資家向けにきれいごとだけを並べたCSR(企業の社会的責任)かもしれない。しかし、もしそうであったとしても、テスコの取り組みからは、時代に先んじて、あえて困難な道へ進もうとする企業姿勢は伝わってくる。

気候変動への取り組み

テスコCEOによる気候変動への取り組み(出典:YouTube)

https://youtu.be/0aXG7jzvsqU

テスコは気候変動への取り組みを2006年からはじめ、2009年には「2050年までに二酸化炭素の排出量を実質ゼロにする」ことを公約した、世界で最初の企業だ。2017年にはさらに踏み込んで、気温上昇を1.5度に抑える気候変動目標に取り組むことにした。2020年には英国事業の実質ゼロを2050年から2035年に前倒しすると宣言している(1)。

実質ゼロの取り組みは、エネルギー、輸送、廃棄物、食料生産、食生活などの分野が中心となる。たとえば世界自然保護基金(WWF)と協力して食料生産の環境負荷を半減させることや、食料供給業者に働きかけてサプライチェーンの食品ロスを削減することなどが含まれている。

テスコは、英国と欧州で既に再生可能エネルギーに100%切り替え済みだ。2009年には英国に世界初のゼロ・カーボン店舗を開店している。

まず、テスコの企業哲学でもある「ロイヤルティ戦略」とはどんなものなのか確認しておこう。

ロイヤルティ戦略

「消費者は、品質を求めるならセインズベリーで、価格にこだわるならディスカウント店で買い物をする。それならテスコに来る理由は何か?」という問いから、すべてがはじまった(2)。

テスコは1992年に「お客様パネル」という大がかりな消費者調査を行い、徹底的に顧客の声に耳を傾けることにした。英国の全店舗で、昼と夜の買い物客それぞれ各30人ずつに集まってもらい、顧客がテスコをどう思っているか、率直な意見を聴くことにしたのだ。

当時のマーケティングを指揮し、後にテスコのCEOとなったテリー・リーヒー氏は、「お客様パネル」が苦痛で仕方なかったという。それまで同社が顧客に向き合おうとしてこなかったという事実を嫌というほど思い知らされることになったからだ。

Terry Leahy, CEO of Tesco, speaks at the National Retail Federation 98th Annual Convention in NY
Terry Leahy, CEO of Tesco, speaks at the National Retail Federation 98th Annual Convention in NY写真:ロイター/アフロ

テスコを英国最大手の小売企業に育てた元CEOのテリー・リーヒー(Terry Leahy)氏

その当時、テスコはセインズベリーやマークス&スペンサーのような一流の小売企業になることに取りつかれていた。1993年には、セインズベリーの市場価値は85億ポンド(約1兆4,200億円)になり、マークス&スペンサーは125億ポンド(約2兆880億円)を超えていたが、テスコは万年3位の45億ポンド(約7,500億円)に甘んじていた。

注)三菱UFJ銀行の1993年の年間平均為替相場(TTM)GBP1=JPY167.05で計算

1980年代後半から英国経済は停滞し、市民の暮らしは楽ではなかった。そんな不景気なときこそ、顧客に寄り添い、手頃な価格で食品を提供していたら喜ばれたはずだ。が、テスコはそうしなかった。そのため顧客はテスコから離れていき、手が届く価格ならセインズベリーやマークス&スペンサーへ、そうでなければディスカント店に行くことを選んだ。テスコはすべてにおいて中途半端だった。高級店と戦えるほどのブランド力はなく、ディスカウント店と戦えるほど安くもなく、コスト削減の影響で顧客サービスも行き届いていなかった。

お客様パネルを通して、テリー・リーヒー氏のマーケティングチームは「テスコは何のために存在しているのか?」という問いに対し、「テスコは顧客に価値を提供し、その顧客の生涯にわたるロイヤルティを獲得するために存在している」という答えを出した。

テスコにとって、顧客のロイヤルティ(忠誠心)こそ収益を増大させるもっとも重要な鍵である。顧客のロイヤルティが得られれば、新しい顧客の獲得に投資する必要はなくなる。既存の顧客のロイヤルティを長続きさせることができるなら、ビジネスの成功は約束されたようなものだ。後は顧客に集中するだけでいい。これがテスコのロイヤルティ戦略である。

