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「テレビ出演は究極のブラックチョコレート」食品関係者のつぶやき

井出留美食品ロス問題ジャーナリスト・博士(栄養学)
(写真:アフロ)

あるテレビ局から、食品ロスをテーマに取材を受けた。収録は5回に及び、撮影の許可を得るための時間や収録の時間、準備なども含め、費やした時間は10時間くらいだろうか。1ヶ月以上をまたいでいる。終わったと思ったら、また連絡が来た。追加で食品企業を撮影したいらしく、どこかないかと言う。しかも期限はたった数日。候補に挙げて来たのは大企業ばかり。依頼者にも直接言ったが、相手の立場を考えれば、無理な話だ。

実質5回の収録に10時間を費やし、しかも個人企業に対して一切謝金がないって、あり得ない。こちらはテレビ局の社員じゃないし、どこかに雇用されて毎月給与が振り込まれる食品企業の広報担当ではないのだ。

他のテレビ局や、同じ局の他の番組の名誉のために言うと、「専門家の時間や知識を頂くわけですから、規定の料金を払います」と言うところがほとんどだ。突然依頼して来たと思ったら5回の収録、合計10時間以上も無償で働かせ、追加の仕事も頼んでくる。1回で済むと思い、食品ロス問題の啓発のためと思って取材と収録を引き受けたが、これでは究極のブラック企業ではないか。

筆者は、これまで合計20年以上、食と広報に携わってきた。独立する前、食品企業で、広報を14年5ヶ月担当し、退職してからフードバンクで広報3年、独立してから7年。取材が終わっても、年月を経ても、今だにやり取りさせて頂いている関係者の方もいる。特に、認知度の低い社会的課題を広く社会に知らせるのに、テレビは大きな力を持っており、取材して下さったことに感謝している。テレビも含めて筆者がメディアに出たのは独立してからだけでも300回以上に及ぶが、それだけ経験してもなお、テレビの取材や撮影はストレスがたまる。こちらの都合はお構いなし、急に飛び込んで来る依頼が多いし、こちらの思い通りにいかないからだ。

と、そんなことを考えていたら、ある組織がテレビ依頼を受けたために起きたハプニングのことを目にした。

食品関係の小規模な店がテレビ取材の依頼を受けた時、テレビに出られるメリットが先に立つと思うが、それと同時に、次のようなリスクも考慮しなければならない。

1、広告ではなく「広報」

広告と広報は同じように思われがちだが、全く違う。広告は、出稿者がお金を払ってメディアの枠(時間やスペース)を買うもの。従って、編集権は出稿者にある。

広報は逆だ。メディアの枠を買うためのお金は払わない。第三者であるメディアが、「これは世の中に知らせるべき」と思ったものが露出される。しかし、編集権はメディア側にある。

たとえば、取材を受けた飲食店が、「うちはP、Q、R・・・という商品を扱っています」とテレビ局に伝えたとする。飲食店側は、すべてをまんべんなく紹介して欲しいと願う。が、テレビ局は、P、Q、R・・・の中の、最も注目すべきものを抽出して露出する。露出する尺(時間)が秒単位で決まっているのに、あれもこれも出せないからだ。どこかに絞らざるを得ない。あらかじめ、それを割り切る必要がある。

また、思った通りに紹介してくれないことも多い。飲食店は、食の分野のスペシャリストかもしれない。だが、テレビ局は違う。あらゆる分野を扱うジェネラリストなので、理解不足の場合もあるし、誤解を招く表現を使ってしまう場合もある。それを防ぐために事前の打ち合わせや擦り合わせをするわけだが、それでも行き違いは生じる。

