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持続可能な食料システムと酪農・畜産のために モルトかすや酒かすなど食品ロスを飼料に

井出留美食品ロス問題ジャーナリスト・博士(栄養学)
brown cow in mountain landscape(写真:イメージマート)

*本記事は『SDGs世界レポート』(1)〜(87)の連載が終了するにあたって、2022年12月1日に配信した『ほころびた食料システムの処方箋(日本)#2 SDGs世界レポート(85)』を、当時の内容に追記して編集したものです。

食品の値上げが止まらない。2022年には約2万品目以上の食品が値上げされ、2023年にはさらに2千品目で値上げされるという。ただ、欧米には消費者物価指数が10%を超えている国もあるのに、日本は生鮮食品を入れてもまだ4%程度に抑えられている。筆者には、消費者物価指数の低さが、価格転嫁できない日本企業の苦しい状況を物語っているように思われてならない。

実際、日本農業法人協会が行ったロシアのウクライナ侵攻や円安などの物価高騰についての調査(2022年5月)から、農業法人の98%は、燃油・肥料・飼料価格が「高騰」又は「値上がり」していると感じていても、96%は価格転嫁が「できていない」という現状が明らかになっている(1)。

東京商工会議所の8月の調査では、中小企業の22.9%はコストの増加分をまったく価格転嫁できておらず、29.7%は半分も転嫁できていないことがわかった。理由は「需要が減少している」「競合他社が販売価格を上げていない」などだ(2)。

帝国データバンクの9月の調査からも、中小企業が価格転嫁できていない実態が浮き彫りになっている。原材料の高騰などによるコストの上昇分を販売価格にまったく価格転嫁できていない企業は18.1%を占め、価格転嫁できた企業でも販売価格への転嫁率は36.6%にとどまっている。すなわちコストが100円上昇しても販売価格には36.6円しか転嫁できていないということだ。価格転嫁できない理由は、「取引先の理解を得られない」「顧客離れへの懸念」などである(3)。

つまり、すでに大幅に値上げされた感じはあるものの、日本の食品関連企業には、販売価格に反映できないコストがまだ残っているのだ。小麦などの価格は政府が公費を使って安く抑えられている側面もある。

日本政府は物価上昇を抑制するのにやっきになり、28.9兆円もの巨額の財政支出をともなう経済対策を行おうとしている。その8割にあたる22.9兆円を、国債の増発(国の借金)でまかなう(4)。

食料・農業関連では、農林水産省が配合飼料価格の高止まりによる農家の負担を軽くするため、配合飼料1トン当たり6,750円を補てんする。財源には「令和4年度コロナ等対策予備費504億円」を転用する(5, 6)。

飼料価格は、畜産でコストの8割、酪農で半分程度を占める。日本の飼料自給率は25%と低く、トウモロコシや大麦など、配合飼料原料の多くを海外に依存しており、ウクライナ危機や記録的な円安により輸入穀物価格が過去最高の上げ幅となり、畜産・酪農農家の経営を圧迫しているためだ(7)。

前回の記事(8)にも書いたが、公費をつぎ込んで物価上昇を抑える以外の対策が必要ではないか。たとえば、フードサプライチェーンのすべてが円滑に価格転嫁を行い、商品に価格変動を反映させる。と同時に、企業は従業員の賃金を物価に見合った額に上げる。物価上昇が一時的な場合にはインフレ手当などで対処する。それでも急な物価上昇に賃上げが間に合わない場合に備え、行政は、誰もがきちんと食料を入手できるような社会保障体制を整えておく。

逆にいうと、正当な理由があっても価格転嫁のできないような壊れたシステムが、どんなに働いても賃金上昇につながらない社会を生み出しているのかもしれない。

前回は、主に食料自給率や食料安全保障について特集した。今回は日本の畜産・酪農・乳業について見ていく。

余剰生乳、ついに廃棄か

2021年の年末に「余剰生乳5000t、廃棄か」と報じられたが、行政や各乳業メーカーの働きかけもあり、廃棄は回避された。2022年も年末年始が近づくにつれ、「余剰生乳の廃棄」の可能性が報じられるようになってきた。今年はさらに深刻な状況のようだ。