テスコは顧客の声をもとに矢継ぎ早に改革に乗り出した。

1993年:シンプルな包装で手頃な価格に抑えたPB「テスコバリュー」を導入

1994年:レジ待ち行列をなくすサービスを開始

1995年:「クラブカード」を導入

1995年:セインズベリーに追いつき、英国最大手の食品小売企業に

1996年:「クラブカード・プラス」導入。クラブカードでの支払いが可能に

1996年:コンビニエンスストア「テスコ・エクスプレス」開店

1990年代:アレルギー症の人のための食品「フリー・フロム」シリーズ導入

1997年:マークス&スペンサーを抜いて小売業としても英国最大手に

2000年:オンラインの食品事業「テスコ.com」を開始

2005年:移民社会対応の品揃えを開始

テスコのロイヤルティ戦略にとって欠かせないのが「クラブカード」である。日本でも、スーパーをはじめ、多くの小売がポイントカードを発行している。ポイントカードの役割には、値引きの先送り、疑似貨幣化、顧客データの収集の主に3つがある(3)。

Clubcard branding is seen inside a branch of a Tesco Extra Supermarket in London, Britain, February
Clubcard branding is seen inside a branch of a Tesco Extra Supermarket in London, Britain, February 写真:ロイター/アフロ

日本の小売が値引きと擬似貨幣化に終始しているのに対して、テスコは収集した顧客データを徹底的に分析し、顧客の声として自社事業に活かした。データを集め、顧客について知識を深めただけでは顧客のロイヤルティは得られない。顧客のニーズを理解し、顧客の役に立ってこそ、はじめてロイヤルティは獲得できるのだ。

テスコが「クラブカード」によってできるようになったことをまとめると、次のようになる。

•すべての顧客に「ありがとう」の言葉を添えて、ポイント還元のダイレクトメールを送り「あなたのことを大切に思っています」という企業メッセージを直接伝えることができるようになった

•「クラブカード」会員向けのダイレクトメールに切り替えることでテレビCMの予算を大幅に削減

•「クラブカード」のデータがあれば、ダイレクトメールで顧客の好みに合わせた商品の提案が可能

•競合他社に奪われた顧客とその理由が把握でき、その顧客を対象にプロモーションを展開することでテスコに戻ってきてもらえる

注)逆に「クラブカード」が導入できなかった日本では、テスコといえども参入後10年で撤退している。

テスコは「クラブカード」を導入した1995年にセインズベリーに追いつき英国最大手の食料品小売企業となった。その2年後、マークス&スペンサーを抜いて小売企業としても英国最大手となった。

なぜテスコは変われたのか?

テスコはもともとそんな立派な企業ではなかった。創業者であるジャック・コーエン氏にとって大切なのは安価であることで、品質なんて二の次だった。「高く積め、安く売れ」は「いつでも金を握って逃げ出せる準備をしておけ」と並んでコーエン氏の金言であり、後年、自伝のタイトルにしているほどだ。

英国のジャーナリストで活動家のトリストラム・スチュアート氏は、食品ロス問題を世界的な課題と認識させた立役者である。そのスチュアート氏の最初の著書『Waste』(Penguin Books, 2009)には、英国の小売企業がいかにたくさんの食品ロスを出し、余剰食品の寄付を渋り、廃棄量についてさえ公表したがらなかったかが書かれている。テスコも例外ではなかった(4)。筆者は2017年にトリストラム本人と英国で会い、直接その話を伺っている。

その著書が出版されてから十数年がたち、いまでは小売企業が競い合うように余剰食品を寄付し、リサイクルにまわし、食品ロス削減目標を公表するようになったのだから、きっと世界は変わったのだろう。

食品ロスに対して後ろ向きだったテスコがどうして変われたのだろうか。

テスコのロイヤルティ戦略は、単に顧客のニーズに応えることにとどまらず、その顧客の暮らす地域社会や地球環境にも積極的に関わっていくという同社の企業姿勢につながっている。それは気候変動や食品ロス問題などの地球規模の課題に対しても同じなのだ。

テスコの食品ロスに対する取り組み

テスコの食品ロス問題に対する過去10年ほどの取り組みをまとめてみよう。

2009年以降:英国で食品廃棄物を埋立地に送っていない

2012年以来:1億食分以上の食品を慈善団体に寄付

2013年:英国小売企業としてはじめて廃棄物データを公表

2014年:「1個買ったら1個無料」キャンペーンを中止

2016年:規格外農産物を扱う「Perfectly Imperfect」ブランド導入

2018年:果物や野菜の賞味期限を撤廃(本来不要だが英国の商慣習だった)