2、熱しやすく冷めやすい視聴者

筆者の知っている飲食店は、メディアの取材を何度か受ける経験を経て、「テレビには出ない」と決めた。テレビ番組で飛びついた顧客は、定着しないケースが多いのだそうだ。熱しやすく、冷めやすい。反応はいいが、離れるのも早い。その点、いわゆる「紙媒体」と呼ばれる雑誌や書籍の取材は受ける。それらを読んで来られるお客さんは、じっくり読んで、理解してから来るので、店のリピーターになる率が高いと言う。もちろん、これは、地域や扱っているものによっても違うだろうから、一概には言えないかもしれない。

また、別の菓子店は、地元に根づいた店だ。いい商品は認めてもらえて必ず売れる、という店主の主張の元、広告は出さない。開店以来、じわじわと人気を博して来た。だが、ある時、テレビに取り上げられた。人気番組だ。時はバレンタインデーの直前。たちまち、遠方からのお客さんで行列ができた。その行列は店の外まで溢れ、近くの人がすぐに買いに行ける店ではなくなってしまった。なんだか、開店以来、地道に応援してきた地元の人をなおざりにされたような気すらした。影響はホワイトデーの後まで続いた。が、しばらくすると、テレビの影響で押し寄せた客はすっかりいなくなり、また平穏が訪れた。テレビの影響力の強さと瞬発力、そして視聴者の飽きっぽさを痛感した。

テレビは瞬間的に売上を上げ、紙媒体はじわじわ上げる。このことは、血糖値のグラフを思い起こさせる。

血糖値は、食べる前に低く、食べると、上昇する。その上昇の仕方は、食べるものによって異なる。

一日の食事摂取と血糖値の動き(社会福祉法人恩賜財団済生会HPより引用)
一日の食事摂取と血糖値の動き(社会福祉法人恩賜財団済生会HPより引用)

血糖値の上昇は、GI(グリセミック・インデックス)値という指標で示されることがある。ブドウ糖摂取時の100を基準とし、上昇させやすい食品は数値が大きく、上げにくい食品は数値が小さくなる。

三大栄養素の中でも、糖質は、血糖値を上昇させやすい。そして、急激に下がる。この血糖値は、満腹感とも連動しており、急激に上げて下げるものは、急激にお腹が空きやすい。そしてまた食べる・・の繰り返しになるので、体重コントロールしたい人には、血糖値をじわじわ上げるものが勧められる。たとえば食物繊維を多く含む食品などだ。適量の脂質も満腹感を保ちやすい。

三大栄養素の摂取と血糖値の動き(社会福祉法人恩賜財団済生会HPより引用)https://www.saiseikai.or.jp/feature/recipe/column/006/
三大栄養素の摂取と血糖値の動き(社会福祉法人恩賜財団済生会HPより引用)https://www.saiseikai.or.jp/feature/recipe/column/006/

つまり、テレビはチョコレートのようなもの。糖を多く含んでおり、血糖値を急激に上昇させる。血糖値の低い寝起きに食べる「おめざ」にいい、と言われる。また、運動選手や登山、マラソンなど、すぐにエネルギーを必要とする時にも適している。

筆者の勤めていた食品メーカーでは、マーケティング戦略として、テレビと雑誌を使い分けていた。テレビのコマーシャルは、投入すると、POS(Point of Sales:販売時点情報管理)と言われる売上の数値を、急激に上げる。が、急激に下がる。雑誌に入れるアドバトリアルと言われる記事広告は、POSをじわじわと上昇させ、テレビに比べて長続きさせる。

3、需要と供給のバランスが一気に崩れ食品ロスを生む可能性

上記の通り、テレビの露出は瞬発力が強く、需要を急激に上昇させる。そこで供給を十分にできるような大量生産や工業生産の食品ならまだいいが、そうでないものなら、バランスが崩れてしまう。従業員は、平常時とは違う事態に、疲弊する。需要が増えたからと言って、供給を長期間かけて増やしたら、今度は、飽きてしまった視聴者が離れ、食品が余る。そして食品ロスが生まれる可能性もある。