業界団体のJミルクによると、2022年度の生乳生産量は前年をやや上まわる768万7,000トン(0.5%増)となる見通しで、4年連続の増産となる(9)。

例年、寒い冬場には牛乳需要は下がるが、冬休みで学校給食のない年末年始は、年間で牛乳需要がもっとも落ち込む。2022年は、コロナが終息していないのに、生乳生産量は増えているのだから、昨年以上に生乳が余剰となる可能性は高い。状況をさらに難しくしているのは、年末年始を前に11月に行われた約3年半ぶりの牛乳の値上げである。

酪農家の経営コストの半分を占める配合飼料の高騰が値上げの理由だ。全国の酪農団体でつくる「中央酪農会議」が6月に行った調査では、経営する牧場の直近1カ月の経営状況について、65.5%が「赤字」と答え、現状がつづくなら55.8%は酪農経営を「続けられない」と答えている。経営悪化の要因は「円安」(89.8%)、「ウクライナ情勢」(85.3%)、「原油高」(84.3%)などだ(10)。

今回の牛乳の値上げは需給のバランスによるものではなく、生産コストの上昇によるもの。年間で需要が最も落ち込む年末年始が迫るなかでの値上げが牛乳の需要低下をまねくことも、余剰生乳の大量廃棄のリスクが2021年よりも22年の方が格段に高くなっていることも織り込み済みで、それでも酪農団体は年度途中の価格改定に踏み切らざるをえないほど追い込まれていた、ということだ。

11月2日付の日本経済新聞は、「Jミルクは、22年11月~23年3月の牛乳などの需要を、値上げをしなかった場合に比べ約4%減るとみている。これに対し、11月から牛乳の主力商品を20円(約1割)引き上げた首都圏のスーパーでは、値上げで牛乳の販売量が1割減ると見込む」と報じている(11)。

国の支援体制の不備?

東京大学大学院農学生命科学研究科の鈴木宣弘教授は、著書『牛乳が食卓から消える? 酪農危機をチャンスに変える』(筑波書房、2016)で、日本の酪農の問題点を次のようにあげている。

・サプライチェーンの取引交渉力の優位度は「小売>メーカー≧酪農協」である。

・大手小売の「不当廉売」と「優越的地位の濫用」。

・制度的な支援体系が手薄い。

・乳製品の需給バランスや価格調整は民間ベースの努力だけでは解決できない。

それに対して、欧米では、政府が乳製品の市場価格が低下してくると支持価格でバター・脱脂粉乳を買い入れ、市場価格が高騰すると在庫を放出する需給調整機能を果たしているので、バター・脱脂粉乳の不足は起こりにくい。米国には、乳製品に余剰が発生したとしても、連邦政府が買上げて国内外への援助物資として活用する最終販路が用意されている。

乳価の設定についても、カナダでは酪農の生産コストをカバーできるように政府が支持価格を提示するようになっている。米国では、政府が最低乳価を提示し、酪農家が最低限確保すべき利益(乳代ー飼料コスト)を下まわる場合、政府から補填されるシステムが完備されている。

欧米でそれほどまでに酪農が保護される理由について、鈴木宣弘教授は「牛乳を守ることは国民の命を守ること」だからだと説明している。「国民にとって不可欠な牛乳は絶対に自国でまかなうという国家としての断固とした姿勢が政策に表れている」のだと。

カナダの飲用生乳の乳価は100円/kgと日本とほとんど変わらないが、小売価格は300円/リットルと高い(2016年時点)。カナダでは、サプライチェーンのそれぞれの段階が十分な利益を得るような価格設定になっている。消費者は負担を強いられるが、それでも「遺伝子組み換え」や「成長ホルモン」の心配のない安全なカナダ産の牛乳・乳製品が確保できるならと納得している。つまり、「売り手よし、買い手よし、世間よし」の「三方よし」の価格形成が実現されているのだ。

鈴木宣弘教授は、牛乳に限らず、米国産やオーストラリア産の肉についても成長ホルモンの使用のリスクを指摘している。オーストラリアは、成長ホルモンの使用された肉を禁輸しているEUには無投与の肉を輸出し、”ザル”になっている日本向けには投与した肉を輸出するというように使い分けているというのだ(13)。

バターはなぜ不足する?