2020年:供給業者と協力して合計20万トンの食品ロスを削減

2021年:食品ロスと気候変動について消費者啓発のため「No Time For Waste」開設

2021年:WWFと世界の食品ロスに関する報告書「Driven to Waste」を発表

ちなみにテスコの食品ロス問題に対する公約は次のようになっている。

•英国の小売事業で、まだ食べられる食品を廃棄しない

•国連の持続可能な開発目標SDGs12.3を支持し、2030年までに自社事業における食品廃棄物を半減

•供給業者と協力して2030年までに自社のサプライチェーンにおける食品廃棄物を半減させる

テスコでは次の3つの取り組みを通じて食品ロスの削減に取り組んでいる(5)。

1)自社事業における食品廃棄物への取り組み

•予測、発注、削減のプロセスを最適化することで売れ残る食品の無駄と余剰食品を減らす

•販売できない食品は慈善団体や地域団体への再分配を優先し必要とする人たちに提供するー①

•余剰食品はペットフードまたは家畜の飼料に転用する

•他に方法がない場合は、嫌気性消化や焼却によって生ごみからエネルギーを回収する。英国とアイルランドでは、生ごみを決して埋立地には送らない

2)供給業者との協働

•ジャガイモを泥付きのまま販売することで、日持ちを2倍に延ばし食品ロスの削減に貢献-②

•規格外の青果ブランド「Perfectly Imperfect」で供給業者の農作物を最大限に活用ー③

•豊作による一時的な農作物の過剰供給を管理し、顧客にお得なキャンペーンで提供ー④

•生産者と供給業者をつなぐことで規格外の農産物の安定した需要を確保

•世界の農場から発生する食品ロスを把握するため、世界自然保護基金(WWF)に報告書を委託ー⑤

3)顧客や地域社会のサポート

•生鮮食品の表示について非営利組織のWRAP(ラップ)と協力し、一部の果物や野菜の賞味期限を撤廃

•料理研究家ジェイミー・オリバー氏と共同で「テスコ・コミュニティ料理教室」を運営し、寄付された食品を活用した栄養価の高い料理を教える

•Hubbubと共同で「No Time for Waste」を実施し、家庭の食品ロスを減らすためのコツを提供ー⑥

•食品ロス共有アプリを展開するOLIOと提携し、店舗から出る食品ロスを削減

•食品卸会社の賞味期限の短い食品を再配布する実証試験を行う

それでは、いくつかの取り組みについて、もう少し詳しく見てみよう。

① 食品の寄付

英国小売大手テスコのフードコレクション(出典:トラッセル・トラストのtwitter)

https://twitter.com/TrussellTrust/status/1459612284351832069

テスコでは2012年からフードバンク支援団体のトラッセル・トラストや慈善団体フェアシェアと協力して、各店舗で食品の寄付を募っている。寄付を希望する顧客が、その地域のフードバンクが最も必要としている品目リストから自分の寄付したいものを選ぶ仕組みだ。寄付された食品はクリスマスの食事が用意できない困窮者を支援するために使われる(6)。2021年のキャンペーン期間中には157万食分もの寄付が集まったという(7)。またテスコは顧客から寄付された食品の量を集計し、20%を上乗せして提供している(8)。

② 泥付きの野菜を店頭に並べる

テスコは2021年に、泥付きのジャガイモの販売をはじめた。泥が保護膜となり、ジャガイモが緑色になったり、水分が蒸発するのを防いでくれるため、泥付きのジャガイモは洗ったものに比べて2倍日持ちがいいという。顧客に泥付きのジャガイモを提供することで、英国の家庭でもっとも無駄になっているジャガイモの食品ロス削減に取り組む(9)。

③ 規格外の農産物をブランド化

テスコは2016年に「完全に不完全(Perfectly Imperfect)」というブランドを立ち上げた。これは、ほんの少し見た目が悪かったり、規格が合わなかったりして出荷時にはじかれてしまう、(味や鮮度は変わらない)農産物を顧客に低価格で提供しようというもの。現在、イチゴ、リンゴ、ジャガイモ、ネギ、ニンジン、レタス、カリフラワーなど、12種類の農産物を扱う。発売から5年間で5,000万パックが販売され、4.4万トンもの農産物が農場で食品ロスになるのを防いだ(10)。

④ 豊作などによる一時的な農作物の過剰供給を管理

テスコは2017年にオンラインの「食品ロス・ホットライン」を立ち上げた。同社のオンライン・ネットワークを利用している5,000社を超える、すべての供給業者が利用でき、豊作で計画よりも収穫しすぎて食品ロスが発生しそうなとき、オンラインで簡単にテスコに相談できるというもの。農場で発生する食品ロスを削減させる(11)。