一時的な需要の伸びを引き受ける余力があるならいいが、そうでないなら取材は引き受けない方がいい。

取材を受ける側は、心身のエネルギーを消耗する。テレビは、5分の露出に5分かければ済むものではないからだ。筆者の経験では、15分のVTRを収録するのに1ヶ月の半分以上を費やしたこともある。取材を受ける側もそうだし、編集作業も膨大だ。追加取材もあるかもしれない。

1958年から寒天の製造と市場の開拓を進めている伊那食品工業は、48年間、増収増益を続けて来た。代表取締役会長の塚越寛(つかごし・ひろし)さんは、じわじわと「低成長」するやり方を「年輪経営」と呼んでいる。木の年輪のように、少しずつ、着実に成長して行く。

伊那食品工業にも危機があった。2005年の寒天ブームだ。テレビの健康情報番組で、一気に火がついた。普段は無理する増産に踏み切らない当社だが、年配の方や福祉・医療関係者から「ぜひ」と頼まれ、増産に踏み切り、対前年比40%増となった。しかし、寒天ブームが去り、2006年には売り上げが減少してしまった。利益も下回り、この後遺症から抜け出るのに数年を要したそうだ。塚越さんは、

寒天ブームは、逆に「年輪経営」の正しさを、私たちに教えてくれたものと思っています。

出典:書籍『リストラなしの「年輪経営」』塚越寛著(光文社)

と語っている。

詳しくは、「フードファディズムはなぜ食品ロスを生み出すのか」にも書いたが、需要と供給のバランスを崩すことは、食品ロスを生み出すことに繋がる。

食べ物は、命そのものだ。どんな加工食品であっても、元をたどれば、そこには動物や野菜・果物の命がある。ニワトリは、1個の卵を生み出すのに24時間かけている。クリスマスや正月前の時期には卵の需要が一気に増えるが、急激に大量生産するというのは、命が時間をかけて生み出されるものである以上、本当はできないはずだ。たとえできたとしても、それを生み出す動物や工場、製造会社やそこで働く人に負担やストレスをかけてしまう。需要と供給のバランスが崩れると、食品ロスを生み出してしまう。伊那食品工業のように、扱っている食べ物を愛すればこそ、急成長を避け、あえてテレビに出ない選択肢もあるのではないか。

筆者は、いち民間企業の営利目的のためより、(企業も含むどのような組織であろうと)社会的課題の解決のためにテレビの枠(時間)を使う方が、より、テレビの大きな影響力を社会のために活かす使い方だと感じている。これは、民間企業の広報と社会的課題を解決するNPOの広報の両方のテレビ取材を経験しての考えだ。

テレビは、ともするとブラックな面があり、血糖値を一気に上昇させるチョコレートの要素を持つ。小さな規模で経営する食品関係の企業は、テレビ出演のメリットとデメリットを見定め、取材依頼を判断することが大切と思う。自分たちの組織の持続可能性のためにも、社会の持続可能性のためにも。

参考記事:

フードファディズムはなぜ食品ロスを生み出すのか

社会福祉法人 恩賜財団 済生会 「お菓子な話 第2回 〜糖質と血糖値の関係は!?〜」

食品ロス問題ジャーナリスト・博士(栄養学)

奈良女子大学食物学科卒、博士(栄養学/女子栄養大学大学院)、修士(農学/東京大学大学院農学生命科学研究科)。ライオン、青年海外協力隊を経て日本ケロッグ広報室長等歴任。3.11食料支援で廃棄に衝撃を受け、誕生日を冠した(株)office3.11設立。食品ロス削減推進法成立に協力した。著書に『食料危機』『あるものでまかなう生活』『賞味期限のウソ』『捨てないパン屋の挑戦』他。食品ロスを全国的に注目させたとして食生活ジャーナリスト大賞食文化部門/Yahoo!ニュース個人オーサーアワード2018/食品ロス削減推進大賞消費者庁長官賞受賞。https://iderumi.theletter.jp/about

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