生乳は乳価の高い飲用牛乳向けに優先的に供給され、残りがバターや脱脂粉乳などの乳製品の加工に回されることが多い。そのため、生乳の生産量が減ると、優先度の低いバターや脱脂粉乳などの乳製品向けの生乳の供給量は不足しがちだ。

キヤノングローバル戦略研究所研究主幹の山下一仁氏は、著書『バターが買えない不都合な真実』(幻冬舎新書、2016)で、2013から14年にかけてのバター不足の真因について、以下の3つのことを考えればわかるはずだと述べている。

バターや脱脂粉乳などの乳製品向けの生乳の供給量は、2010年には11.6%、2011年には9.2%の減少と、2013年の減少率8.1%よりも2年連続して大きく減少している。バターの生産量も2010年14.5%、2011年10.1%の減少であり、これも2013年の減少率8.3%を上回っている。

(1)なぜ2010、11年にバター不足は起きなかったのか?

(2)バターと同時に生産される脱脂粉乳はなぜ不足しなかったのか?

(3)2014年に国際市場ではバターが余剰になっていたのに、なぜ日本では不足したのか?

バターと脱脂粉乳は原料である生乳から1対1の割合で生産される。そのため、どちらかの需要に合わせて生産すると他方は不足するか余剰になってしまう。特に2000年の雪印集団食中毒事件で脱脂粉乳に対するイメージが悪化し、消費が大幅に減少した。つまり、年々高まるバターの需要に合わせて生乳を増産していると、脱脂粉乳はいつも余ってしまう。そのため業界は脱脂粉乳の需要に合わせた生乳の生産計画を立てることになり、酷暑などで生乳の生産量が落ちるとバターは不足することになった。

同じように乳製品向けの生乳の供給量が減少した2010, 11年にバター不足が深刻化しなかった理由は、2009年度からの余剰在庫が残っていたこと、代替品である生クリームの増産があったことに加え、2011年度に1万4千トン、2012年度に9千万トンの輸入が行われたため。それに対して2013年度にはバターの輸入は3千トンしか行われなかったので、バター不足が社会問題化したのだという。ではなぜ2013年にバターを輸入しなかったのか?

山下氏は2012年末の民主党から自民党への政権交代を原因にあげている。「民主党政権下では農林水産省が少々多めに乳製品を輸入して、乳価交渉に悪い影響を与えたとしても与党から文句を言われることはなかったが、自民党が与党になると、乳価交渉に影響を与えるような乳製品の輸入には慎重にならざるを得ない」のだという。

余剰生乳を育児用粉ミルクに

2022年は1年でもっとも需要が下がる年末年始の前に牛乳の値上げを断行したことで、例年以上に余剰生乳の廃棄リスクは高くなっている。

日本製の育児用粉ミルクは中国でも人気が高いと聞く。この機会に国策として余剰の生乳から育児用粉ミルクを製造し輸出することを検討できないだろうか。少子化のため国内市場向けだと供給過多になってしまうので、余剰分は政府が買い取り、国内の低所得者層、大規模災害や食料危機に苦しむ国々への支援物資として活用するのだ。ハラルなど、必要な国際認証を取っておくことも必要になるかもしれない。ぜひ検討してもらいたい。

日本に合わない畜産・酪農を保護する理由はない?

山下一仁氏は、「畜産を保護する理由は、食料安全保障の観点からも、環境保護の観点からも、存在しない。OECD(経済協力開発機構)の汚染者負担原則からすれば、税金を課して、生産を縮小させるべきである」と断じている(14)。

明治学院大学経済学部の神門善久教授も「さまざまな農業政策が、あたかも国内農業の生産量を増やすことが絶対的善であるようにみなして設計されている。しかし、先進国の穀物の過剰生産が世界的なゆがみをもたらしていて、さらに人口減による食料需要減退が見込まれるという日本農業の状勢にあって、国内の農業生産は量的には減らす方が望ましいのではないか」と指摘している。「日本に合わない牛や豚の国内総飼育頭数も減らしてよい。豚や牛の生理に合致した国々から積極的に食肉や乳製品を輸入し、安価で良質なタンパク源とすることを前向きに考えるべきだ」とも(15)。

酪農・畜産の食料システムのほころびの直し方

本当に日本には畜産・酪農は不要なのだろうか。持続可能な酪農・畜産のために必要なことを国内外の事例をもとに考えてみたい。

1)家畜から排出されるメタンの削減

日本の農林水産業から排出される温室効果ガスは、2018年度で5,001万トンあり、うち家畜のげっぷやふんなどから排出されるメタンや一酸化二窒素などの温室効果ガスは、1,371万トンと約3割を占めている。メタンは二酸化炭素の約25倍の温室効果があり、農林水産省では、「みどりの食料システム戦略」の一環として、牛のげっぷやふん由来のメタンの削減に取り組もうとしている(16)。