⑤ WWFと共同で世界の食品ロス報告書を発表

テスコは2021年に、世界自然保護基金(WWF)と共同で報告書「Driven To Waste」を発表した。この報告書から、実際には世界で25億トンの食品ロスが発生していることがわかった。国連食糧農業機関(FAO)が2011年に発表した食品ロスの推定値は13億トンだったので、それまでの推定値を2倍近く上回ることになった。これほどまでに大きな推定値の差異について、これまでは計量が難しかったこともあり、農場から出る食品ロス(12億トン)が見落とされてきたことを要因としてあげている(12)。

⑥ 家庭の食品ロス削減のため消費者啓発のウェブサイト開設

テスコは2021年に環境チャリティ団体Hubbubと提携して、家庭での食品ロス削減と気候変動対策への貢献を目的に、「食べ物を捨ててる場合じゃない(No Time For Waste)」という消費者啓発のウェブサイトを開設した(13)。

テスコによる消費者啓発「英国の家庭からの食品ロス」(出典:テスコ公式サイト)
テスコによる消費者啓発「英国の家庭からの食品ロス」(出典:テスコ公式サイト)

このサイトでは、食品を無駄にしないためのヒントとして、買い物の計画や食品の保存方法、残り物を使い切って無駄にしないための簡単なレシピ作りなど、簡単に実践できるアイデアを紹介している。

こうして見てくると、テスコの取り組みの多くが自社事業における食品ロスの削減ではなく、世界の食品ロスの知見を高めるためだったり、農場や供給業者から顧客までを含めたサプライチェーン全体の食品ロスの削減するためだったりと、利他的な取り組みであることに驚かされる。

それではテスコの自社事業の食品ロスの進捗状況についても確認しておこう。

食品ロスへの取り組みの進捗状況

テスコの食品ロス・ファクトシートをもとにoffice 3.11で作成
テスコの食品ロス・ファクトシートをもとにoffice 3.11で作成

1)英国

•「まだ食べられる食品を廃棄しない」という目標に対して82%の達成率

•食品取扱量に占める食品ロスの割合を29%削減(2016/17年基準)

2)中欧

•食品取扱量に占める食品ロスの割合を65%削減(2016/17年基準)、SDGs12.3の目標をすでに達成

3)アイルランド

•食品取扱量に占める食品ロスの割合を20%削減(2016/17年基準)

テスコの供給業者のうち71社(前年は38社)が食品ロスのデータを報告している。前年比のデータがある企業のうち24社では、食品ロスを2%から89%削減できた(14)。

テスコの食品ロス・ファクトシートをもとにoffice 3.11で作成
テスコの食品ロス・ファクトシートをもとにoffice 3.11で作成

2020/21年、テスコは英国での事業を通じて、10,554千トンの食品を取り扱い、そして売れ残った食品の量は84千トン(0.80%)だった。また、2016/17年と比較して食品取扱量に占める食品ロスの割合を0.47%から0.33%に29%削減した。つまり、テスコUKは2030年までに食品廃棄物を50%半減させるという目標の半分以上を達成している。

テスコの食品ロス・ファクトシートをもとにoffice 3.11で作成
テスコの食品ロス・ファクトシートをもとにoffice 3.11で作成

テスコの食品ロス・ファクトシートをもとにoffice 3.11で作成
テスコの食品ロス・ファクトシートをもとにoffice 3.11で作成

合計49,078トンの余剰食品が、慈善団体、同僚店に再配布、もしくは家畜の飼料やペットフードとして転用され、食品ロスにならずに済んだ。2021年1月からは寄付できなかった余剰食品をペットフードにも転用をはじめ、再活用できた余剰食品量は2020年の36,843トンから33%増加し、基準年である2016/17年からは倍増した。

また、テスコはOLIOと提携し、英国全店舗の余剰食品を必要とする人々に無料で提供している。8,000人以上が登録している地域ボランティア「食品ロス・ヒーロー」たちがテスコの店舗に足を運び、賞味期限の迫った余剰食品を自宅に持ち帰ってアプリに登録し、地域で必要とする人々に無料で再配布している(15)。

まとめ

テスコを英国1位の小売企業に育てたテリー・リーヒー氏が、著書(2)で、気候変動時代の企業のあるべき姿について書いていることを要約してみよう。

大量生産・大量消費時代には、資源を回収して再利用するよりも捨ててしまうほうが安上がりだった。しかし、いま私たちは資源には限りがあり、気候変動の問題に取り組まない場合の経済的および社会的なコストに気付きつつある。

トヨタのモノづくりの本質は、極限まで無駄を省き、限られた資源から最大限に引き出すことにある。そして、それはいま私たちが地球規模で取り組まなくてはならないことでもある。