牛のように胃を4つもつ動物は、一度食べた草を胃から口に戻してそしゃくする性質がある。これを反芻(はんすう)と呼び、反芻を行う牛や羊などの動物のことを反芻動物と呼ぶ。反芻動物が食べた草は、第1胃(ルーメンと呼ぶ)に送られ、ルーメン内の微生物の働きでエネルギーとして利用可能な状態まで分解・発酵される。その過程で生成される水素が、ルーメン内のメタン菌によってメタンに生成され、げっぷやおならとして体外に排出される。

つまり、ルーメン内で微生物によって草がしっかり分解・発酵され、メタン菌によるメタンの生成を阻害できれば、牛からメタンが排出されることはない。日本でもさまざまな大学や機構、研究所などが関わるムーンショット型研究開発事業として、ルーメンに共生する微生物群(マイクロバイオーム)を最適化・制御することで、排出メタンを80%削減する研究が進められている(17)。

2)牛のげっぷやおならに課税?

2022年10月にニュージーランド政府は、同国の気候変動対策として酪農・畜産農家に家畜のメタン排出量を負担させる案を発表した。酪農と畜産が主要産業である同国では、牛は人口の2倍の約1,000万頭、羊は人口の5倍以上の2,600万頭が飼育されている。農業からの温室効果ガスが国の総排出量の半分を占め、そのうちの91%がメタンだという。2030年までに30%削減するという「グローバル・メタン・プレッジ」を達成することで、同国の主要輸出農産物をエコ食品としてブランド化する(18)。

ジャシンダ・アーダーン前首相は、当時「世界のどの国も農作物の排出量に価格をつけて削減するシステムをまだ開発していないため、わが国の農家が先陣を切って利益を得る」と述べていた。メタン課税の税収はすべて「新技術、研究、農家への奨励金を通じて農業部門に還元される」(19)。

生産者からは批判されていたが、ニュージーランド政府としては、代替肉や培養肉への需要が高まるなか、国の主要産業を失う危機に瀕しているとも言えるわけで、とかく地球温暖化の犯人として後ろ指を指されることの多い肉や乳製品を、「エコ食品化」することで守ろうとする背水の陣だったのかもしれない。

3)アーラ・フーズの「サステイナビリティ・インセンティブ」

デンマークに本拠をおく酪農協同組合アーラ・フーズ(Arla Foods)は、「2030年までに農場を含む事業活動から排出される温室効果ガスを30%削減し、2050年までに実質ゼロを達成する」ことを目標にしている。英国、デンマーク、スウェーデン、ドイツなど欧州8カ国、8,956軒の組合農場からの排出量を削減するために、2023年7月から「サステイナビリティ・インセンティブ」を導入する(20)。

「サステイナビリティ・インセンティブ」とは、タンパク質(窒素)を含む飼料効率の最適化、家畜の糞尿をたい肥やバイオガス生産に活用、再生可能電力の使用などサステイナビリティの取り組みと乳価を連動させ、成果をあげた酪農家には増額し、逆に改善できない酪農家には減額する仕組みのこと。

英紙ガーディアンによると、酪農家はポイントを獲得するごとに牛乳1kg当たり0.03ユーロセント、最大で3ユーロセントのポイントを受け取ることができ、「サステイナビリティ・インセンティブ」による増額は、乳価の約7%に相当し、年間約120万kgの生乳を生産する平均的な酪農家の場合、乳価のうち約26,000ユーロ(約340万円)分になるという(21)。

注)三菱UFJ銀行の2021年の年間平均為替相場(TTM)EUR1=JPY129.89で計算(22)

4)テスコによる生産者のグループ化

英国の小売最大手テスコが2007年に設立した「テスコ・サステイナブル・デイリー・グループ(TSDG)」は、小売業者と直接取引する酪農家のグループとしては最大規模である。テスコは、所属する酪農家と長期契約を結び、保証価格を支払う。乳価は市況に対応できるように四半期ごとに見直されている。TSGGの乳価は公表されており、平均的な英国の乳価と比較できるようになっている(23,24)。

グラフ:テスコ(TSDG)と平均的な英国の乳価の推移(出典:Tesco PLC)
グラフ:テスコ(TSDG)と平均的な英国の乳価の推移(出典:Tesco PLC)

5)耕作放棄地の再生

農業従事者の高齢化や減少を背景に農地が放置され、そのままでは作物の栽培ができない「荒廃農地」が日本全国で増えている。2020年時点で28.2万haと耕地面積の約6%を占める。耕作放棄地は放置後、時間がたてばたつほど農地への復元が難しくなり、すでに7割弱は再生困難な状態にある。そんな「荒廃農地」を再生させる取り組みが各地で行われている。

高知県の畜産試験場は、「荒廃農地に牛を一定期間放牧することによって、荒廃する以前の地形に戻すことができ、農地に野草より分解率の高いシバ型牧草を導入することで、より安定的で持続的な草地へ転換が可能である」と報告している(25)。

6)コモンズ

農業には近代化や市場経済と本質的になじまない価値がある。

東京大学の鈴木宣弘教授は、「消費者にも、食の本物の価値をしっかりと認識して、それに正当な対価を支払うことが当然だという価値観を持ってもらうことが大事」であると主張しており、日本にとってモデルになるのは、スイスだと述べている。

「スイスで国産品が売れるキーワードは、ナチュラル、オーガニック、アニマル・ウェルフェア(動物福祉)、バイオダイバーシティ(生物多様性)、美しい景観である。これらに配慮して生産すれば、できたものも安全で美味しいのは間違いない。それらは繋がっている。それは高いのでなく、そこに込められた価値を皆で支えているのである」(12)

7)食品廃棄物を飼料に

鹿児島県では焼酎かすが年間に約40万トン強、排出されているという。同県伊佐市で「伊佐錦」「黒伊佐錦」などの焼酎を製造する大口酒造は、製造の過程で出る焼酎かすを地元の畜産農家に提供している。同社によると、焼酎かすは、含まれるクエン酸が豚の消化器系疫病予防になり、ポリフェノールやビタミンEが豚の肉質をよくし、飼料のコスト削減ができるメリットがあるそうだ(26)。

高知県の畜産試験場が2013~15年にかけて行った研究では、「焼酎粕は嗜好性が良く、肥育豚に60%の添加割合で給与することで発育が良好となり、生産費の削減が期待できる。遊離アミノ酸総量が増加するなど肉質に対しても好影響を与えることができる」と評価されている(27)。

オランダの「アルバート・ハイン」やドイツの「リドル」など欧州の小売企業は、ブラジルの大手食肉加工企業がアマゾンの熱帯雨林の違法伐採に加担しているとして、ブラジル産牛肉の取り扱いをやめると発表している(28)。

日本は家畜用の飼料穀物のほとんどを輸入に依存しており、使用割合の高いトウモロコシは米国とブラジルに大きく依存している。大豆についてもブラジルが第2位の供給国である。

ウイスキー、日本酒や焼酎など世界市場を視野にした国産醸造酒は、味だけではなく、今後ますます環境への取り組みが重要視されてくると思われる。

日本政府は高騰する飼料代対策として飼料作物の国産化に取り組もうとしている。豆腐工場から出るおから、醸造所から出るモルトかすや酒かすなど、現在は廃棄されることの多い副産物の飼料化を国策として、ぜひ検討してもらいたい。

8)「山地(やまち)酪農」という循環型農業

輸入飼料の高騰で多くの酪農家が経営難に陥っているなか、見直されているのが「山地(やまち)酪農」だ。「山地酪農」とは、猶原恭爾(なおはらきょうじ)氏が提唱した、「山の中で放牧酪農を行い、林床の下草を食べて育つ牛から乳をしぼり、牛の排泄物が牛のエサになる下草の栄養になるという循環型の酪農」のことだ(29,30)。

長所は、牛にも人にも負担の少ない「楽農」であること。近代酪農で問題になる糞尿などの排泄物も自然の中で微生物に分解されて土に還るため、清掃やたい肥処理などの必要がない。林の中で思い思いに過ごす乳牛たちも、搾乳してもらいたくなると、自分で山から降りてきて搾乳所に並んでくれる。自然交配で、時期が来ると牛たちは林の中で出産するので、費用や手間のかかる人工授精や出産補助はいらない。そして、戦争や円安などによる輸入飼料や肥料の価格高騰の影響を受けにくいことだ。