消費を制限するよりも、使用する資源を少なくする。過剰な包装や輸送費用などの無駄を削減する。そうすることで資金を節約すると同時に二酸化炭素を削減することができる。

英国では二酸化炭素排出量の約60%は、何らかの形で消費者の影響を受けている。その消費者の力を借りるには、彼らの考えを十分に知る必要がある。彼らに「環境によい選択」をしてもらう方法は明らかだ。持続可能な消費のためには、より少ない資源で作ったエコな商品やサービスを手頃な価格で提供すればいい。

テスコにとって、経済と気候変動や食品ロス問題対策は矛盾しないのかもしれない。なぜならテスコのように顧客を最優先にしていれば、顧客の暮らす地域や環境のことに気を配るのは当然だからだ。テスコにとって、自社の持続可能性は顧客の持続可能な暮らしの上に成り立っている。

参考資料

なぜ英国の大手スーパーは賞味期限表示を撤廃しているのか(井出留美、Yahoo!ニュース個人、2023/5/4)

持続可能な食料システムと酪農・畜産のために モルトかすや酒かすなど食品ロスを飼料に(井出留美、Yahoo!ニュース個人、2023/5/2)

1)A Better Basket – our plan for climate action(Tesco PLC、2021/3/24)

https://www.tescoplc.com/blog/a-better-basket-our-plan-for-climate-action/

2)テリー・リーヒー著『テスコの経営哲学を10の言葉で語る』(矢矧晴彦訳、ダイヤモンド社、2014/2/6)

3)C.ハンビィ/T.ハント/T.フィリップス著『Tesco顧客ロイヤルティ戦略』(大竹佳憲監訳、海文堂出版、2007/9/15)

4)Tristram Stuart "Waste" (Penguin Books, 2009)

5-1)Tesco PLC/Factsheet/Food waste(2021/11/10更新)

5-2)UK Food Waste Data 2020/21(Tesco PLC/Sustainability)

https://www.tescoplc.com/sustainability/taking-action/environment/food-waste/own-operations/uk-data/

6)Tesco Food Collection - The Trussell Trust(The Trussell Trust、2021/11/14)

https://www.trusselltrust.org/get-involved/tesco-food-collection/

7)Tesco Shoppers Donate 1.5 Million Meals(European Supermarket Magazine、2021/12/31)

https://www.esmmagazine.com/retail/tesco-shoppers-donate-1-5-million-meals-157604

8)Food Collection(Tesco PLC)

https://www.tescoplc.com/sustainability/taking-action/community/supporting-communities-with-food-distribution/food-collection/?icid=little_helps_food_collection

9)Tesco to sell unwashed potatoes in order to cut down on UK’s number one most wasted food(Tesco PLC、2021/3/8)

https://www.tescoplc.com/news/2021/tesco-to-sell-unwashed-potatoes-to-cut-down-on-food-waste/

10)Our Perfectly Imperfect range(Tesco PLC)

https://www.tescoplc.com/sustainability/taking-action/environment/food-waste/working-with-suppliers/our-perfectly-imperfect-range?icid=little_helps_food_waste

11)Tesco launches new ‘food waste hotline’ to help tackle supply chain food waste(Tesco PLC、2017/3/13)

https://www.tescoplc.com/news/2017/tesco-supplier-food-waste-hotline/

12)Driven to Waste(WWF、2021年7月)

https://wwfint.awsassets.panda.org/downloads/driven_to_waste_summary.pdf

13)No Time For Waste(Tesco)

https://www.tescofoodwastechallenge.co.uk/find-out-more

14)Little Helps Plan. Sustainability update 2020/21(Tesco PLC)

https://www.tescoplc.com/sustainability/

15)Tesco: How to get FREE food from an app that helps to reduce food waste(The Mail、2020/9/21)

https://www.nwemail.co.uk/news/18735609.tesco-get-free-food-olio-app-helps-cut-food-waste/

食品ロス問題ジャーナリスト・博士(栄養学)

奈良女子大学食物学科卒、博士(栄養学/女子栄養大学大学院)、修士(農学/東京大学大学院農学生命科学研究科)。ライオン、青年海外協力隊を経て日本ケロッグ広報室長等歴任。3.11食料支援で廃棄に衝撃を受け、誕生日を冠した(株)office3.11設立。食品ロス削減推進法成立に協力した。著書に『食料危機』『あるものでまかなう生活』『賞味期限のウソ』『捨てないパン屋の挑戦』他。食品ロスを全国的に注目させたとして食生活ジャーナリスト大賞食文化部門/Yahoo!ニュース個人オーサーアワード2018/食品ロス削減推進大賞消費者庁長官賞受賞。https://iderumi.theletter.jp/about

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