短所は、下草だけで育てられた乳牛の生乳の乳脂肪分は、業界の基準である3.5%を下回ってしまい、買取価格が半額になってしまうこと。そのため近代酪農では、乳脂肪分や乳量を増やすために、自然の状態では牛が食べることのない、たんぱく質の豊富なトウモロコシや大麦などの輸入穀物を配合した濃厚飼料で乳牛を育てる。

岩手県岩泉町の中洞(なかほら)正氏は、自前の低温殺菌設備と独自の販路を持つことで経営を成り立たせている。通常の流通では規格外になってしまう「なかほら牧場」の牛乳を飲んだ人は、「こんなにおいしい牛乳は飲んだことがない!」「まるで牛乳じゃないみたい!」「牛乳の苦手な子どもたちがこの牛乳はよろこんで飲みます」と驚きの声をあげるそうだ。

参考文献

・鈴木宣弘著『牛乳が食卓から消える? 酪農危機をチャンスに変える』(筑波書房、2016/10/11)

・鈴木宣弘著『農業消滅 農政の失敗がまねく国家存亡の危機』(平凡社新書、2021/7/15)

・鈴木宣弘著『食の戦争 米国の罠に落ちる日本』(文藝春秋、2013/8/20)

・山下一仁著『バターが買えない不都合な真実』(幻冬舎新書、2016/3/30)

・山下一仁著『日本が飢える! 世界食料危機の真実』(幻冬舎新書、2022/7/25)

・神門喜久著『日本農業改造論』(ミネルヴァ書房、2022/3/20)

・木村純子・中村丁次編著『持続可能な酪農 SDGsへの貢献』(中央法規、2022/3/30)

・佐藤慧著『しあわせの牛乳』(ポプラ社、2018年3月)

・小泉武夫・井出留美共著『いちばん大切な食べものの話』(ちくまQブックス、2022/11/15)

・マイケル・ポーラン著・小梨直訳『これ、食べていいの?』(河出書房新社、2015/5/30)

1)コスト高を「価格転嫁できていない」が96% ~ 農業法人の98%が燃油・肥料・飼料が高騰と回答 ~(日本農業法人協会、2022/5/31)

https://hojin.or.jp/information/2022costup/

2)東商けいきょう2022年7~9月期集計結果(中小企業の景況感に関する調査)(東京商工会議所、2022/9/14)

https://www.tokyo-cci.or.jp/page.jsp?id=1031749

3)企業の価格転嫁の動向アンケート(2022年9月)(帝国データバンク、2022/9/15)

https://www.tdb-di.com/special-planning-survey/oq20220915.php

4)2次補正、28.9兆円決定(日本経済新聞、2022/11/9)

https://www.nikkei.com/article/DGKKZO65834320Z01C22A1MM8000/

5)配合飼料価格高騰緊急特別対策について(令和4年9月)(農林水産省、2022年9月)

https://www.maff.go.jp/j/chikusan/sinko/lin/l_siryo/kinkyutaisaku.html

6)飼料価格高騰緊急対策事業(農林水産省、日付不明)

https://www.maff.go.jp/j/chikusan/sinko/lin/l_siryo/attach/pdf/kinkyutaisaku-1.pdf

7)飼料自給率(農林水産省、日付不明)

https://www.maff.go.jp/j/zyukyu/zikyu_ritu/011.html

8)ほころびた食料システムの処方箋(日本)#1 SDGs世界レポート(84)(Yahoo!ニュース個人、2022/11/1)

https://news.yahoo.co.jp/byline/iderumi/20221101-00322063

9)2022年度の生乳及び牛乳乳製品の需給見通しと課題について(Jミルク、2022/9/30)

https://www.j-milk.jp/gyokai/jukyu/h4ogb4000000addv-att/a1664502271485.pdf

10)日本の現役酪農家に聞く、「日本の酪農経営 実態調査」(中央酪農会議、2022/6/15)

https://www.dairy.co.jp/news/kulbvq000000v0es-att/kulbvq000000v0g1.pdf

11)牛乳、余剰でも値上げ開始 店頭価格10~20円上昇 小売店、需要喚起に悩み(日本経済新聞、2022/11/2)

https://www.nikkei.com/article/DGKKZO65649010R01C22A1QM8000/

12)鈴木宣弘著『食の戦争 米国の罠に落ちる日本』(文藝春秋、2013/8/20)

13)鈴木宣弘著『農業消滅 農政の失敗がまねく国家存亡の危機』(平凡社新書、2021/7/15)

14)山下一仁著『日本が飢える! 世界食料危機の真実』(幻冬舎新書、2022/7/25)

15)神門善久著『日本農業改造論』(ミネルヴァ書房、2022/3/20)

16)海藻で牛のげっぷから地球を救う?SDGs世界レポート(67)(Yahoo!ニュース個人、2021/6/1)

https://news.yahoo.co.jp/byline/iderumi/20210601-00239470

17)牛からのメタン削減は地球と食糧危機を救う(農研機構、日付不明)

https://www.naro.go.jp/laboratory/brain/moon_shot/MS_PM_06.pdf

18)New Zealand wants to tax farmers for their cows' burps and farts(CNN、2022/10/11)

https://edition.cnn.com/2022/10/11/asia/new-zealand-farmers-cow-sheep-burps-climate-intl-scn/index.html

19)PM announcing plan on reducing agricultural emissions | nzherald.co.nz(YouTube、2022/10/11)

https://www.youtube.com/watch?v=DYY1zeQaG_8

20)ARLA FOODS CLIMATE CHECK REPORT 2022 "Data Driven Dairy"(Arla、2022)

https://cdb.arla.com/api/assets/arla-uk/b42024a3-cd61-4948-a8ae-c678cfa93b6a/climate-check-report-2022-final300922pdf-1-.pdf/

21)Dairy co-op Arla to pay farmers more for milk if climate targets met(The Guardian、2022/10/7)

https://www.theguardian.com/business/2022/oct/07/dairy-co-op-arla-pay-farmers-more-milk-climate-targets-met?CMP=twt_a-environment_b-gdneco

22)三菱UFJ銀行の2021年の年間平均為替相場(TTM)EUR1=JPY129.89で計算

23)Tesco Sustainable Dairy Group(Tesco PLC、2022)

https://www.tescoplc.com/sustainability/planet/farming-agriculture/tesco-sustainable-dairy-group/

24)Tesco’s Sustainable Dairy Group Farmers to benefit from increased milk prices.(Tesco PLC、2018/9/27)

https://www.tescoplc.com/news/2018/tesco-s-sustainable-dairy-group-farmers-to-benefit-from-increased-milk-prices/

25)簡易放牧による荒廃農地の再生(高知県農業振興部畜産試験場、2022/4/1)

https://www.pref.kochi.lg.jp/soshiki/160908/files/2020121500225/file_20224111172036_1.pdf

26)焼酎粕と畜産のコラボレーション(大口酒造、日付不明)

https://www.isanishiki.com/pages/eco04-collaboration

27)焼酎粕を利用した豚の育成・肥育方法(高知県農業振興部畜産試験場、2017/4/26)

https://www.pref.kochi.lg.jp/soshiki/160908/files/2017042600158/file_20174263112246_1.pdf

28)取り組み、脱炭素の次は?(日本経済新聞、2022/11/17)

https://www.nikkei.com/article/DGKKZO66030910W2A111C2M12800/

29)佐藤慧著『しあわせの牛乳』(ポプラ社、2018年3月)

30)(インタビュー)酪農、今のままでいいの? 山地酪農家・中洞正さん(朝日新聞、2022/11/23)

https://digital.asahi.com/articles/DA3S15482102.html

食品ロス問題ジャーナリスト・博士(栄養学)

奈良女子大学食物学科卒、博士(栄養学/女子栄養大学大学院)、修士(農学/東京大学大学院農学生命科学研究科)。ライオン、青年海外協力隊を経て日本ケロッグ広報室長等歴任。3.11食料支援で廃棄に衝撃を受け、誕生日を冠した(株)office3.11設立。食品ロス削減推進法成立に協力した。著書に『食料危機』『あるものでまかなう生活』『賞味期限のウソ』『捨てないパン屋の挑戦』他。食品ロスを全国的に注目させたとして食生活ジャーナリスト大賞食文化部門/Yahoo!ニュース個人オーサーアワード2018/食品ロス削減推進大賞消費者庁長官賞受賞。https://iderumi.theletter.jp/about

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